「芸能人は語る・私はこうして女口説きました」みたいなネタを、ついさっきTVでやってました。また得意げに下らんネタ披露しおってと苦笑しながら食事していたのですが、その時ふと思ったことです。
そこらの名前も知らない芸能人ならどうでもいい。 しかし例えば。
(東京版パラレル) -------------------------------------
たまに遊びに連れ出しても、兄貴と行くところなんて決まってる。 何も言わずにまっすぐ本屋。それも縦に潰れちまえってくらい、上から下までくそ難しい紙の束が詰まってる専門書店。兄貴がお目当ての(何語だか分からない)本を見つけて出てくるまで、俺は迷子の子供よろしく古臭い喫茶室でアイスコーヒーを啜っている。 やっと天の岩戸の向こう側からお出ましあそばしても、それからがまた長い。向かいの席に座って読む。黙々と、最初から最後までチェックしてる。その割には早いほうだと思うが、待っているほうとしてはほとんど地獄のように長い。 それも、一言でも文句を垂れるとこうだ。
「じゃあ、帰るか?」 俺一人で。
いや別に順当に遊び場所に行けたって特典はない……兄貴は騒がしい場所は好みじゃないし、俺たちにはまるで本物の恋人みたいに寄り添って歩いたり、人目に気兼ねせず幸福をばらまいて回るなんて日は永遠にやって来ない。 でも精々いつもよりは少し長く、連続した時間、お互いに向かって注意を注いでみたいじゃないか。そうしたって兄貴の愛想のなさは変わることがないんだろうけど。
もろもろの願望と現実の折り合うところ、俺は店屋めぐりをするのが一番好きだった。兄貴だって歩きながら本を読むわけにもいかないし、さすがに一緒に歩いている間はすぐ隣にいる俺を無視するのはおかしい。
特に何か買うわけでもなかったが、緩慢に移り変わっていく周囲の景色の中で、ちょっとしたものに兄貴が意表を突かれたり、真面目くさった顔で売り物に短いコメントをつけたりするのを見ているのは、意外に楽しかった。
そんなわけで、お決まりになってしまった店めぐりのコースの中、その骨董屋はあった。名前は今ちょっと出てこない。難しい発音の外国語の店名だ。兄貴に聞いたら、「心臓って意味だ」とのことだったので、ハツ屋と勝手に呼ぶことにした。
ハツ屋はやたら曲線の多い、金属の舶来物を中心に置いてある店だった。うっかりしてたら踏みつけそうなくらい小さな、度肝を抜かれるほど口の悪い婆さんが一人でやっている店で、いつ行っても何か一つは見たことのない出物があった。現代的な、光とデザイン根性にあふれたショッピングモールの中にあったのに、ここだけは何か悪い得物で抉ったように暗いので、いったいいつ潰れるのか最初はわくわくしながら見守っていたもんだ。残念なことにいつまで経ってもそうはならなかったので、諦めて普通の客になりにいった。金を使ったことは一度もなかったが。
根性が悪い同士で気が合うのか、ハツ屋に行くと兄貴と婆さんは仲良さそうに立ち話をしていた。俺は勝手にそこいらに置いてあるものを撫でたり眺めたり回したりして遊ぶ。ガレのランプがあった。天球儀があった。恐ろしく手の込んだディスクオルゴールも見かけたし、婆さんの眼光が恐ろしくて指紋一つつけられないボーンチャイナもあった。
そして、これだけはショーウィンドウの中に納められた、指輪があった。
ショーウィンドウと言っても木枠の箱型の机みたいな代物で、上の部分だけガラスが張ってある、ごく小さな奴を思い浮かべて欲しい。質こそ上物なんだろうが、いかんせんそこに並んでいる貴金属類(ネックレスも腕輪もカメオも)は、意匠が古かった。王侯貴族がローブデコルテの上につけるんでない限り、浮きまくるのは避けようがなかった。
しかし、その中に一つだけ交じった指輪――ごく直線的なホワイトゴールドの輪に、店名にちなんでなのか何なのか歪んだハートをあしらった形の――だけは、ごついくせに優雅で、超然としていて、時代に関係ない異彩を放っていた。
