草原の満ち潮、豊穣の荒野
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23 ふたりの弟子

ある朝。

年老いた司祭は、二人の弟子を連れて
辺境の村を訪ねた。


道すがら鼻歌まじりの老人。
ふたりの弟子はそれぞれ仏頂面と
苦虫を噛み潰した顔で黙りこくって歩いている。

ひとりはまだ若く17前後の少年。青の髪
青い瞳で オンディーンと呼ばれていた。

もうひとりは30いくつかに見える青年。
弟子と呼ぶには落ち着いた風情。
視線を決して下に落とさず
老人の後を規則正しい歩幅で歩いて行く。

鬣をたくわえたマーライオンのその男は
ガレイオスと呼ばれていた。


一方オンディーンは、背中に担いだ大荷物をガチャガチャと
騒がしい音をたてて歩いている。
口元をこれ以上曲がるか、というくらいひん曲げ
足元に石があれば蹴飛ばすのを忘れない。

「おい。薬瓶が割れる。丁寧に運ばないか」

ガレイオスが不機嫌そうにたしなめた。
オンディーンは 横を向いてべろりと舌を出す。

「ならてめえが運べよ」

「....そのならず者みたいな物言いは
やめろと何度言わせる」

「育ちが悪いんでね。嫌なら追い出しゃいいだろ」

「....老師。よろしければ即刻叩き出しますが?」

「兄弟子がああ言っとるがの。荷物持ちがおらねば
ちと困る」


笑いながら指をパキ、と鳴らす老人。
少年の顔が青ざめ舌打ちした後
荷物の音は止んだ。


「よろしい」


老人がからからと笑った。

眉間に縦皺だけが、揃ったふたりの弟子。
やがて、小さな村に着いた。



「なんだ...こりゃ」

オンディーンが呻くように呟く。半壊した家屋
至る所に死傷者が倒れている。
村というより村の跡。
巨大な岩が無造作に転がっている。


「潮の流れが変わるから立ち退けと
忠告だけはしとったんじゃが....
妖魔共除けの結界も破れてしもうたか」

「.....」

淡々と兄弟子が、死者と負傷者を選り分けて行く。
老人は村の 入り口と出口の壊された結界を
修復し始めた。
複雑な呪歌と共に見えない魔方陣が
組み上げられていく。


「お前は何をしにきたんだ」

弟弟子の顔も見ずに叱責する兄弟子。
少年はあわてて荷物を下ろすと
治療を開始した。

体力のない者から選んで
慣れた手つきで処置をしていく。
それでも応急なものでしかない。
足や腕をもぎ取られ、血を流し過ぎた
瀕死の子供や老人には眠りの呪歌。
運が良ければ目を覚ますだろう。


軽い怪我の者に薬の使い方を指示して
渡す。数百人の負傷者をたったひとりで
処置しているのだ。
悪態ひとつつく余裕もない。

治療を終えた子供が大口を開けて
泣き喚く。怪我人が辛そうに目を閉じた。

「ドちび、殴られてえか」

少年に横目で睨み付けられた子供が黙り込む。

「お前が泣くと弱った奴がおっ死ぬんだよボケ」

バキボキと怪我人の折れた骨の位置を正す。
凄まじい悲鳴が絶えない修羅場。
失神してくれた方がこの際助かる。
麻酔薬にも限りがあるのだ。
並んだ負傷者は青ざめた顔を引きつらせた。



ガレイオスはやぐらを組ませ、死者の処置
....氷葬を指示している。
積み上げられた遺骸をまとめて、永久氷岩の
墓標にするのだ。

呪言の詠唱を始めるガレイオス。
やぐらに積まれたものはすべて 凍り付き
巨大な氷柱と化して行く。

「......」

少年は一瞬だけそれを見ると、またすぐ
作業を続けた。
生後間もない赤ん坊が悲鳴のような泣き声をあげ続ける。
傷ついた母親は倒れたまま身動きすらしない。
よしよし、と指先でとん、と額を突く。
ささやかな呪言。
ふうっと眠る赤ん坊。その隙に傷口に薬を塗った。


老司祭はすでに、入り口に強固な結界を
張り終わって出口へ移動していた。




負傷者はいっこうに減らない。
後にまわされた大人達が不平を並べはじめる。
続けられる簡単な治療の呪言と薬の処置。

緊張をほぐす暇もない。
次第に呪言に集中できなくなって行く。
効かない呪言。
額に汗が吹き出し流れ落ちて行く。
作業が滞り始めた。


ざわめく負傷者達。
もともと荒っぽい辺境の種族。
少年は焦り始めた。こんな場合何が起こるか
見当はついている。己の育った街の空気と同じだ。


空気が険悪なものに変わり始めた。
少年の疲労と緊張もピークに達している。
暴動寸前の空気。
怯えた子供が再び泣きかけて少年の顔を見た。
少年は祈るような気分で唇に指を立てる。
子供は泣かなかった。

