チフネの日記
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| 2008年05月29日(木) |
明日の見つけ方(千リョ) リョーマside 前編 |
受けた取材はとてもつまらないものだった。 5年前に青学を優勝に導いたのは、俺一人じゃない。他の先輩達が揃ってからこそなのに、 まるでわかってないな、と目の前の女性記者を前にして欠伸を噛み殺していた。 プロになるって、こういうつまらない事にも関わらなきゃいけないから、それが時々とても辛く感じる。 テニスだけやっていれば、いい。そんな甘いものとは思っていなかったけれど、ここまで馬鹿馬鹿しい質問をされると、いっそ笑いたくなる。
「それで、中等部の頃の一番の思い出は何?やっぱり付き合っていた子とか、いたのかしら」 「……」 中等部時代の俺の活躍を聞きたかったんじゃないのかよ。 どうにかして恋愛話にもってこうとするその人に、(くだらない)と内心で毒つく。 昔はこういうこともハッキリ口にしてたものだけど、最近は周囲に止められているから言わない。ストレスが溜まる一方だ。 でも自分の言葉の重みの意味も少しはわかっているから、忠告通りに大人しくしてる振りをする。
「そんな話無かったっすよ」 「本当にー?だって越前君モテたでしょ、絶対」 「あの頃は部活に追われて、それ所じゃなかったんで。東京、神奈川の往復ランニングとか普通にやってたから」 「嘘」 「本当っすよ。なんなら、あそこにいる先輩達に聞いてくれても構わない」
遠巻きにこっちを伺っている懐かしい先輩達が立っている方を振り返る。 取材が終わってから来てくれって言ったのに、随分早くに姿を現した。 こういう場面、恥ずかしいから俺はあまり見られたくない。 先輩達はわかっていて、集まっているに違いない。ったく、性格は変わっていないようだ。
「確認はそっちでお願いします。そろそろ時間っすよね。 もう行っていいっすか?」 「あ、ちょっと待って越前君!」 引き止められて仕方なく振り向く。これも仕事の内と、胸の内で呟きながら。 「何すか」 「最後にもう一つ。 中学時代から今もずっとテニスを続けているけれど、途中で苦しくなって投げ出そうと思ったことはある? こんなに長く同じことをやっていられない、とか思わなかったのかしら?」 「まさか」 即答する。 それこそ愚問だ。
テニスを続けて、上を目指し続ける。どんなに困難でも、苦しくても。 あの日、約束をしてから逃げ出そうなんて考えたことは一度も無い。
「ラケットが握ることが出来なくなるまで、続けますよ。 目標は生涯現役、かな」 「はあ〜、すごいわねえ」 ため息をつく記者の横を通り抜けて、俺は先輩達の所へと走った。
「もう終わったのかい?」 「多分」 「いい加減だなあ」 これは不二先輩。変わらず何を考えているんだか、わからない笑顔を浮かべている。 「おチビー!久しぶりっ、元気だった?」 「もうおチビじゃないんでって、抱きつかないで下さい!」 「そんなに嫌がらなくてもいいのにー」 菊丸先輩の抱き癖も健在。 「雑誌に掲載されてた身長と、1.3cm程誤差があるな。誤植か? 「身長なんて載せた取材受けた覚えないんだけど」 「相変らずだな、越前」 「乾先輩も、変わって無いっすね」 データを綴ったノートも。今日持ってくる必要があるのだろうか…。 「すっかり有名人だなあ、お前。後でサインしてくれよ。会うって喋ったら、妹のやつがうるさくって」 「いいけど。キリが無いんで一回だけっすよ」 「おお、サンキュ」 桃先輩。良いお兄ちゃんぷりも変わらず。 「…元気そうだな」 「ども」 怒っている訳では無いらしい。無口な挨拶に笑うと、海堂先輩にぎろっと睨まれる。 「タカさんはお店があるから、やっぱりこの時間は無理だって。 後で合流しような」 「っす」 「ちなみに貸切にしたから、気兼ねしないで来てくれって」 「いいんすか」 「久しぶりに皆が集まったんだ。タカさんのご好意に甘えよう」 「そう、っすね」 大石先輩の言葉に、こくんと頷く。 「こうなると手塚が来られないのが残念だなあ」 「本当にー、なんとか出来なかったのかな」 「手塚も海外だから、そうそうは来れないんじゃない?」 「でも年に一度位は帰国するじゃん」 「家族がこっちにいるからな。越前と立場が違うだろう」 「でも、もうちょっと連絡をマメにしろよな、越前。5年も顔出さずにいやがって、忘れられたのかと思ったんだぞ」 桃城先輩に額を拳でぐりぐりと小突かれて、俺は「痛っ、悪かったってば」と声を上げた。 「忙しかったんだから、本当に。忘れた訳じゃないっすよ」 「当たり前だー!ま、お前の活躍はわかっているから、これ以上は言わねえけどな」 その言葉に、皆が笑みを浮かべる。
