ひとりごと
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今朝見た夢の話である。
久々に母と外に出た。 昼食のあと、明るい街を歩いた。 本屋があって、そこに入った。 私はすぐに目当ての本を探し出した。 「ママは?本は買わないの?」レジで私が訊くと、母は 「いいの。ほしい本がここにないから。」と言う。 「どんな本がほしいの?」そう問うと、 母は意外にもすばやくはっきりと答えた。 「バスノォト。」
昔、そう言う本があったそうだ。 旅行案内のようなエッセイ集のような手帳のような。 バスで行ける都内のちょっとしたいい場所や花の名所、 風景の美しい場所が案内してある。 停留所の間の車窓の眺めも教えてくれる。 そして、そこに行ったときの自分の日記を書き込むところもあると言う。
「それ1冊持って、バスでいろいろなところに行ったわ。」 と母が夢見るように、歌うように言った。 「うんと昔の本だから、もうないでしょうね。」と笑った。 ほっそりとした女学生の母が、春の街をひとりで旅する姿が目に浮かんだ。 土手の菜の花、桜の並木、人々が行きかうセピア色の町並みが見えるようだった。 「探そう!きっとあるよ。」私は言った。
それからいくつの本屋を歩いただろうか。 やっと見つけたのは、古いビルの中の小さな本屋さん。 古書と新書を一緒に売っていた。 様々な大きさの日記や紀行文が並ぶ一角に「バスノォト」はあったのだ。
ざらざらとした表紙の縦長で薄い小さい本。 開いてみると、最初のページに「さあ、バスの切符を買いましょう」とあった。 次のページからは、粗い白黒の写真と明朝体の活字が並ぶ。 初めて聞く停留所の名前やその由来、バスから眺める景色。 きっと今はその風景も変わっているのだろうな、と思った。 そしてページをめくると、細い万年筆での書き込みがあった。 日付は五十年も前の春の一日だった。 降りた停留所の名前、見つけた花のひとむらのこと、雨に降られたことなどが 走り書きのように、でもブルーブラックの美しい文字で綴られていた。 それは紛れもない母の字だった。
私はその本を抱きしめ、会計に向かった。 肝心の母は、もうあてにはしていない様子で雑誌をぱらぱらと眺めているのだった。 使い込まれた茶色い木のカウンターにその本を置き、私は言った。 「これ、プレゼント用に包んでください。」 お金と本を持って、初老の店員さんは薄暗い奥に入った。 もうすぐ包まれた本がやってくる。 母を驚かせることができる。 一緒にバスでどこかへ行こうか。 店員さんはなかなか戻ってこない。
そこで目が覚めた。 夢だとは思えなかった。 だって、バスノォトのざらざらの表紙の手触りだってまだ残っている。 古い本のほこりっぽい匂いも覚えている。 バスノォトのことはずっと前から知っていたような気がする。
リビングに降り、先に起きていた夫に「今見ていたのは、夢?」と聞いた。 「うん、夢やろな。」と答えてくれた。 インターネットで検索しても「バスノォト」と言う本はなかった。 やっぱり夢だった。 少し煙ったような明るい春の朝だった。
母にこの話をするのはまだ先にしよう。 その前に、私はバスを乗り継いで小さい旅をしてみよう。 満タンのバスカードだってPASMOだって持っている。 1日乗車券を買うのもいいな。 愛用のカメラを持って、心の中でバスノォトを綴ってみよう。
私はどこかに行きたかったのだろうか。 それともどこかに行きたかったのは母だろうか。 夢は不思議。
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