草原の満ち潮、豊穣の荒野
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6 傷〜想い出 水鈴の鳴る丘



水鈴の鳴る丘〜Blue Bell Knoll


スラム街。氷と冷たい潮流に囲まれた冬の町。

夕暮れ時、いつもよりやや寒さが
和らいだ穏やかな日。
今日は珍しく何も仕事が無かった。
子供はあちこちで遊びまくる。



少年はのんびり岩に寄り掛かって街を眺めていた。
うす汚れたゴミ箱、ボロい建物
ススけた怪し気な看板、せまい路地
濁ってゴミと混じって出来た
新しい氷。


空き缶を蹴飛ばす。
小高いその場所からコロコロからん、と軽やかな
音を響かせ転がって行く空き缶。


転がった空き缶を小さな汚ない手が拾って呼ぶ。

「ブルー!鬼ごっこ!!」

「ば〜か、ガキじゃあるまいし」


オレはもう14なんだぞ。
子供の遊びなんかやってられっか。



へっと笑い、手をしっしと振る。
チビ共は缶蹴りを始めた。
子供達の騒ぐ声に混じって何か聞こえる。



かすかに聞こえる鈴のような音。
ブルーは音の方向を覗き込んだ。


小さな丘の上。

鈴の艶やかな音を響かせて
誰かが登って来る。
長く紺色の髪に桃色の髪飾り。

ブルーより少し年上の少女。
腰に巻いた飾り帯に下げられた水鈴の音。
彼女はいつもより丁寧に髪を結い
服装も晴れやかな色に彩られていた。

唇に淡い紅。


汚い街に普段こんな姿の者はいない。
ブルーは無遠慮にじろじろ眺めた。
無意識に己の髪を整えながら。


リン、と鈴の音を響かせて
少女はうす汚いなりの少年に微笑みかけた。


「.....あんた誰だ?」

「この鈴をあげる」

「あ?」


女の子は問いかけには答えず鈴を差し出した。


「...いらねえ」


鈴なんかもらったって、どうすりゃいいんだ。
女の子じゃねえんだから。

プイッと横を向く。なんだかよくわからないけど
髪から甘い良い匂いがした。


「あたし、街に行くのよ」

「え?」


唄うように少女が告げた。

鈴が鳴る。




「街ってあの...賑やかな都市の事?」

「そう。明日行くの。だからきれいな服を着て
香油を塗って皆に見せてまわってるの」

「ふーん。べろべろじいさんとか
飲んだくれの おっさん達にも?」

「うん。でもすぐどっかへ行っちまったわ」

「...街に何しに行くんだ?」

「さあ、大人が連れてってくれるって言うから行くの」

「いいなあ..」

「あんたも、もう少し大きくなったら行けるわよ」


「....街なら仕事でたまに連れてってもらったけど
なんかずいぶん雰囲気が違うなあ....」


少女の姿をまじまじと見ながら思い出す。
仕事と言っても、平和ボケした街人から
懷のものをかすめ取ったり
大人のうしろめたい取り引きの手伝いだの
おおっぴらに街なかを歩いた事なんかありゃしない。

当然服なんか汚いいつものフード付き
ボロシャツだ。


「そりゃそうよ。あんた男の子じゃない。こういうのは
女の子だけなのよ。特別....
でもあんたの髪...青くてずいぶん変わってるのね」

「...知らねえよ。そんな事」


彼女の髪は濃い黒に近い紺色だった。
深海の暗い波の紺。

他の連中も地味な色が多かった。
尤もそれでオレはブルーって呼ばれてる。
ぞんざいな名前だ。
別に気にとめた事もない。


「おい、そろそろ戻れよ」


向こうからひとりの男が少女に声をかけた。
見覚えがある。こないだ菓子をもらったっけ。


「よお、青い坊主」

「ブルーだよ。こんちは」


少女を迎えに来た男はよく
あちこちの街をまわって仕事をしている。

そう皆が言っていた。


大抵の者はこの寒い街にとどまって
暖かい中央や遠くの街に行く事はない。
『仕事』を除けば。



少女が嬉しそうに微笑む。


鈴が鳴る。


昨日まで古い暗い色の服を着て
重い鍋や桶を運んでいた少女。
別人のように愛らしく見える。




「坊主...いや、ブルー、お前も行きたきゃそのうち
連れてってやるよ。いずれまた会おうぜ」


男はにっと笑って頭を撫でると
流木で出来た小さな玩具を放った。


「今のうちに遊んどきな。おもちゃでな」

「子供じゃないよ」

「あっはっはっは.....」


男は優しく少女の手を引いて立ち去って行った。



ブルーももらった玩具をつつきながら
ちびにでもやるか、と歩き出す。


りん。


鈴が鳴った。




「あ...」




忘れ物だ、と拾い上げて少女を目で追う。


既に丘を降りて
街のどこかへ行ってしまったか
誰もいない。



仕方ない、と無造作にポケットに押し込んだ。






「おーい!!オレにも蹴らせろよ!!」


ブルーは丘を駆けて子供達の中に飛び込んだ。
返事も待たず缶を思いきり蹴る。


「あー!!後から入ったんなら鬼だろ!」

「いいじゃん、あとでいいもんやっからよ!」


丘の上に響き渡る騒々しい声を聞きながら
ブルーは走り出した。




彼は走りながらふと思った。

今度あの女の子に会ったら、聞いてみよう。
街はどうだったかと......



小さな丘を海の夕日が赤く染める。
遠くで鈴の音が響く。
走り回る少年と共に。



 
Image Music/ CocteauTwins Blue Bell Knoll