るなふの日記

2006年07月01日(土) 聖杯さがし

朝起きて、PCをいじっていたら、家人に、
「今日『ダヴィンチコード』行くでしょ?」
と言われて、行ってきました話題作。


宗教的な非難&サスペンスとして面白かったという意見の混在するみたいですが、
まあ映画の面白さでいえば、
そこそこかな。(すいま……)
あんまり感想をかくほどの話でもないから気がついたままの備忘録かわりでもかいときます。(失礼すぎ)
だって、コレクターなあたしがめずらしくパンフかわなかったっすよ……。


映画ネタバレ。













根本的に私個人の話で大変もうしわけないですが、
ヨーロッパ人の、
「すべての道の究極は神に通じる」
みたいなことがアタマでは理解できても、実感として分からないという一番ネックな弱点があるんですよね。
だから、アタマのわるいあたしは聖杯とイエスの秘密に執着して隠蔽しようとする人のきもちもいまひとつよくわからなく…。
究極は人とか自然に通じるんじゃだめ?
とかに思ってしまう。
キリスト教の人は普通にうけいれられたりするんだろうね。

そんな私は、騙されて容疑者でない人を追わされた刑事に枢機卿が言う、
「人は神の道具だ」
は現代に生きて、しかし信仰をまもろうとする人間のプライドを傷つける言葉で、この映画の中でのあたしが一番気になった言葉だったり。
うー、複雑な世の中で信仰を極めるのはシラスみたいになるしかないかなとか思ってしまった。


なので誰よりも理解できたのは主人公の客観的な学者をのぞいては、
得体の知れない歴史オタクのリーさんですね。
警察に捕まっても「聖杯を見つけたんだな!それを世間にしらしめろ!」とか自分の今の立場を気にせずに言いまくっているところにオタク根性の真髄を見たり!です。ここまできたら笑えないようなことまでしているのに、何故か笑えてしまう位にへんな人でした。
あたしは宗教にのめりもむよりもこっちの方が一段とリアルに感じたかな。
こういうこと考えるひとっていそうだもん。

とはいろいろというものの映像はきれいでしたね。(今更、笑)
原作で、どういうものなのか想像した以上に美術館も教会もブドウ畑もきれいでよかった。
なによりもニュートンの葬儀に参列するその時代の人々と、現代人が交錯しても道幅も建物にも差がなくて、気にならないというヨーロッパ建築と町並みのすばらしさがため息!
歴史の中に今自分も生きているのだと忘れていることを考える。
数字で表される歴史と自分は決して切り離された存在ではないということを実感。
そして原作でも感動した最後のローズラインを追って行った先の神秘的な荘厳さにふれる主人公の静かな感動は満足でした。
あの場面をどうつくるのか?だけが実は楽しみでいったのですが、歩くハンクスの息遣いと興奮から、目の前に現れるあふれる光でできたピラミッドは圧倒。
忙しく言葉と絵と移動手段に翻弄された2時間半の最後に、無言の結末が現れたその手腕もやられました。
↑結局かなり満足してるんじゃん、あたし。(爆)



全然話違うけど、いわさきさん以外にもブログがはじまるんですね。
(甲斐さんブログ情報)
「僕」っていうところみると、「僕」が似合うひとなのか?
舟見さんとみた!(賭)


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