チフネの日記
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眠る前も、起きた後も好きな子と一緒にいられる。 そんな幸せな誕生日を迎えた千石は、未だに眠っているリョーマを抱きしめて微笑んだ。
去年の誕生日は、お世辞にも良い過ごし方をしたとはいえなかった。 付き合い始めて間もない時期とはいえ、あの頃はお互いに余裕も無く、自己主張や不安等でよく揉めた。 よくもったよね、と昨夜リョーマは笑いながら話していたが、千石にとっては笑い事じゃない。今度こそ駄目なんじゃないかと思うことも多々あった。 ほとんどは自分の女好きが原因なのだけれど。 誓って言うが、リョーマと付き合い始めてから浮気は一回もしていない。 ただ基本的に女の子に対しては愛想良くしてしまうのと、邪険に出来ないのと。 その二つの所為で何度もリョーマに誤解されて、喧嘩も繰り返した。 今日、リョーマがここにいる事が自分にとってのラッキーなんだと千石は思う。
「清純、いつまで寝ているのー?」 母からの声に、千石はリョーマを起こさないようにベッドから降りた。 今日は黙って寝かせておいてって、頼んだのに…。 たしかにもう11時も過ぎているから、起きろって文句言いたくなるのもわかるが。 千石は部屋から出て少し抑えた声で返事をする。 「起きてるよ。でもまだご飯はいらないから」 「そうじゃなくてあんたにお客さんが来ているのよ。外で待っているから、着替えて出なさい」 「え、誰?」 一瞬で去年の悪夢を思い出す。 千石の母親は淡々と「中等部の後輩ですって」と答えた。 「なんで、追い返さなかったんだよ。本当かどうかなんてわからないじゃん」 「知らないわよ。でも山吹の制服は着ているからね。ほら、さっさと確認してきなさい」 「………」 母に文句を言っても無駄か、と千石は項垂れる。 手早く顔を洗って普段着に着替えて、玄関を開けた。 こうなったらさっさと引き払ってもらうしか無い。リョーマの目が覚める前に、と覚悟を決める。
「千石先輩っ!」 千石が顔を出すと同時に、外で待っていたらしい女の子が声を上げる。 たしかにどこかで見た覚えがある。地味だけど、顔はまあまあ可愛らしい感じだ。 脳内にある今まで出会った女の子の記憶と、片っ端から照らし合わせる。 しかし残念ながら名前までは出てきそうにない。 「えーっと、君は」 誰だっけ?とずばり言うのも躊躇われる。山吹の制服を着ているから、後輩には間違いない。 告白はされていないけど、テニス部の練習時に見掛けた…気がする。何人か見学してた中の一人かもしれない。 千石の対応に女の子は気を悪くした風でも無く、やっぱりと笑って名前を告げた。 うっすらと覚えがあるような、無いような。 女子テニス部の友人に連れられて、一緒に全国出場のお祝いの時の集まりに参加したのが千石を知った切っ掛けだと言われ、そうだったかも…と首を傾げる。 あの頃はもう、リョーマと知り合っていた。彼を振り向かせることで頭がいっぱいだったから、女の子達と知り合う機会があっても結構上の空だったから、仕方ない。 しかしこの子は今頃になって、何故家にまで来たのだろう。卒業式とか、焦ったように告白して来た子達もいたが、こんなテンポが遅れてるのは、どうしてだ。 千石がじっと見詰めると、 「あの、突然家に来たりしてごめんなさい」と謝罪した。 「いや、ちょっとびっくりはした。よくここがわかったね」 「はい。この近所に友達が住んでいるので教えてもらったんです。その…、もういい加減はっきりさせなさいって怒られたりもしたんで。望みが無いとわかっても、やっぱり気持ちだけは知って欲しいから」 もごもごと言いながら、彼女は「これ、受け取って下さい」と可愛らしい袋を差し出す。 それを見て千石は一瞬顔を引き攣らせる。 去年の悪夢を思い出した所為だ。 こんな風にプレゼントを受け取って…、そしてリョーマと険悪になった。
「悪いけど、俺…」
受け取るのを断ろうとした所で、千石は気付いた。 必死でこちらを見ている女の子の視線。こんな時期になるまで告白できなくて、引き摺って側にいる友人に押されてここにやって来たのだろう。 最初から諦めて、ただ想いを知ってもらう為だけ。 千石としては家にまで来て迷惑だ、いらないと言う選択もある。 でも、女の子の気持ちを無下に出来ない。 この性格は変わらない。 下心は無いとはいえ、冷たくあしらったり出来ないのは千石の性分だ。 リョーマの起きる前に、隠してしまおう。 そう思って、意を決して紙袋を受け取る。
「受け取ることしか出来ないけど、それでもいい?」 「はい!」 女の子は嬉しそうに笑った。これだけで気が済んだようだ。 「ありがとうございます、本当に…」 少し涙目になってぺこっと頭を下げてから、その場を去って行く。 彼女にしたらここまで来るだけで、勇気を振り絞った方だろう。 だから、受け取るだけなら罪にはならないはず。 それでもリョーマに見られたら、ケンカの種にはなりそうだ。大急ぎで千石は家へと入った。
「おかえり、清純」
だが、リョーマはもう起きていた。 さっきまでは確かに熟睡していたが、今はもう着替えてリビングで遅い朝食を食べている。 「リョーマ君、おかわりはもういいの?」 「はい、ありがとうございます」 リョーマの返事に、千石の母親はニコニコと頷いている。 可愛らしいリョーマは、すっかり母のお気に入りだ。 実の息子よりも愛想が良い。 「清純、あんたも早く食べちゃいなさい。ほら、座って」 「はあ」 この言い方。母の言葉に呆然とするものの、一瞬で我に返る。
(そうだ、プレゼント。隠さなきゃ!)