ほっとしたのも束の間、ひとりの男が彼の前に立った。



「...並んで下さい。順番がある」

「その薬はオレ達までまわりっこねえ」

「そんな事ありませんよ。もう少し待ってて下さい」


「なんで充分な物資を持って来ないんだ。
誰が見たって足りるもんか。

お前らは安全な場所で暮らしてよ、
オレ達の苦労なんざ欠片も
知ったこっちゃねえんだろうがよ。
ここだって行くとこさえありゃとっくに...」


「頼むからどうか待ってて下さい。
オレ急ぎますから」


少年は懇願で
男の恨み言を遮った。


「お前らなんか信用できるか!」

「!!」


子供が悲鳴をあげた。
泣くのをがまんしたあのちびだ。


「オレ達のやり方を教えてやる。若造」



抱えられた子供の喉元に
男の刃物が突き付けられていた。


「薬と物資をよこせ。お前も言う通りにしてもらう」

「それが大人のする事か!」

「お前らにゃわからねえ」

「そんなモンわかるかよ!!」


思わず叫んで立ち上がる。

ふらつく足元。
たちまち数人の男に取り囲まれた。

老司祭はまだ村はずれから戻らない。
兄弟子がじろ、と睨んで様子を把握している。


くそ、コトを荒立てたくないってのに。
この状況はよくない。


薬を後ろ手に隠しながら、拒否の意思表示で
睨み付ける。子供はまだ10にもなるまい。
刃物は喉からすでに
うっすらと血を流させ始めていた。

「やめろ!バカ!!てめえの村のガキを...」

「それがどうした。こんなガキどうせ育ちゃしねえ。
村はこんなで喰うモンもねえんだ。
ココはそういうとこなンだよ!!」

「....」

言葉を継げない。


ガレイオスが足早に歩み寄って来る。
助かった。奴は嫌いだがこの際そんな事
言ってる場合じゃない。


マーライオン。
顔は強固な意思を思わせる獅子のそれ。
強大な爪と体力を持ちながら
魔術に長けた優秀な頭脳も合わせ持つ種族。

並の者ならひと睨みで怖じ気付く。
子供を盾にした男も、当然怯んで
しどろもどろに叫んでいる。


「こ...子供を殺すぞ」






息を飲んで睨み付け、子供を奪う隙を伺う。
これ以上怪我人を増やされてたまるか。
あのおっさん、少々ケガしてもオレは知らねえぞ。



ずい、とマーライオンが男に近付く。
男はあわてて子供を盾に後ずさった。



まずい。あのちび刃が喉にもろに当たってやがる。
何考えてやがるんだ、クソライオン。

子供は悲鳴すらあげられず泣いていた。
血が流れている。

「ちょっと待ってくれ!子供が...」




「..ッ!」


マーライオンが太い腕を一閃したのと
男が叫び声をあげかけたのは同時だった。




「.................」




ころころと転がって行くふたつの頭。



そのうちの小さなひとつが
眼を見開いて立ち尽くす少年の足元に
当たって止まった。



涙をいっぱいにためた瞳。




マーライオンはふたつの胴体を、出血を避けつつ
死者のやぐらへ 放り込んだ。



「わあっ!!こいつ人質が通用しねえ!!」



集まっていた男達はいっせいに散った。

ガレイオスは眉ひとつ動かさず
顔を上げたまま見下ろしていた。



あとには動けない負傷者とオンディーン、
それからふたつの 頭だけが残った。






「.......冗談.....ぶっこいてんじゃ...

ねえ....」


絞り出すような声。


「.......冗談.....ぶっこいてんじゃ...

ねえぞ....

この...クソが...」


視線を足元の小さな頭から上げる。
肩を震わせて大きく息を吸い込む。



そして、彼は叫んだ。





「冗談じゃねえぞ!!このクソライオン!
てめえ何考えてやがんだッ!
なんでガキまで一緒くたにやりやがった!!
あのおっさんだって少し脅しゃ放しただろ!!
なんでブチ殺さなきゃならねえんだよ!
答えろ!クソ...」


叫びながらマーライオンに掴み掛かった少年は
腹部への膝蹴り一発で座り込み
声を失った。


...クソめ。
このクソったれボケ野郎が....

呻きながらへたり込んだ少年は
睨みつけ眼で尚、叫び続けた。



「最低限だ。これでバカな事を考える者はいなくなる」

それだけ無表情に返すと
何事もなかったかのように仕事を再開する兄弟子。
老司祭も戻って来た。



「どうした?手が止まっとるぞ」


マーライオンと少年を交互に見て老人が声をかける。

「.....なんて事...しやがる...クソド外道が...」


繰り返す少年。

その手には小さな頭部がひとつ。


老人はふむ、と辺りを見回しひとつ息をついた。


「....なんて事しやがるんだ....畜生め....」


呪うように呟き続ける少年の手から
頭部を取りあげ、背中を軽く叩いて告げる。


「作業に戻れ」



穏やかだが、有無を言わさぬ厳しさが含まれた声に
少年は唇を噛んだ。



帰路。

あれから一晩中作業は続いた。
老人も加わってなんとか全員処置が行き渡った。

ようやく次の昼すぎに村を出る。
黙りこくった少年。
老人はいつもと変わらず飄々と歩いて行く。
兄弟子もなんら変わりはない。



少年だけが静かに怒って歩いていた。


「くそったれ...」


相手にすらしない兄弟子。
明るい日射しの道。
見えて来た都の神殿と塔。





やがてぽつりと老人が呟いた。







「ちゃんと弔うてやったよ...」


ふたりの弟子は黙ったまま歩き続けた。