ひとりごと
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12時が過ぎ、新しい年がやってきたあとも、 夜更かししてささやかなおせちの用意をしていた。 まだ年末の続きのようにばたばたとしていたのに ほんの数時間眠って朝、目が覚めると 空気はちゃんとお正月の匂いになっていた。
新しいノートを開いたときのような、洗いたてのシーツのような、 アイロンをかけたばかりのハンカチのような、水仙の花のような、 そんなお正月の匂い。 小さいころは、もっとはっきり感じていた。
大晦日、この夜だけは夜更かしを許されていた。 がんばって年が変わるところを見届けよう、と思っていても どうしてもだんだんと目が閉じてきてしまったのだけれど。 夢うつつのうちに除夜の鐘を聞き、 古い年の神さまと新しい年の神さまがバトンタッチするイメージを思い描きながら眠った。 大きな紙がゆっくりと裏返しになっていくようなイメージもあった。
そして目が覚めたら、お正月が来ているのだ! 雨戸が閉まったままで薄暗い部屋のひんやりした空気は、 昨日とは違うお正月の匂いだった。 枕元に用意しておいた、新しい下着とよそ行きの服をいそいそと着た。 妹たちも祖父母もまだ眠っているらしい。 大掃除をしたあとできれいになっている家の中もお正月の香りでいっぱいだった。
階段を下りて台所に入ると、大きなお鍋にお雑煮用のおつゆが温まっていた。 私が眠る前にはまだ作りかけだったおせち料理もきちんと重箱に詰められていた。 一体、母はいつ寝ていたのだろう。 やっぱりいつもよりいい服を着て、その上にエプロンをかけた母に 今年最初の「おはようございます」を言った。 料理の支度をする母のまわりをうろうろしたり、 年賀状を待って何度もポストを覗きに行ったりした。 静かで明るい外の空気も、胸がすうっとなるようなお正月の匂いだった。
家族が起きてきて、いい服を着てニコニコと顔を合わせて、そろって神棚や仏壇を拝んだ。 おせちが並べられた客間のテーブルの後ろにみんなを並べて、 父がセルフタイマーで記念写真を撮った。 そして一人ずつがお正月の挨拶をして、お屠蘇をいただいて、おせちやお雑煮をいただいた。 やがて、ゴトリと年賀状がポストに落ちる音がするのだった。
私たち姉妹は年賀状を家族それぞれに分けたり、ゲームをしたりした。 そのうちに、両親はお年始回りに出かけた。 ふだんは使っていない火鉢に炭を熾して、祖母と一緒にお餅を焼いた。 砂糖醤油やきなこをまぶして私たちはびっくりするほどたくさんお餅を食べた。
今日は昨日の続きで、同じような一日のはずなのに、いつもとは全然違うのだった。 ほこりっぽいような使い古したような昨日から一晩明けただけで、 世界は洗われたようにまっさらで清潔になっていた。 これがお正月なのだ、と思うと嬉しかった。 昼が来ても、夜になっても、特別なお正月の匂いがした。
あれから何十年。 年毎にあらたまったお正月の匂いは薄れていったけれど 今日も確かにそれを感じた。 グラスに注いだお屠蘇で夫と乾杯し、新年の挨拶をした。 お餅を焼き、お雑煮をよそいつけた。 そして、苦労して重箱に詰めたばかりのおせち料理をふたりでつついた。 朝からお酒を飲んで、おなかいっぱいになって、すぐに眠くなった。 たまに時計を見て、昨日の同じ時間のことを思い、 たった1日でこれだけ違うことをおもしろく不思議に思った。 とろりとしたお正月時間が流れていた。
祖父母や私がいなくなっても、実家では同じようなお正月の空気が流れているのだろうか。 挨拶を交わして、ひとりひとりお屠蘇をつぎあっているのだろうか。 小さな甥は新鮮で不思議なお正月の匂いを感じているのだろうか。 感じていたらいいと思う。
お正月は、小さいころのことをやたらと思い出す。
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