途中まで書いて満足してしまったので、けりをつけるのが遅れました……。この間からやってる遊びに行く役者もの、るりいろえんぴつさん訪問編。
バレッタで髪の毛をざっとまとめた後で、くるくる下まで三つ編みにしていく。その作業の間、クラリスはとても楽しそうだった。ドレッサーに置いたバスケットから、甘い香りが漂ってくる。空気までが機嫌よく浮き足立って、窓から差し込んでくる陽気な日差しとおしゃべりを交わしているようだった。 「クラリス、出かけるのか?」 リビングからデーゲームの中継の音と一緒に、兄の声が飛んでくる。 「うん、るりいろえんぴつさんとこ」 遅くならないうちに戻れよ、と、気の乗っていない言葉が聞こえた。安心しているからだ。るりいろえんぴつさんの現場だけは、止められたことも質されたこともない。兄はそういう扱いをした挙句に時々我に返って、大慌てで「あんまりご迷惑をかけちゃいけない」などと言うのだった。 ブルーのパーカーを羽織り、モリキツキャップをきちっとかぶると、クラリスはバスケット片手に素晴らしい速さで玄関を飛び出していった。本人同様後も振り返らない、「行ってきます」だけをその場に残して。
〜 遊びに行ったこと 〜
まばらに樹木の生えている芝生の斜面を見下ろす道路に、一台のバンが止まっている。横っ腹にピンクの色鉛筆が、虹色の文字で『るりいろえんぴつ』とロゴを描き出しているマークがある。斜面の終わるあたりに、とてつもなく大きな赤白チェックのピクニックシートが広げてあり、半面を撮影機材が占めている。残りスペースの真ん中に、ヴィクトリア王朝風のえんじ色のドレスを着た、たぶん体長100cmくらいの白いペルシャ猫が正座している。 手近な木の陰にマルチェロとククールが、スタッフとともに立っていて、何か話し合っている。クラリスがバスケットを持って、バンの隣あたりに立つ。
クラリス(K):おーい! りーるーるーさーんっ!
全員振り返る。特に猫が振り返る。
猫:(かなり激しい招き猫) K:(斜面を駆け下りて、ピクニックシートの傍らに立つ) こんにちはー! おやつ持ってきたよ! 撮影どう? 猫:詰まってるけど、休みってことに今決めちゃった。みんなー! おやつだって!
苦笑交じりの返答が上がって、役者含めピクニックシートに移動したり茶を沸かしに行ったり。
K:(バスケットからかぼちゃのシフォンケーキを取り出しながら)ごめんね、撮影の邪魔するつもりじゃなかったんだけど。 猫:いいの。うち楽しくないとやってられないから。撮影よりも、おやつの方が大事。 るりいろえんぴつのマルチェロ(RM):こんにちは、クラリス。そちらの調子はどう? K:今練習してるとこ。(ケーキを渡しながら)そろそろ次の現場に入ると思う。みんなはどう? るりいろえんぴつのククール(RK):うちは決まった流れがあるってわけじゃないから。それでもリズムはなんとなく出てる、そろそろグラビアが上がるかな? K:(ケーキをくわえて、猫を振り返る) 猫:(猫笑い)大丈夫、ちゃんとマルチェロ出るからね。 K:え。あ、あはは(緩んだ頬を押さえたりしてる) RK:クラリス、うちの兄貴好きだよね。 K:うるさいのもう。(すごく嬉しそうに突き飛ばす。外見が物凄く似てるので、ほとんど鏡漫才) RM:(スタッフから受け取った紅茶を一口飲んで、何か思い出したように顔をしかめ)そう言えば、忘れてた。この間落ち葉で共同の現場を張らせてもらったとき、最後きちんとお礼を言うひまがなくて気にかかってたんだ。クラリス、お兄さんのところに今度伺わせてもらってもいいかな。 K:え? いえそんな、大丈夫ですよ。兄は気にしてませんから。『男のわたしでさえ惚れ惚れするような色男がいてくれて、ちょっと動揺した』って言ってました。 RM:(カップの陰に隠れて赤面し、視線を逸らす)
虫捕りのマルチェロはこの態度が原因で、めずらしく妖しい意味で動揺させられたのだが、誰もそれを知らない。
RK:(ひょいと紅茶を飲み干して)さ、太陽の角度が変わらないうちに、もうひと仕事しよう。 RM:(不安げに)え……もうか? 猫:ククール、よく見よう。マルチェロはまだ食べ終わってないよ。(自分は角砂糖をカジってる) RK:遅いよ! なに、まだ半分以上紅茶残ってんの? RM:いやしかし、わたしは熱いものが苦手で……。 K:もうちょっとなんだから、急がなくていいじゃない。 RK:クラリスは甘いんだよ。うちの兄貴はクラリスのにいさんと違って、引っ張っていかないと動きゃしないんだからな。 RM:……お荷物みたいに言わなくても。 RK:(眉根を寄せて兄を見る) RM:(目を逸らす) K:あと五分やそこいら、気にしなくていいですよ。(しびれを切らしたようにマルチェロの隣に座って)ね、ケーキどうでした? 本に載ってたレシピをアレンジしたんですよ。 RM:あ。うん、おいし…… RK:そういう女ってわりとムカつくと思わねえ!? (兄を挟んで反対側に、肩に手をかけて食ってかかる) K:(ものすごく嬉しそうにマルチェロの腕を抱っこして) ムカつく女だもーん。それがどうした。ケーキ焼けないからひがんでるだろ。 RK:うるっさい! 手! こら手! 離れろって言ってるんだよこの……(クラリスをはがそうとして手を出したてる) K:や。やー。(モリキツキャップで防衛してる)そっち側、まだ空いてるからいいじゃないの。手振り回すのをやめたら? マルチェロさん困ってるよ?(口を尖らせる) RK:(むっと兄を見上げる) RM:(この騒動の間、ずっとされるがままでいたので、ちょっと髪がほつれてくたびれてる)あの、ふ、ふたりとも、そんな、喧嘩とかせず仲良く……。 K×2:しなくていい。 RM:……。