「結局最後はそこを見ることに決めてるのか?」 ある日店のもので一通り遊んで、最後にショーウィンドウに肘をついていたとき、兄貴がちょっと不思議そうにそう言った。 「別に決めてるわけじゃないよ。何となく締めのものっぽくなっちゃうんだ。色々見たいものはあるけど、この指輪っていつまで経っても売れないだろ? だから――」 「閑古鳥がぴいぴいしてて悪うござんしたね」
そのまま、いつものように罵詈雑言のキャッチボール、ならまだいいが乱打戦みたいなことを始めた俺たちに構わず、兄貴はショーウィンドウに近寄ってきた。どこの店でもまったく同じ、考古学者が発掘品を吟味してるような顔で、アクセサリーの並んだ箱を見下ろしている。
「指輪が欲しいのか」 「欲しくない」
脊髄反射よりも素早く答えてしまって、内心しまったと思った。本当のところ、憧れたことがなかったわけじゃない。男同士のパートナーシップを築いている知り合いには、きちんと指輪を交わしている人たちも何人かいて、俺はそのさり気なさが羨ましかった――例えあまり上手くいっていないところを目にしたとしても。
意識しないでいても構わないほど、その間には確実なつながりが存在している。痴話喧嘩も、倦怠でさえ、もともと何かそういう属性のあるつながりでなかったらできない作業だ。俺は自分の好きな男にそんなものを求められるとは思っていなかった……求めていいとは思えなかった。
「別に必要ないからさ」 「そうか」
あっさり納得すると、兄貴は引き下がった。というか、婆さんに軽く会釈してそのまま店を後にした。慌てて後を追う――自分がただの高校生のガキにしか過ぎないことが、熱いほど嫌になるのはこういうときだ。指輪には六桁の値札がついていた。もし、色んなことが自由になる大人だったら、張りたい意地と自分の本音に折り合いをつけるために、あの指輪の身代金くらい用意しただろうに。金で解決って最高だよな。
それから確か一月くらいあって、またハツ屋に入ったとき、今度は兄貴はショーウィンドウを覗いている俺の背後に立った。
「指輪が欲しいのか」 「……いらないってば」
ショーウィンドウにもたれかかるような姿勢で振り返ってみると、兄貴は腕を組み、婆さんは明らかに眼に殺気がこもっている。慌ててもたれるのはやめた。
「あのね、おじさん。俺をその辺の女の子か何かと勘違いしてる? 白いドレスにベールかぶって、教会で『誓います』なんて言いたがると思ってる? お断りだよ、そんなもの。気味の悪い、だいいちもし万が一思ってるにしても、どうしてそうしてほしい相手があんただと思うんだ。何回も言ってるだろ――俺の相手は一人や二人じゃないんだって」 「わたしは指輪が欲しいのか聞いただけで、別にそれにどんな意味があるなんて言ってないんだが」
ごく普通の兄弟にしては大分支障のある会話を聞きながらも、婆さんは退屈そうに欠伸していた。どっこいこの程度のことで動揺するような婆あではない。
「……欲しいって言ったって、どうせくれないくせに」 間を挟みこんでそう言うと、兄貴はいかにも考え深そうな顔つきで首をかたむけた。 「そりゃあな。お前の欲しがるものをいちいち全部与えてたら、わたしはあっという間に日干しになる」 「全部もなにも、かけらも言うこと聞いてくれないくせに……」
思いもかけず感情が突き上げてきたので、少し動揺する。兄弟だから、年に差があるから、普通の間柄じゃないから、ごく普通の日常が「それっぽく」ないのは仕方ないんだと思っていた。でも、そんな言い訳に関係なく不安はたまる。ありふれたやり口でないんだったら、どんな方法で気持ちを確かめればいいんだろう。そういうときにつかまるものが、俺には足りなかった。
「……本当に欲しいものがあるんだったら、もうちょっと粘ってみればいいだろう…」
声に溜息が交じっていたような気がする。 兄貴は指の骨でショーウィンドウを叩いた。 「これ、見せていただけますか」 「どうすんだよ?」 「運試しだよ」
慎重な手つきで開けられる箱を、相変わらず冷静な目つきで兄貴は見下ろした。 「たまには賭けてみろ、ククール。その指輪、結構な年代らしいな。そんな縁もゆかりも無いようなものが、もしぴったりはまったら、望み通りお前に買ってやるよ」
