チフネの日記
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「不二先輩、おはようございます!」 挨拶と同時に、ぴたっと体を密着される。 「……おはよう、越前。ところでこの手は何かな?」 腰にしがみ付く手を見下ろすと、越前はあっけらかんと答えた。 「スミマセン、俺アメリカ育ちなんでついついスキンシップの一環として手が出ちゃうんです」 「今まで一度もそんな素振りなかったような」 「これまでは遠慮してたんすよ、遠慮。でも日本での暮らしが慣れて来たんで、気が緩んで出てきちゃったのかも」 言い訳にもならない言葉に、僕は苦笑した。 そんなの誰が信じるというのだろう。
「おチビちゃーん、おはよう!あれ、また不二にくっ付いてんの」 「いいでしょ、別に。つうか、不二先輩との時間を邪魔しないで下さい」 フーッと子猫が威嚇するような態度を取る越前。 それ位じゃ英二を追い払うことは出来ない。むしろ逆だろう。 「邪魔なんてしてないよー!それより俺も混ぜて欲しいにゃ」 「それが邪魔っていうのに!」 片手で追い払おうとする越前の体に、英二が無理やり圧し掛かってくる。 当然、僕に掛かる負担が大きくなる訳で。 「二人共、いい加減にしなよ?」 「わあ!?」 「にゃっ」 すっと体を引くと、越前と英二が仲良く床に沈む。 「早く着替えないと、手塚にグラウンド10周って言われるからね。 僕は先に行くから、二人で仲良く走ったら」 「ちょ、ちょっと待ってよ、不二先輩!俺も一緒に行くから、待って!」 「不二〜、友達と可愛い後輩見捨てる気かよ!」 騒ぐ二人に笑顔で応える。 「間に合うといいね。じゃ」 部室のドアを閉めて、グラウンドへと向かう。
(今朝も騒がしかった…) 少し離れた所で、ようやく一息つく。 ここの所、毎日がこの調子だ。身が持たない、とふと遠い目をする。
全ての始まりは越前が僕に好きと告白した時からだった。 あの雨の日、試合をして以来、彼の様子がおかしくなった。 じっと僕の方を見てたかと思うと逸らされたり、近づくと逃げ出したり。 嫌われちゃったのかなと考えていたら、突然。 「俺、不二先輩のことが好きです!」 色気も何も無い言い方で告白された。しかも部活の真っ最中のコートの中で、だ。 「何かすごく気になって、その正体を考えてやっとわかった。 先輩のことが好きなんだって」 「越前、落ち着いて」 「付き合って下さい」 まっすぐな気持ちをぶつけて来た越前にはびっくりさせられたけど、 僕は冷静に口を開いた。 「それはわかったから、でも今は部活の時間だよ。そういう話は後にしない?」 「でも、すぐに言いたかったから」 にこにこして言う越前の背後に、影が差した。 「越前、グラウンド20周!コートの中で私語は許さん!」 「えーっ、部長…いつの間に聞いてたんすか」 「いつの間に、じゃない。あんなでかい声で喋っておいて」 「だって恋の為なんです。どんな場所にいても関係ないって、わかんないかなあ」 「お前な…」 頭を抱えた後、手塚は「グラウンド30周!」と叫んだ。
この日から、越前の好き好き騒動は続いている。
「先輩、見付けた!」 急いで着替えを終えたのだろう、ボタンも嵌めていない状態で越前が走って来た。 「ちゃんと間に合ったよ、偉い?」 「あのねえ、越前」 小さい子供に言い聞かせるように、僕は言った。 「そもそも来てすぐ着替えたら、余裕だったんだよ。わかる? いつもぎりぎりなんだから、僕にくっ付いたりするのはもう止めたら?」 越前は一瞬目を見開いて、そして首を横にフッタ。 「ヤダ。先輩にくっ付かないと、一日が始まらない」 「大袈裟だなあ」 「真面目に言っているのに」 ぷう、と頬を膨らませる。どこら辺が真面目なのか、よくわからない。 「それにしても毎日毎日よく飽きないね」 「俺が先輩に飽きることは無いよ」 根拠も無いことを、自信たっぷりに言う。 僕にだけは素直、かと思えばやっぱり生意気な態度は健在だ。 急に、崩してみたくなる。
「じゃあ、僕が迷惑しているとか、そういうのは考えたことは無いの?」 「え…?」 越前の大きな目が、たった一言で悲しそうに歪む。 「迷惑っすか」 「あ、えっと」 しまった、言い過ぎたか。 でもどうやって返したら良いかわからない。 もたついている間に、越前は手で目の端を拭って顔を上げる。 「でも例えそうだとしても、諦めるつもりは無いから!」 「越前」 「覚悟しておいてね、不二先輩」 言い切ったその表情は生意気さと切ない覚悟が入り混じったもので、 否応なしに心がぐらりと揺れてしまう。 そう、僕は越前のことを…。 「お前達、集合時間も過ぎているのに、何をしている!」 「あ、手塚」 「部長ー」 響いた低い声に、やばいと僕は察知した。 喋っている間に、集合時間が過ぎてしまったようだ。
「特に、越前」 眉間に皺を寄せて、手塚が少し大きい声を出す。 「毎回毎回何度同じことを注意させるつもりだ! 全く、お前という奴は何を考えている」 「だって恋の為だからしょうがないじゃん」 あ、まずい。 もう少しましな言い方をすればいいのに、手塚は肩を震わせて「グラウンド30周だ」と宣言する。 「え、僕も?」 「連帯責任だ。走ってこい」 手塚の言葉に、越前はパッと顔を輝かせる。 そして「行こう、先輩」と腕を引っ張ってきた。
「折角部長が気を利かせてくれたんだから、二人きりで走ろう。 途中、あの木の陰で休んだりして、まったり過ごすとか」 「あのね、越前」 「真面目に走らないと、一人で走らせるぞ。越前」 「ちぇっ、わかりました」 手塚が釘を刺してくれたおかげで、越前はよからぬことを考えるのを止めた。 それでも結局。 「走るのか…」 頬を引きつらせる。 その原因となった越前は、僕に笑顔を向けてくる。 「今日はついてる。朝から先輩と走れるんだから」 「ああ、そう…」 「先輩は楽しくない?」
生意気な顔を見せてたかと思えば、またしおらしい態度。 どこまで本気なんだか。 ただの子供の思い込みで、恋だと突っ走っている気がしないでもないけど、 そんな越前に少しずつ惹かれてる。 それもまた事実だったりする。
でも、今は。 「さあね」 余裕の顔ではぐらかす。 まだ教えてあげないよ。 「先輩っていっつもそうだよね。でもいつか絶対メロメロにさせてやるんだから」 「そう、頑張って」 「う〜〜」 不満げに唸る越前に、そっと微笑む。
軽く言えるような好きじゃなく、もっと揺ぎ無い心に育つまで待っているんだから。 早く大人になって、と控えめにシャツを掴む越前に心の中で祈る。 そうしたら、僕から改めて告白するから。
生意気だけど素直な君に、もうメロメロなんだって。
終わり
チフネ

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