「ブロークバック・マウンテン」を観にいきました。 アカデミー賞監督賞をアン・リー監督がうけた映画で、もうご存知とは思いますが。
20歳で知り合う、貧しいカウボーイ二人。 一人は寡黙で頑固なイニス。一人は無邪気で明るいジャック。 ブロークバック・マウンテンで二人は羊がコヨーテに襲われないように夏の間中壮大な山の中、野営をしながら生活を共にする。 馬に乗り、 動物に襲われ(笑)、 話をし(ウイスキーのみすぎ)、 歌い(テキサス人は歌がうまいねー、爆)、 わかりあい、 恋をする。 夢のような二人だけの寛いだ山をおり、それぞれ互いを忘れたように結婚し、生活をする。 しかし4年後再会した二人は一年に何度かキャンプに出かけてゆくようになり…。
ものすごく盛り上がるわけではないのだけど、時々とても悲しくて、とても幸せになるような映画。
悲しかったのは幼い頃父が近所のゲイの男を殺した現場を見せられたトラウマというか原罪チックなしばりの中で、 ジャックへの想いだけは捨て去ることが出来ず、 かといってゲイをはっきり自認して「一緒に住もう」とことあるごとにねだるジャックに否定し、 家族のもとで「男として」「父として」自分を保とうとしてる旧弊なイニスが離婚して生活もどんどん落ちぶれてゆく様が、結局自分の思い描いている人生からどんどん離れていくさまがからまわりしてて悲しかった。 自分の意志どおりに生きてゆくことを最初からあえてあきらめて臨んだ人生なのにすべて裏目にでてしまうということの哀れ。まあそれは彼の自業自得だけどな。(オイ)
幸せだったのは、自分で自分の生き方を狭めているイニスでも最後にはただ一人一生愛せるひとをみつけたこと。 今でもマイノリティという立場は世間という目にみえないものに非難され、自分を押し隠し生きてゆくということはエネルギーのいることだと思うけど、でも、二人は決して会うことをやめることは出来なかった。 恋の情熱だけなのかと思うけど、見た目の若さや美しさも幻想になりはててしまう程の20年という長きに渡って社会的に認められるわけでもなく、ただ二人のための密会を続けたのは、(イニスは自分でジャックに最後まで認めなかったけど)やはり愛だったんだ。
ジャックの奥さんラリーンは「道路でタイヤのパンクを直しているときに死んだ」とジャックの死を語ったけど、多分、彼は同性愛嫌いの人間たちにリンチにあったのだろうことは暗示させている。 自分をあまり隠さずに自分の性向を受け入れ、イニスへの愛をずっと語ってきたジャックのそんな死を経てようやくすべてを受け入れ、クローゼットに残る彼のシャツをみながら、彼を愛していこうと誓うイニスはようやく何が崇高なものかを勝ち取ったようにみえる。 だから「結婚式にでて」という娘に、いつもなら「仕事があるから」と頑なにことわるのに「他ならない娘の結婚だから」と承諾できる。愛するものに素直な対応できるようになったのだ。 失ってからでないと分からなかったのは残念だけど、 生きているうちに気がついて、 彼を愛することで人生をまっとうする気持ちが芽生えたのはやっぱり幸せだと思う。 イニスのこれからの人生はきっと暗くはないと思う。そう願う。
それから主人公とは全然別のことになるんだけど、 あたしが気になったのは、ジャックが死んでからの対応。
ジャックが年に何度もテキサスからワイオミングまで車を13時間も走らせてゆき釣りや狩りをすることに不満を覚えていた妻ラリーンはイニスからの電話に彼らがどういう関係であったのかをうすうす気がついていながら「遺灰をブロークバックマウンテンにまいてあげて」と頼む。 死んだ自分の男の幸せを願う女の気持ちがいとおしい。
ジャックの父は死んだ息子がゲイであったことも許せなくて最初遺灰を「家族の墓にはいれない」とか言っていたのに、イニスがジャックを裏切ろうとしたことも許せない、という矛盾した混乱のままで最終的には「ジャックを家族の墓にいれるから、遺灰は君には渡さない」と言い放つ。 死んだ自分の息子の幸せよりも、自分の悲しみと自尊心が打ち勝つ。 これはイニスがたどったかもしれないカウボーイの末裔。末路。 もしくはイニスの父が生きていたら同じような対応をしていまったかもしれない幻想。 誰が悪いわけでないんだけど、そのどちらも痛々しいなあ…とつらかったです。
結構ひとつひとつの場面とか、ステキなつっこみどころがあるのでまた語ってしまうかもしれないけど、今日はこんな感じでひとまず〆。
それにしてもアン・リーの監督作品って、オースティンから中国ファンタジー、アメコミ、そしてカウボーイ…幅広すぎです。 あたしがみたのは「いつか晴れた日に」と「グリーンディスティニー」とこれですが、根底にいつもあるのは愛とジレンマと自分自身へのプライドですね。 どんなことがあっても生活してゆく力のある人々の強さが心地よいのですが、それが監督自身の信念なのだろうなと思った。 これからもこう映画をつくり続けていってください。待ってます。
|