しかし、もう遅い。 「それ、何?」 カタン、と箸を置いたリョーマが、千石の持っている紙袋に視線を送る。 「あ、これは…」 早く言い訳をしなくちゃいけない。 千石の頭の中で、あれこれ考える中「ご馳走様」とリョーマは席を立った。 「あら、食後にりんごでも剝こうと思っているから、ちょっと待ってくれる?」 「いえ、本当にお腹いっぱいなんで。少し休みます」 「そう?じゃあ食べたくなったら言ってね」 「はい」 すたすたとリョーマは歩いて部屋に戻ろうとしている。 「リョーマ君!」 「清純、ご飯は?」 「後、後っ!」 母の言葉を無視して、千石はリョーマを追い掛けた。 部屋に入り、ドアを閉めた所で床に正座して頭を下げる。
「ごめん、リョーマ君!」 「………」 「これをくれた子は顔も覚えていない、知り合いでも無い。本当だよ。 でもわざわざ来てくれたから、受け取っただけなんだ!それは信じて欲しい」 震える声で、千石は謝罪した。
去年の悪夢。 リョーマが山吹中にわざわざ迎えに来てくれた。 なのに千石は同級生の女の子達囲まれて、プレゼントを貰っている間に約束の時間を忘れてた。 一緒にその子達と校門まで歩いて行ったのもまずかった。 中には本気だった子もいた。「私と付き合ってよ」と告白まがいなことも聞かされて、千石は嫌がる素振りも見せずにへらへらと笑った。 それらを目撃したリョーマが怒り出したのは当然のことで。 用意してきたプレゼントを投げつけられて、「じゃあね」その一言でリョーマは走って千石の前から消えようとした。 なんとか追い付いたのは、奇跡だった。そうでなかったら、誕生日に振られていたかもしれない。 『俺と一緒にいるよりも、あの人達との方がいいんだろ。清純の顔、それ位嬉しそうだった。 迷惑そうになんて、俺には全く見えなかった!』 リョーマが怒ったのは、千石が女の子に囲まれても拒絶しないでへらへら笑っていたことだ。 それ以降、千石は女の子達に寄って来られても必要以上に愛想を振りまくのを止めようと努力した。 それでも女好きな性格はすぐに抜けなくて、何度もリョーマとケンカをする羽目になった。 今でこそ、落ち着いてはいるけど。
それなのに、またしても失敗した。 リョーマが寝ている間に抜け出してプレゼントを受け取った。 これを裏切りと受け取るだろうか。 千石は緊張して、リョーマの言葉を待つ。
「別に、怒っていないんだけど」 「え?」 のろのろと顔を上げると、困惑しているリョーマの顔が見えた。 「本当に?怒ってないの!?」 「……うん」 「でもっ、去年は!」 あんなに怒っていたじゃないか。 千石の言わんとしていることがわかったらしく、リョーマは「そうだね」と呟く。 「去年は、清純が嬉しそうに女子に囲まれて鼻伸ばしてたのは確かに腹立ったよ」 「…あ、うん」 その件に関しては言い訳も出来ないから、頷くしかない。
「でも、わかったんだ」 「何が?」 不意に笑ったリョーマに、千石は目を瞬かせた。 どこか嬉しそうな笑みは何を思っているのだろう。 「リョーマ君、何がわかったの?」 再度尋ねると、リョーマは千石の目を真っ直ぐ見て告げる。
「去年の俺達はまだ付き合い始めたばかりで、多分清純の好きだって言葉もあんまり信じて無かったかもしれない」 「ええ!?俺何回も好きだって言ったよね?なのに信じてなかったんだ!?」 ショックを受ける千石を前に、リョーマはけろりと「だって清純は誰にでも好きって言いそうじゃん」と言う。 「誕生日に俺が迎えに行くって言っても、忘れてる位だから。 やっぱり本気じゃなかったんだって、あの時はそう思った」 「い、今は違うよね?」 確認するように、千石はリョーマに問い掛ける。 そうでなきゃ、辛過ぎる。今までの気持ちも信じてもらえなかったら、立ち直れない。
顔を引き攣らせる千石に、リョーマはゆっくり近付いてしゃがんでいる体を抱きしめた。
「うん、わかってる。だから、そんな風に誰かからプレゼントを受け取ったとしても、平気。 誰が告白してきたって清純が好きなのは、俺だってわかったからね」 「リョーマ君!」 ぎゅっと抱きつくと、「清純の甘えんぼな所は変わってないね」と笑われる。
それは変わらないよ。 甘えたり怒ったりケンカして、最後には笑い合う。 そういう素の表情を全部見せるのはリョーマしかいない。この気持ちと同じで変わらない。
「じゃ、誕生日が終わるまでゆっくり甘えさせてあげようか?」
眩しい位の笑みを浮かべるリョーマの提案に、「うん」と千石は小さく呟いた。
今年の誕生日、君がここにいることに感謝する。
チフネ

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