「通所リハビリ」から母親が帰ってくる時間である。 よその造園業者の現場に出ているときは、「連絡帳」にその旨記載して、最終便の車で17時ちかい時間に帰ってもらうことにしている。自分の現場だと、施主さんにわがままを聞いてもらい、30分早く切り上げたり、一度現場から自宅に戻って、母親を迎えてから、また現場に戻る、というパターンを繰り返している。やや、イライラが募る。 一度、母親の帰宅時間にわたしが不在だったときに、車で40分ほど離れたところに住んでいる「弟」に電話連絡をされたことがあった。やめて欲しい。
わたしがなぜ「栃木」に帰ることになったのか、ということに、その「弟」の自意識過剰な人生観が絡んでいるのだ。まあ、委細はともかく、自分の都合で親という他人の余生をコントロールなんてできないのだ、ということを身をもってわたしが示した形になっているのだから、わたしがたまたま不在だからといって、よりによってその「弟」のところに電話するなよな。 以前、そこいら辺の事情は、通所リハビリの担当者にも説明しておいたのだから。 根本には、他人の世話にならなければ生きていかれないような人は、第一に家族がその責めを負うべき、という間違ったコミュニケーション観がぬきがたく存在するのだ。そういう前提で考えるなら、家族のいない「要介護者」は、他人の都合でどのように処遇されても文句は言えない、という結論に、容易に帰結される。簡単に言えば、家族には「本人」を殺すことも許される。家族がいる場合には、この生殺与奪の権限はその家族に専属するものだが、家族がいない場合、だれがどう殺しても「世間のお世話になるもの」にとっては文句は言えない、ということだ。 「措置から契約へ」とか「利用者の自由な選択」などという、おためごかしなうたい文句とは裏腹に、「かたわもの」を取り巻く娑婆は、いっこうに変わってなどいないのだ。だからこそ、彼女がここで生きていくことが、さらに大事なのだ。何かのため、ではなく、生きていることそのものが。
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