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2005年03月30日(水) セーラー (お題バトル・墓場逝き作品)

テーマ「入学式」 お題「退屈・紹介・青空・新品・電報」

セーラー



 春の強い風が彼の髪を撒き散らす。釣られて彼は顔を上げた。頭の上には空が広く伸びきっていた。空は目を背けたくなるほど眩しく澄んでいた。しかし、空が青いのは放射という現象のせいだと彼は知っていた。空は無色だ。それを知ってからというもの、彼にとって空が青いことなど何の意味も持たなくなった。空が薄い水色だろうと緋に染まっていようと、それはただの物理現象でしかなく、だからこそ何の意味も彼にはなかった。
 そうして上を見上げて歩いていると、横に広がる公園の周りを覆う桜が僅かに咲いていることに気づいた。風に儚く揺れる小さな花は枝から漏れる青空と重なって余計に儚さを増していた。しかし、これもまたただの桜の生殖行為だと彼は思っていた。だからこそ何の意味も彼にはなかった。
 何ものも今の彼には何の意味もない。
 春とはいえまだ冷たい風に閉口してトレンチコートのポケットに両手を入れた。ポケットの中には潰れた煙草のケースと、分厚い紙が入っていて、彼の手をちくちく痛めた。
 公園を通り過ぎると国道に出る。まっすぐに伸びた国道の狭い歩道をまっすぐ進んでいると、少女が彼の横を通り過ぎていった。まるで風のように軽く少女は彼を追い越した。彼は立ち止まり、ポケットに両手を入れたまま、過ぎた少女の出で立ちを眺めた。少女のセーラー服は新品のようにきちんとスカートの糊付けが効いていて、さらに裾を切っていないのだろう、膝よりも下の長さで揺れている。彼はこの制服に見覚えがあった。いや、彼はこの制服の構造をよく知っていた。
 少女の後ろ姿は小さくなりつつあったが、国道が直線だったためどこまでも見失うことはなかった。彼は決して走ることはなかったが、幾分早足で歩き始めた。中学生の少女の小さな足と体力では、それほど距離が開くことはなかった。歩きながらコートから煙草を取り出す。残り一本しか入っていなく、舌打ちをこぼして残り一本の煙草に火をつける。マルボロライトの空箱を国道に捨てると、すぐに車に撥ねられてひしゃげてしまった。それはとても惨めなものに彼の目には映った。少女を追いかける自分のように思えた。何故、追いかけるのか。理由は思いつかない。敢えて言えば、彼は退屈だったに違いなかった。
 十分も歩いていると、簡単に少女を追い越すことができた。追い越してしばらく進み、煙草の自販機のあるところで立ち止まる。彼の目当てのマルボロライトのボタンは、生憎売切れだった。舌打ちをしかけたところで、顔を自販機から背けると、ちょうど少女が彼のそばを通り過ぎようとしていたところだった。彼は初めて少女の顔を見た。少女はまだ幼い顔立ちをしていて、真新しい制服が全く似合っていなかったが、彼が予感していた通りこの年とはいえ美しい容姿を持っていた。顔から窺える性格は厳しいものに見えた。少女は僅かにその厳しい容姿の顔をゆがめた。トレンチコートを着た彼の姿を記憶に残していたのだろう、彼の存在を訝っているようだった。その態度は彼を満足させた。通り過ぎた少女の腕を彼は後ろから取った。少女は悲鳴を上げた。
「なに、何するんですか」
「いや。お金を貸してくれないかと思って。十円、足らないんだ」
 少女は身をすくめた。表情は明らかに彼を恐れていた。
「も、持ってません、十円……」
「持っていないの? 十円ぐらい?」
「だ、だから、離して……、私、入学式に遅れちゃうの嫌だから……」
「入学? 新入生か。じゃあ、こないだまで小学生だったんだな。ガキすぎるなぁ……」
「は、離して! 離してください!」
 彼は簡単に少女の手を離した。少女はほっと安堵の息を漏らした。少女の顔は上気していて、まるで公園の桜のように染まっていた。少女は踵を返して歩き始めた。その後を彼は追うように歩く。少女は早足で歩く。しかし彼もまた同じ速度で歩く。少女の制服から汗が吹き出ているように見えた。彼は薄く笑った。
「何で、何で付いてくるの!」
 少女は涙をこぼしながら振り返った。気丈な少女だと思った。それは彼の予想通りだった。彼は少女に近づく。少女は震えたがそれ以上体を動かしはしなかった。文字通り震えていて、体が動く余地はなかった。
「ナンパしようと思って」
 彼は薄く笑った。少女が丸く目を開ける。しかしすぐに怯えた色を見せた。
「……な、何を、言って。嫌だ、帰って。来ないでください」
「君、綺麗だからさ」
「……い、嫌、何を言って。あんた、何歳、何を言って」
「俺はロリコンだからね。ロリータコンプレックス。知ってる?」
 彼は少女に詰め寄った。少女は動けない。代わりに悲鳴を上げる。涙をこぼす。
「し、知らない。いやだ。嫌……!」
 彼はふっと少女の耳元で息をこぼして笑い、彼女から離れた。小銭を自販機に入れて煙草を買う。マルボロライトはないのでマイルドセブンライトにした。煙草を開け、口にくわえる仕草をするまで、少女はじっと立ち止まってじっと彼を見詰めていた。火をつけて彼は笑った。
「冗談だよ。入学式、行っておいで」
 少女は顔をゆがめた。そして顔を赤くさせた。体は動かないままだった。彼はまた少女に近づき、煙草を手にしたまま笑う。
「俺は中川ユキ」
「……何」
「自己紹介。また会えたらいいなってこと」
「……何で」
「今度、名前を教えて。俺は君を気に入った。また、会いに来るよ」
 手を振って彼は少女から離れた。決して振り返りはしなかったが、少女が彼の背中を見つめているだろうことは予測できた。彼は薄く笑って煙草を吸う。その煙草の煙が空に伸びるように上っていく。遠く離れた中学校からチャイムの音が聞こえてきた。想像するに、少女はきっと遅刻しただろう。彼のことを頭にこびりつかせたまま、入学式のことを半分忘れたまま。
 普段慣れない煙草を吸い終わり地面に投げ捨てると、彼は少女のことを思い出そうと努めた。しかし思い出せるのはセーラー服でしかなかった。彼はこのセーラー服の構造をよく知っていた――。
 ポケットの中に煙草のケースを忍ばせた時、代わりに紙を取り出した。結婚式の招待状だった。
 彼は途中で公衆電話に立ち寄りタウンページを広げて電報を打った。昔、このセーラー服を身に纏っていた少女が結婚するというので祝電を打った。式に招待されていたが、彼には行く気がなかった。
 あのセーラー服を着ていない少女に興味はなかった。
 電話ボックスから出てそこに背中を預け再び煙草を吸う。彼は少女のことを考えた。あのセーラー服の少女に手を出すのは、昔と違ってただただ退屈だからという理由に過ぎなく、やはり彼には何の意味もないことだった。












 _| ̄|○(だめぽ)




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