HARUKI’s angry diary
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2006年02月05日(日) ムー=^、、^=と須田国太郎展

サッカー観戦でもないのにHARUKI、早朝に起床(笑)。

ムー=^、、^=の一箇所から2本はえている爪のことがちょっち心配で、獣医さんに連れて行かなければならなかったのだ。
が、あまりの寒さ。

クマが言った。
クマ「オレ一人で行って来るよ」
HARUKI「お願いしま〜す」←すぐひよるヤツ
電子レンジで暖めて使う、ネコ用アンカをキャリーバッグに入れ、クマとムー=^、、^=を送り出したHARUKI。
そのまま爆睡。←おーい!

ひと寝入りするとクマが帰ってきた。
HARUKI「どーだった?」
クマ「足の奇形だって」
HARUKI「へ?」

クマの長〜い長〜い話を要約すると、指が奇形のネコはわりといるそうで、普通は指の横に余分な指が生えているが、ムー=^、、^=の場合、たてにはえているので、かなり珍しい。日常生活に支障がなければ、そのままでOKで、爪だけは伸びてきたら切ること。さらに、もし、支障が出てきたらその余分な指の骨を取る手術をしないといけないらしい。

クマ「ほら、ヘミングウェイの住んでた島のネコたちが6本指って話、有名じゃない?」
HARUKI「うん」
クマ「あれと同じだよ。ただムー=^、、^=の場合、横にはえてないから、わからなかったんだけど」
HARUKI「にゃるほど〜。で?」
クマ「それでおしまい」
HARUKI「は?」
クマ「先生、爪切ってくれた」
HARUKI「ふーーーーーーーーーん」
クマ「でも、オレ全然気付かなかったなぁ」
HARUKI「私は肉球に一箇所、やたら深いしわがあるなぁとは思ってたんだけどさぁ、そのせいかぁ」
クマ「ま、そもそもスコ(ティッシュ)は、軟骨系弱いからなぁ」
HARUKI「だね」

いや、大事にいたらなくて良かったこと〜。

クマ「ヘタすると切開して手術かと思って、大金おろして行ったんだけど、すごぉぉぉく安かったぁ」
HARUKI「お疲れ様で〜す」

あっという間にネコ騒ぎが終わったので、予定通り竹橋(皇居脇)にある国立近代美術館へ行くことに。
日曜日の午前中の都心の道路のすいていること。
あっという間に到着。

今日の目当ては、須田国太郎の回顧展。

須田国太郎(1891−1961)は京都に生まれ、京都帝国大学で美学美術史を学びながら関西美術院でデッサンを修めました。その後大学院に進学、1919年には絵画理論と実践の綜合を求めるべく渡欧。
1923年に帰国後は、美術史を講じるかたわら制作に励み、41歳を迎えた1932年、東京銀座の資生堂画廊で、はじめて個展を開きました。1934年には独立美術協会会員となって制作活動も本格化、渡欧で得た成果を糧に独自の重厚な作風を確立しました。
 高潔な人格と広く深い学識、そして東西絵画の融合をも視野に収めた壮大な須田国太郎の制作活動は、日本人画家が追求した絵画表現のもっとも注目すべき実践例のひとつといって過言ではありません。
今回の展覧会は、風景や花、鳥、動物など主題ごとに創作の変遷をたどるとともに、珠玉の油彩小品や、19歳のときから絵画制作と並行するように謡曲を習い生涯強い関心を寄せた能・狂言の素描なども加えた約150点で、須田国太郎芸術の真髄を紹介いたします。(サイト東京国立美術館より引用抜粋)


ここのところ、気軽に見られる(笑)現代美術の展覧会に行くことが多かったので、重厚な油絵の作品をたっぷり見るのは久しぶり。
独特な色彩の風景画、黒色をアクセントに置いた静物画などかなり楽しめた。

HARUKI的には、膨大な量がある(らしい)能楽の舞台スケッチもかなり期待していたのだが、期待通りというか期待以上の作品群で、感心することしきり。

会場を出ると、先に出ていたクマが休憩用のイスでウトウトしていたので(汗)、入り口前に設置されていたテレビで、その素描についての番組(ビデオ)を観ることに。

そのビデオによると須田国太郎は、謡曲のお稽古を50年以上もしていたそうで、舞台を観ながら描いた能楽師・狂言師の人数は70人を越え、描いた素描の枚数は1500枚以上だったとか。←数字は記憶なので違ってたらごめんなさい
説明の中でHARUKIが興味をひいたのが、描いた能楽師の話。この須田国太郎は京都の人で生涯関西在住だったようだ。だから当然舞台も関西で観ている。ところが描いた能楽師のうちの半数が東京の人。理由は、戦後すぐの当時、東京では能の公演をすることが出来ず、東京の能楽師は関西で舞台をやっていたらしい。

なるほどぉぉぉ。
京都は戦争で焼けなかったもんなぁ。←歴史だね
たっぷり35分の番組を堪能していると目覚めたクマ(笑)が、HARUKIの元にやってきた。

クマ「なんだか疲れたぁぁぁぁぁ」
HARUKI「じゃ、茶でも飲みますかぁ」

この美術館には、皇居のお堀に向かって全面ガラス張りのステキなカフェテリアがある。
HARUKIのような喫煙者は、もちろん外の席(笑)。

風は冷たいが、調度、陽があたっている時間帯なので、ひざ掛けを借りてかけているとそんなに寒くもない。

クマが言った。
クマ「あの能舞台のスケッチすげーーーーーーーうまかったね」
そーなのだ、クマは能を見に行くと必ずスケッチをしている。HARUKIが見る限り、でもそれもいい舞台の時だけで、いまいちのときはあまり筆が進まない。

HARUKI「さすがだよね」
クマ「1点ずつは、あんなちょっとしたエンピツスケッチなのに、足とか手の動きがちゃんと描けててすごいよ。生き生きしてたもんなぁ」
確かビデオによると、須田国太郎は「静の中の動き」を描写したいと言っていた。

クマ「油断すると衣装や作り物に誤魔化されちゃうんだけど、あのスケッチは、しっかり体の動きとらえてたもんなぁ」
HARUKI「長年お稽古してたから、仕舞いの型とか動きとか完璧に頭に入ってたせいじゃないのかなぁ」
クマ「かもねぇ」

実は能の油絵作品も2点ほど展示されていた。小品だったせいかどうかはわからないが、スケッチほど感動的なものではなく、どこかの公募展で見かけた能舞台をテーマにした作品と印象が変わらなかった。

HARUKI「能を題材にした作品ってさぁ、なんだかみんな同じ印象なんだけど…なんでだろう?」
クマ「多分、能自体が完成された形、もっとも美しく簡略化された形で演じられているから、それを描く側が咀嚼しても、きっと別のものにはならないんじゃないかなぁ」
HARUKI「じゃ、変にアレンジした作品があったら、それは、能本来の美を、描く側が受け取れてないってことになっちゃうってこと?」
クマ「それもあるだろうし、あの世界を壊すと陳腐なものが出来てしまうのは、描く側だってわかってるから、あえてやらないんだと思う」
HARUKI「ふむふむ」
クマ「新作能とか新作狂言が、妙な印象を受けるのと同じ感じだよ、多分」
にゃるほどぉ。

たっぷり休憩した後、買い物がてら新宿を目指してHARUKIとクマは出発した。

帰宅後。
クマが言った。
「午前中から動くと1日が長くていいよね」

ごめんよぉぉぉ。HARUKIがいっつもお寝坊でぇ。
ま、たまにはこんなのんびりした休日もいいかもね。←だから、いつも早起きしろって!


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