思い直したククールと、幸せそうなクラリスに両方から肩に擦り寄られ、動くに動けず情けない顔で座っているマルチェロ。猫が満足げな顔でカップを抱え(猫には大きい人間サイズ)、尻尾が左右に揺れている。
K:(目を閉じて)ね、マルチェロさん。 M:ん?(顔がそっちに向く) K:どうしてスタジオを作らないの? セットの方が楽だし融通がきくのに。 RK:そういう話はりるるさんに聞くんじゃないのー。 猫:(笑)いや、いいよ。マルチェロ、答えてあげて。 RM:(苦笑しつつ)そうだなあ。まあまずそれができるっていうのがあるな。うちはまだまだ小さいし、必要な道具も多くはないし。 K:虫捕りが同じことやったら大名行列になっちゃうね。 RM:(笑って、座り直し、両側のスペースを揃える。動いた分、二人がさらに寄る)それはそれでいいんだ。大きなことをやりたければ、しっかりした枠組みがいる。ただ、義理を立てなければいけないものも増えるけど。 RK:クラリスのにいさん、共演者にもスポンサーにも頭の下げ通しー。 K:内容のためなんだってば!
両方の髪を、器用にも同時に撫でてなだめるマルチェロ。まんまと大人しくなる二人。
RM:それぞれ、やってることは違うよ。ただうちは思いついたとき、思いついた場所でひょっとやるのが持ち味だ。晴れも降りもする。やり直しはきかないし。 猫:チャンスは一回。それがいいのよ。他の道なんてないってことが、嫌でも分かるでしょ? K:(びっくりしたように目をぱちぱちさせる) RK:(顔で指す)レトロだろ? 機材。わざとやってるんだよ。CG修正とかあり得ないし。 RM:まあ、そういう博打打ちがさり気なく多いというわけもあるんだけど。 K:(マルチェロと猫を見比べて、にっこりする)見えないよね。 猫:(猫ウィンク)そう見せたくなんかないからね。
エンジン音。バンの脇に、グレーの国産車が停止する。助手席からジュリオが降りてきて、こっちに向かって手を振っている。
ジュリオ(J):おーい! クラリス! K:(シートの上に立ち上がって)なあに。わざわざ迎えに来てくれたの? まだちょっとしか遊んでないよ。 J:そうだけど、何でか制作が呼び戻せだって。ミーティングやっから、乗って。 K:ぶーぶー。(と口で言いながら、モリキツキャップを拾う) ごめんね、皆さん。中途半端なとこだけど、そういうことらしいんで……。 猫:ううん、頑張ってね(笑) もう撮影に入っちゃうの。 K:(首を振っている)ひたすら、組みでトレーニング。私の鍛え方が足りないからだって言われた……(↓) 猫:(肉球撫で)トレーニングかー……大変そうだな。
バスケットを掴み直して、斜面を駆け上がっていくクラリスの先で、運転席から虫捕りのマルチェロが出てくる。恐縮したように、スタッフに向かってぺこりと頭を下げる。
RK:りるるさん、もっかいさっきのとこから始めるよ。 猫:……(車のところで何か話し合ってる虫捕りの連中を眺めながら)やっぱ、さっきの指示、やめ。場所変えよう。 RM:ええ? 猫:むつかしく考え込むのは性に合わない。気分を変えたほうが早い。
諦めたようにスタッフが機材をピクニックシートの上に置いていくと、猫が機材ごとシートを畳みはじめる。パタパタ畳んでいくにつれて、どんどんシートのかさが小さくなっていく。最終的に赤白チェックのハンカチになったところで、片付けおしまい。
J:???(両手で目を擦っている) 虫捕りのマルチェロ(M):(傍を通り過ぎていくスタッフや猫に向かって)お疲れ様です。また今度ご一緒させてください。 RK:(バンに乗り込みながら)こちらこそ機会があればまた。クラリス、べそかいてねーで頑張れよ。 K:誰が、いつ!?
最後にるりいろえんぴつのマルチェロが忘れ物をチェックしながら歩いてきて、笑顔で会釈していく。
J:お疲れーっす。……現場? 次。どこなんすか? RM:(肩をすくめる)さあ? J:さあって。じゃ、どこ行くのかとかは……
るりいろえんぴつのマルチェロが明るい顔になると、バンの進行方向を指差す。
RM:あっち。 J:?
さっと車に乗り込む、るりいろえんぴつのマルチェロ。程なく車がスタートして、虫捕りの面々だけが残される。
J:(自分のところのマルチェロを振り返る)あっちって……どっち? M:(肩をすくめながら)つまり、どこまでも行くんだろうな。
頭をかきながら考え込んでいるジュリオを、やがて先に運転席に乗り込んだマルチェロが呼び寄せる―――
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