ひとりごと
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ひさしぶりに美容院に行った。 友だちに教えてもらった初めてのそのお店で、シャンプーのとき 美容師さんが「きれいな髪ですね。」と言った。 聞き間違いかと思った。 がんこなくせっ毛で、多くて硬くて真っ黒な髪は 若いころほどではないにしろ、今でも私のコンプレックスだったから。 きれいだなんて、言われたことも思ったこともなかった。 柔らかくて素直なさらさらの髪にずっと憧れているのだ。
「健康でいい髪ですよ。手触りが違います。」 と、また美容師さんが言ってくれた。 健康! それはそうかもしれない。 ただでさえ太くて丈夫なのだけれど、パーマやカラーリングもしていない、 ドライヤーもかけていない私の髪は、痛んでいないのかもしれない。 そう言えば、枝毛や切れ毛も見たことがない。
「健康」と言う言葉に嬉しくなった。 すぐに風邪をひいたり、熱を出したり、胃腸を壊したりする不健康な私に 健康なところがあっただなんて。 ふわりと心が丸くふくらんで楽しい気分になった。 私は健康なんだ(髪だけだけれど)。 カットの間もそんな言葉を頭の中で繰り返していた。
「ありがとうございました」の声に送られて(こちらこそ、だわ) 軽くなった髪で外に出た。 せっかく銀座に来たのだから、ぶらぶらすることにした。 美容院で「健康」をもらったばかりで足取りも軽かった。 デパートで春らしい雑貨を少し買い、バーゲンの服を眺めた。 「猫を中心とした動物のアンティーク展」と言うとっても興味深い展示に出会い ゆっくりと眺め、ポストカードを何枚か買った。 地下の食料品街ではおいしそうなパンをいっぱい買った。
昼食をとっていないことを思い出して時計を見ると3時半。 ずいぶん長いこと歩いていたらしい。 疲れた感じはしなかったけれど、ベーカリーカフェで休憩することにした。 窓辺の席に座って、読みかけのミステリーと一緒にティータイムセットを楽しんだ。 本はおもしろく、パンもデザートもカフェモカもおいしく、また元気になった。 まだまだウィンドウショッピングを楽しめそうだったけれど 調子に乗らず、寒くなる前に家に帰ったほうが身のため、と駅に向かった。
「献血をお願いします!特にO型の方!O型の血液が足りません!」 街灯が灯り始めた駅前広場で、冷たい風の中、 白衣を着た男性が拡声器で呼びかけていた。 私はO型だ。 「お願いします!受付時間、あと5分です!O型の方!」 いつもだったら「私には無理だわ」と、申し訳なく思いながらも通り過ぎてしまうところだ。 でも今なら! この体調の、元気な私なら、できるかもしれない。 深く考えることもせず、足はテントの方へと向かっていった。
若いころはよく献血をやったものだった。 私は元気で、血もありあまっていた。 17歳から始めて、20歳で10回、25歳のときには20回目の献血をしていた。 でもそのあとからは、全然できなくなった。 献血バスを見つけるたびに行ってはみるものの、血圧が低すぎたり、 血液の比重が軽すぎたり、あるいは両方だめだったり。 だんだん間遠になって、それでも3年に1回くらいはできていたのに ついにドクターストップが出てしまった。 「お気持ちはありがたいけれど、あなたはもう献血はしない方がいいです。」 こんな私にもできるささやかな社会奉仕もできないようになったのかとがっかりした。 試しにこっそりと行ってみても、ブラックリストに載っているらしく コンピュータの画面を見て断られたこともあった。
でも今なら。 あれから7年たっているし、リストからもはずされたかもしれない。 それになによりこんなに元気なのだもの! ストーブが焚かれた暖かいテントの中でコートを脱ぎ荷物を預け、バスに乗った。 ドキドキしながら診察を受けた。 血圧「正常です。」 比重「じゅうぶんあります。400mlお願いしますね。」
わー、本当に献血できるなんて! 最後にできたのが、トトが病気になったときの願掛けだったから7年前。 7年ぶりの、私にとっては快挙だった。 400mlも献血するのも初めてだ。 前は200mlしか採ってもらえなかった。
久しぶりの寝台に横になって腕を出し、太い針が刺されるのを見た。 「いいですね。流れもとってもいいですよ。」 と、看護師さんが明るい声で言った。 「この調子だとすぐにたまります。」 血が出て行くのを見ても、頭がふらふらすることも気分が悪くなることもなかった。 私の血は順調にパックされていった。 本当に健康なのだ、と嬉しくなった。
腕にバンドを巻かれ、バスを降りるともうすっかり夕方だった。 私は最後の一人だった。 テントの中でストーブにあたり、ジュースとクッキーをいただいた。 そして新しい献血手帳と小冊子をいただいた。 「おひさしぶりなのですから、気をつけてくださいね。 電車も、1本見送っても座って帰ったほうがいいですよ。」と気遣われた。 でも気分はよかった。 「今日はお買い物でしたか。これでもうお帰りですか?」と聞かれたので 「はい。」と答えると、5、6本残っていたジュースやお茶を全部渡された。 「お荷物になるでしょうけれど、よかったら持って行ってください。」
いっぱいおみやげをいただいて、荷物もたくさん抱えて混み始めた電車に乗った。 ちょっとだけ気分が悪くなりそうだったので、途中で、すいている各駅停車に乗り換えた。 そして本も読まずにぐっすりと眠って帰ってきた。 気持ちよく目が覚めて、駅を降りると、昇り始めた赤い月が見えた。 丸い、とろりとした色の、なんだかおいしそうな月だった。 満月のころ、パワーもみなぎるのかな? 私は元気!と口ずさみながら、月に向かって自転車をこいでびゅんびゅんと帰ってきた。
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