台ごと持ち上げられた指輪と兄貴を、俺は交互に見比べた。輪の幅は広く、肉は厚い。元々あつらえられたんでもない限り、きれいになんてはまりっこない。
「何だよ! 結局買ってくれる気なんて無いんじゃないか」 「無制限にはわがままは聞けないと言っただろう。どうするんだ、やるのかやらないのか」
……しばらく迷った。兄貴は前言を翻さないから、合わなかったらきっと本当に二度と見向きもしない。自分でついさっき言ったことも忘れて、俺は本気で泣きたい気分になっていた。手の届かないものの貴重さに。
「何も行動しようとしない人間に、手に入るものなんてない」 兄貴はぽつりと呟いた。 「やる前から諦めてる相手じゃ、こっちも手の差し出しようがないんだ」
見上げた顔は、どこか寂しそうだった。決まりが悪かったし、後悔もつのっていた。信じられなくて寂しかった……でも、同じくらい、信じてもらえない人間も寂しいだろうと思ったからだ。
「あの」 「どこにするの?」
右手を差し出すと、ばあさんはむっつり尋ねた。自分で手をひらひらさせながら、少し考える。
「薬指」
指先がほんのかすかに震えていた。 婆さんは世界に一匹しかいない学術資料を扱っているような手つきで、俺の指に輪を通し……………、
………それはぴったりと、指の根元に収まった。
「……はまった」 「らしいな」 面白くもなさそうな顔で呟く兄貴の顔の前に、俺は右手を突きつけた。
「ほら! すごい、ぴったりきれいにはまったよ! 自分で言い出したんだ、約束は守ってくれるよな?」
いっぱいに張り詰めている手の先を取ると、兄貴は右左とそれを吟味している。
「確かに間違いないようだ」 「そうだよ、だから―――」 「じゃ、行くか」
一瞬、何が起こったかわからなかった。 兄貴は何事もなかったように背を向け、店の外へ出て行く。指輪と俺を、その場に残したままで。
婆さんはショーウィンドウの上に頬杖をついたまま、何とも表現しがたい笑みを浮かべる。
「毎度あり」 「え、ちょ、待っ、どういう……」
すっかり混乱しきった頭のまま、さっさと歩いていく背中に追いつくと、兄貴は体半分振り返った。振り返って―――笑った。あの笑み。今世紀最低の笑い方だ。あの笑顔一つだけで、兄貴は地獄に落ちても少しもおかしくない。
「なあ。……………気障か?」
これが気障でなかったら、この世に気障なんて単語は必要ねえよ。 お察しの通り、俺はそんな憎まれ口なんぞ、一言も口にはできなかった。
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どこにこんなマルチェロがおるかーーーーーーーーーーー!!!!!!(発狂
いやごめんなさい。つい一本小説を書いてしまった……。というか小話を。ついでに、自分は女というか人として大分戻れないところまで来てしまったような気がします。
拍手レス (5/17) >凪さん 訪問返しありがとうございました。モリモリ頑張ってまいります。
>ベリンカさん こんばんわ、たこ焼きありがとうございました!(は?) 無事に届いていたようで何よりでした。ベリンカさんに萌えていただけるなら速攻そっちの更新に走りますので、楽しみにお待ちください(笑)
(5/23) >5/22の日記にコメントをくださった方(二次創作の批評で以下略) いやむしろあんなことやろうと思う、私の頭の程度が別の意味ですごいっていうか。 他所様のサイトをあーだこーだ言うことになりますので、密かにひやひやしていた折、暖かいお言葉ありがとうございました。勇気づけられました。こんなものでも楽しんでいただければ幸いですので、また見に来てやってください。
(5/24) >朝八時:URA−Qさんのマルククも好きですが〜 そういうあなたが大大大好きです(ぎゅう)(きもい) シンプルでストレートな応援ありがとうございました。お気持ちを胸に精進していきたいと思います。
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