草原の満ち潮、豊穣の荒野
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5 傷〜想い出  一日の終わりに

一日の終わりに


北方の海。深く深く潜った場所。
地上の者の知らぬ海域。
巨大な永久氷壁と灼熱の海底火山が相殺しながら
存在する、岩と氷山ばかりの海域。


自然の猛威のみならず、火と氷の妖魔が隠れ住む危険な場所。
奇怪な形に順応した海藻。怪魚。

一定の時間おきに吹き上げ押し寄せる炎熱流。
対抗するかのように巨大な永久氷壁は
冷たい潮流をその身に纏い
絶えず衝突を繰り返す。



「おーい!石、あったかー?」


パタパタと数人の子供達が叫びながら駈けて来る。
「焔の石と氷の石、それからシビレサンゴ....ああ、もう
早くしないと熱流が来ちまうぞ!」



薄汚れたなりの子供達。
一番小さいのは7つくらいか。順番に
一番上の12歳くらいまで5〜6人。

「あった!!」

10歳くらいの子供が、赤く燃える石を氷の棒で
器用に用意した容器に入れる。

「よーし、早いとこ出るぞ」

年長の少年。青い髪に蒼い瞳。
大きな袋をひょいと抱え走り出した。

いっせいに後を追う子供達。
足元の熱を吹く穴を上手に
飛び越え氷壁の向こうを目指す。


やがて氷壁のふもとに着く。
小さな子供ひとり分の穴が外に続いている。一人、二人、と
順番にくぐらせる年長の少年。

「あれ、チビはどうした?」


荷物を足で蹴り込み穴の外へ押し出しながら叫ぶ。
ひとり足りない。
一番小さな子供がどこにも見当たらない。

「あいつ...」

来た方向へ駆け出す。




「ブルー!!どこ行くんだよ!!」

外の穴から顔を覗かせ 叫ぶ子供。

「時間がないってば!!」





次々と熱流を激しく吹き始めた地面。
とん!と跳んで一瞬で半身を変える。

人のような二本の足は魚とも蛇体ともつかない下半身に
細胞の配列が変わった事を示す瞳は
青から赤に。


遠くから熱流と氷流の衝突音が
凄まじい速度で振動をぶつけてくる。
熱流に吹き上げられて熱い焔の石が飛んで来る。


慣れた動作でかわしながらスピードを上げ
元の道を 駆け抜ける。
水の温度が急激に上がり始めた。


「いた!!」


転んで泣いている子供。
バカ!と呆れながら腕を掴みかけ、ギョッとする。



子供の足に絡み付く触手。


ズルズルと獲物を引き寄せるその先の本体は、地面に潜り
顔だけを出している。

触手状の髪。表情の無い熱でただれた顔。



少年は手を水平にまっすぐ伸ばし
それと向き合った。


顔のあどけなさは消え失せ、口元が耳まで裂ける。


次の瞬間、少年は触手を掴み大きく裂けた口で
喰いちぎった。
転がり逃れる子供。

少年の背中に隠れて息を潜めた。

地面の顔がズブズブと半身まで出て来る。
ちぎられた触手はすぐに再生を始め
少年は一歩前に進んだ。


地上の半身をぐにゃりと伸ばし軟体生物のように
のたうち迫ってくる妖魔。

少年の顔真正面まで近付けた顔がぱくり、と割れた。
中には無数の牙が覗く。悲鳴をあげる子供。

少年は妖魔を睨み付けている。


触手が少年の背後にまわった時。
少年が口をかっと開いた。


響き渡る少年の叫び声。

それは衝撃波のように
一瞬遅れて妖魔に届いた。










「急げ!時間がない」

少年は子供をひょい、と荷物のように掴んで駆け出した。

後ろには半身を吹き飛ばされた妖魔の残骸。
やがておしよせた熱流はそれを飲み込み
更に 少年達を追って来る。

氷壁のふもとにかけよる二人。
もはや穴をくぐる時間など無い。


「くっそお!!!」


さっきの叫びと共に氷壁に拳を叩き込む。

砕けて広がった穴に流れ込んで来る冷たい氷の潮流。
熱流とぶつかりあって流れを変えていく。




「...世話焼かすな」


少しヤケドをした足を砕けた氷で冷やしながら
ぼやく少年。
冷たい海流の住処へと歩き出す。


待っていた子供達も何事もなかったかのように
騒ぎながら歩いて行く。

薄汚れたスラム街が見えて来る。
街の入り口で怪し気な大人達に荷物を放って渡す。

もうすっかり暗い。
子供達は共同のせまい家にゾロゾロ入って行く。



「ごはんだよ!!」



中年女が大声で怒鳴る。口汚くとっとと喰え!と
大鍋をドンッ!!と置いた。

暖かそうに湯気をあげるシチュー。

大騒ぎで食事を始める子供達。スプーンを振り回し
駆け回り皿が飛ぶ。

少年は自分の皿を抱えてあちこちウロウロと
避難してまわった。
うっかり零せばすきっ腹で眠る事になる。
急いで彼はスプーンを口に運び腹を満たす。

傍らで中年女が目を細めてそれを見ていた。


一番年長の青い髪の少年。

彼は明日、仕事がないから遊べる、と
振り返って笑った。
女はそっと彼の皿に僅かばかりシチューを注ぎながら
頭を撫でた。


1日の終わり。

子供達がもうじき眠る夜。
窓から暖かな灯が溢れる街角。