振り返る3
2019年3月。
生前、妹は何もいらないと言った。
墓にも入りたくない。
戒名も遺灰も遺骨もいらない。
通夜も葬儀もいらない。
彼女の遺言を守るために、父は直葬を選んだ。

両親、私、息子が葬儀会館に向かった。
たった4人だけでお見送りをするのは初めてだった。
妹は棺の中にいた。
祭壇もいらないと言ったはずだったが、祭壇に花が飾られていた。
会館の人がお別れの時間は30分です、終わると斎場に運びますと
言った。

私は妹を見たくなかった。
昔、同級生が首吊り自殺した。
お通夜に行き、棺の中の彼女の顔は苦痛に歪んでいた。
妹は飛び降りた。
だから余計に見たくなかった。

促されイヤイヤ棺に近づくと、中に知らない女性がいた。
30年ぶりに見た顔は、知らない人の顔だった。
だけど妹は綺麗だった。
ほんの少し、ぶつけた頬が赤くなっているだけで
生前同様に美貌は損なわれていなかった。

あっという間に30分が経った。
混乱したままの父は、みんなで写真を撮ると言ってきかなかった。
頭がおかしいと思った。
どうしても撮ると言ってきかない。
会館の人にスマホを渡し、どんな表情をすればいいのか。
撮ってもらった写真を見て安心した。
棺は写っていなかった。
ゾッとした瞬間だった。












2021年06月04日(金)

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