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ムシトリ日記
加藤夏来
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2006年11月02日(木)
サルベージ1「カワイくんのこと」:福岡中二自殺事件

昔々の小学校の頃、私のクラスにカワイくん(仮名)という男の子がいました。カワイくんは当時どこのクラスにも一人はいた、明らかにずば抜けて最下層に組み入れられるいじめられっ子でした。身なりは不潔で、性格は底意地が悪く、勉強もお話になりません。誰もが近くに寄りたがらないので、席替えのときは彼一人逆ジャンケンの対象です。負けた人が隣になるという意味で。

当然のごとくクラス中から爪弾きにされていた彼を、もっとも率先していじめていたのは、誰あろうクラス担任の定年間際の女教師でした。この人は今考えてもどうかと思われるような言動(以前に担任したクラスと引き比べて、お前らは出来が悪い、と授業中に繰り返してあてこするなど)をとる人だったのですが、カワイくんに対する態度はかなり強烈なものがあったと思います。

尾篭な話で申し訳ありませんが、カワイくんは教室でたびたび失禁する子でした。それを教師がいちいち片付けなければならなかったことには同情します。幼稚園児じゃあるまいし、休み時間にトイレにいけない事情は何もなかったのに、明らかにカワイくんのそれは回数が多すぎましたから。

しかしこの女教師は、自分が始末したカワイくんの大便の色形を授業中に冗談の種にしました。カワイくんの失禁は教師のお得意の持ちネタで、子供は皆大喜びで追従していました。また、笑った顔が気持ち悪いだとか、考え方が不愉快だとか、探せばカワイくんをからかうネタは誰にでも普通に見つかりました。あの当時カワイくんを攻撃することに、心から罪悪感を覚えていた子は、一人もいなかったと思います。それは先生もカワイくんのことが嫌いだ、という安堵感に裏打ちされていました。


そんなある日、授業中に新ネタが披露されました。


その前の日に家庭訪問を行ったカワイくんの家で、女教師は話もせずに引き上げてきたのだそうです。カワイくんのお母さんは前もって予告してあったにも関わらず、その時お酒を飲んで寝ていて、訪問した先生を面罵し、話どころではなくなったということでした。カワイくんのお母さんは夜の商売の人だったようです。お父さんの話というのも、聞いたことがありません。

小学生の自分でも『え……』と一瞬戸惑ったのを覚えているくらいですから、大人の教師にカワイくんの生活の状況を察することができなかったはずはありません。しかし、この事実も先に申し上げたとおり、クラスにとってはネタでした。誰にも、親にすら味方になってもらえないかもしれないカワイくんは、ノリとネタでいくら傷つけても罪悪感を覚えない、劣等生の一人でしかなかったのです。

最近騒がれている件について、身につまされる人が多いのは、かなり多数の人がカワイくんのような同級生を持ったことがあるか、少なくとも話を聞いたことがあるからではないかと思います。特定の子が嫌われるまでには様々な経緯があります。が、結局その状態を推し進めていくのは数の論理と、閉鎖的な空間でしかありません。

後になって状況に気づき、不正義の片棒を担いでしまったという後悔を覚えても、それを回復するチャンスがまるでないこと。そして、自分たちがどんな異常な状況にいたかを、それが完全に過ぎ去ってから思い知ること。この二つの理由で、カワイくんのことは消えない記憶になって残っています。