5年前、アメリカに行く前に送り出してくれた時と変わらない笑顔だ。 青学を出ると知った時も、先輩達は誰一人反対することなく、見送ってくれた。 その思いは今も忘れてなんかいない。 無茶ばかりしてた俺を見守ってくれた、大事な人達。
この5年、皆と会いたいと思ったことだってある。 でも…、それよりも。 もし偶然にもあの人と会っちゃったらどうしようとか、 まだ約束したことの欠片も果たしていないのに、日本に来てもいいのだろうかとか。 そんな事を考えて伸ばし伸ばしにして、5年も経過していた。 今回の仕事のついでとかじゃなかったら、皆と会えたのももっと先だったかもしれない。
「折角早く来てもらって悪いけど、実は俺、おばさんに頼まれて」 「後輩の指導だろう?聞いている」 「えっ?」 目を見開くと、大石先輩が説明してくれた。 「青学での取材をOKする代わりに、越前に今の部員達の指導をお願いしたんだって竜崎先生から聞いたよ。 越前だけじゃ大変だろうから、俺達にも手伝って欲しいってさ」 「今年は優勝狙えるかもしれないって!後輩達の為にも、頑張ろうにゃ」 「はあ」
菊丸先輩に引っ張られる形で、部室前へと向う。
おばさんの出した承諾の条件として、俺が今の青学の部員達に指導(って本格的なものを期待している訳じゃないとは言われた)すること。 普通、取材を申し込んで来た人達に条件出すもんじゃないの? なんで俺が、って気持ちにも少しなったけど、おばさんがあんまり熱心に頼むから、結局断れなかった。
「うわぁ、いたいた」 「ふふ、あの頃の僕等みたいだね」 部室の前では緊張した顔をした部員達がずらっと横に並んでいた。
「こんにちは!」 「先輩達、こんにちは!」 頭を下げる後輩達。 うわあ、俺こんな挨拶一度だってしたこと無いのに。 なんか荒井先輩が挨拶の仕方覚えろと大声上げてたのを思い出す。 今、この光景を見たら感動の涙を流すんじゃない?
一歩、部長らしき子が前に進み出る。 「今日はありがとうございます。あの、光栄です。 青学の全国優勝を成し遂げた先輩達が来てくれるなんて!」 「いえいえ、とんでも無い」 「英二、茶化したりする場面じゃないだろう」 大石先輩に肘を叩かれて、英二先輩は黙った。
「でも時間も無いし、期待しているような指導は出来ないかもしれないよ?」 俺がそう言うと、現部長の子は頷いた。 「そんなっ、越前先輩が練習を見てくれるだけでいいですから!」 「でもそれじゃ竜崎先生の頼みと違うよねえ」 不二先輩が言う。 この人が何か言い出すと、あまりろくなことにならない。 そう思った瞬間、とんでも無いことを言い出す。
「この中で越前と打ってみたい子、いる?」 「なっ、不二先輩っ!」 「そう思っている子は手を挙げて」
不二先輩の言葉に、反射的に現部長が手を挙げる。それに反応して他の子達も、ってほぼ全員が挙げてしまった。
「うーん、1人1ゲームは無理かなあ。じゃあ、5球勝負にしようか」 「ちょっと、本当に全部俺が相手するんすか?」 「うん」 にこっと不二先輩が笑う。この笑顔で全部物事を上手く渡って来たんだよな、ちくしょう。今更思い出してもどうにもならないけど。
「越前が5球勝負している間、乾と大石とで今のメニューの徹底見直し。 桃と海堂でゲームを待っている間の子のフォームを見てやって。 僕と英二は越前のゲームを観て、終わったら具体的なアドバイスをする。これでどう?」 「いいんじゃないかな。短時間で出来ることとしては、効率的だ」 乾先輩が頷く。その声に、皆も「それでいいか」な雰囲気になってしまう。
「越前、撮影用にラケット持って来ていたよね。ちょうど良かったじゃない」 「……」
不二先輩の声に、ため息をつく。
撮影中でも辛かったのに、またあのコートに入らなきゃ行けないと思うと少し憂鬱だ。 だって否応でも思い出す。
5年前。 あのコートで一人残って、俺はよく自主練習をしていた。 彼が声を掛けてくるまで、ラケットを振っていて。 早く来ないかなあ、と待っていたんだ。
『リョーマ君!まだ練習しているの?早く帰ろうよー!』
その声に安心して、やっと動かしていた手を止めたんだった。
千石清純。 俺の初恋の人で、今も忘れられない人。
チフネ

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