チフネの日記
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| 2007年10月01日(月) |
こんな始まり 塚リョ |
図書委員って楽そうに思えたけど、失敗だった。 当番の日は部活に遅れてしまう。 今更ながら別の委員に変えられないかなと思いながら、部室へと急いだ。
中に入ると、同じように何かの用事で遅れたのか二年の先輩達が着替えているのが目に入った。 「ちーっす」 適当に挨拶して、すぐ着替えをする為に荷物を指定の場所へ置く。 向こうからの返事は無し。どうでもいいことだから、別に気にもしない。 早く用意をして、コートに出たいという気持ちしか無いからだ。 しかし、そんな態度がこの人達は気に入らなかったらしい。 早速、聞こえるような陰口を始める。
「今の挨拶なんだよ。レギュラーじゃない先輩にはおざなりな対応しか出来ないってか」 「大体、一年が俺らより大きな顔してコート使っているのってどうなんだって感じだな」 「3年の先輩達にひいきされてるから、いい気になってるんだろ」
……言い返す気にもなれない。 人目が無いところでしか言えないのかよ。 レギュラーのいる前だろうが構わず正面から生意気だって因縁つけてくる荒井の方がマシだ。 こういう人達といると気分が悪くなる。 さっさと行こ。 そう思ってラケットを持って部室を出て行こうとすると、前を塞がれてしまう。
「何すか」 「お前さ。俺らの話聞いてんの?その態度を改めろって、言ってんだよ」 「へえ。そんな言葉は聞こえませんでしたけど」 平静な口調で言ったつもりだけれど、奴らの顔はみるみると歪んでいく。 馬鹿にされたと勘違いしたみたいだ。 「おい。謝罪すれば、今なら許してやるぞ」 殊更偉そうに言われても、勿論謝る気なんか無い。
大体、何が悪いっていうんだ。 無視して部室に入った訳じゃない。適当だけど挨拶はした。 陰口に対して、こっちから「何が言いたいんすか」とケンカを売った訳じゃない。 だったら、なんで。
……理由はわかってるけど。 俺がいるだけで、気に入らないんだよね。もう。 生意気な一年がレギュラーになっちゃって、ここにいるだけで許せないんだ。 どこにでもいるよね、こういう人って。
無意識にそんな目を向けると、刺激してしまったらしい。
「なんだよ、その目は」 「お前、生意気なんだよ。先輩に対してそれなりの態度ってもんがあるだろうが」 「謝れよ、早く!」
ぐるっと囲まれてしまった。 どうしよう。ケンカはまずいから、逃亡って出来るかな……と考えていたら。 勢いよく部室のドアが開いた。
「揉め事か?」
入って来た人物に、二年の先輩達は打って変わって怯えた表情を浮かべる。 「部長!」 こんな時間に、なんでここにいるんだろう。忘れ物でもしたのかな、と呑気にも思った。 険しい顔をした部長は俺と先輩達を見比べて腕を組んだ。 「あの、これは」 「違うんです。ただこいつが挨拶もしないから」 必死で言い訳をしようとする連中を鋭い目で睨んで制する。 「遅れると言った用事とは、このことか?」 「いえ、違います……」 みるみる小さくなっていく人達に、いい気味だとは思わなかった。 だって怒るほどの価値なんて無い。 むしろ部長の態度の方が問題だ。 放っておくとこの人達に何をするかわからない殺気を放っている。
「部長。何か勘違いしてるんじゃないの」 「越前?」 意外そうにこちらに顔を向けた部長に、適当な嘘を並べる。 「ちょっと話をしてただけ。部長が怒るようなことは何もないっすよ」 別に庇ってやろうとしてるんじゃない。 ただ面倒を避けたかっただけだ。 これで部長がこの人達を叱ったら、後に怒りの矛先がどこへ向くかなんて誰にだってわかる。 事は大きくしない方がいい。 時々絡まれるくらいなら、俺も平気なんだし。
「本当か?」 半信半疑で尋ねる部長に、無言で頷く。 それ以上は叱ることが出来ないと判断したのか、部長は静かに息を吐いた。 「しかし無駄な話をしていたのは事実だ。越前以外、グラウンド50周してこい。いいな」 「は、はい!」 グラウンドを走るくらいで済むならと、先輩達は我先にと部室から逃げ出して行く。 後には眉間に皺を寄せたままの部長と、俺が残される。
下手にさっきの話を長引かせたくなかったから、 「じゃ、俺ははコートに」と足を踏み出そうとするけど、「待て」とストップを掛けられた。 やっぱりこのまま解散……とはいかないようだ。
再び部室に戻されて、今度は部長と向き合う形になる。 「珍しいっすよね。こんな時間に部室に来るなんて。何か忘れ物っすか」 「いや。これから生徒会の方に戻るんだ」 「へえ。忙しいっすね」 「ああ。しかしおかげで未然に防ぐことが出来た」
俺としては部長にさっさと着替えてもらって、生徒会に行って欲しかった。 だって話すことは何も無い。 説明を求められても、言うつもりも無い。 今言うなんて、余計悪くなるだけだ。告げ口したと、連中を刺激するだけ。 とにかく係わないように、避けていく。 ああいう連中に対して、今まで俺が学んだことの一つの対処法だ。
しかしこの堅物は、そういういい加減なやり方でやり過ごそうと考えないらしい。
「越前」 部長が俺の方を見る。 さっきまでの鋭い目線と違う。 ホッとしたような呆れたような感じだ。 詰問される訳じゃないとわかって、俺も少し安心する。 怖い顔して迫られたら、やっぱり口を割っちゃいそうで怖かったから。
「正直にいって欲しい。お前はよくあんな風に絡まれたりすることあるのか」 「あんな風って?」 わからない振りをして聞き返す。 すると部長は困ったように口篭ってしまう。 慎重に言葉を選んでいるんだろうか。 同じテニス部員の中に意地悪する奴がいるとは部長も言い辛いよね。 だから俺は「別に平気。部長が気にすることじゃない」と言ってやった。 部長の責任がある訳じゃないんだから、そんな深刻にされるとこっちが困る。
「気にするなと言われても、そうはいかないだろう」 「大丈夫。あんな風に言われるのには慣れてる。 それにここでの扱いなんて、あっちに比べたらまだまだっすよ」 「……越前、お前」 明るく言ったつもりだったのに、部長はさっきよりも深刻な顔をして俺の肩をガッと掴んだ。
「以前いた場所でも嫌なことを言われたのか?今以上に?」 「部長、痛いっす……」 掴まれた箇所の痛みを訴えると、「すまない」と謝った後に掴んでた手が離れた。 しかし追求を止めた訳じゃなかった。 「それで、本当なのか?」 もう一度聞かれて、俺は頷いた。
「どこでもあの手の嫌味はあるっすよ。向こうはもっと露骨だったから、今が優しく思える位なんで。 だから本当に部長が心配する程、俺は堪えていないって」 「けど、……傷付かないはずが無いだろう」 「え?」
不意に頭に何か乗せられた。と、思ったらそれがゆっくりと動く。
部長の手だ。 いつもラケットを持っている、コートの中では力強いその手が。 優しいと思えるような動きで俺の頭を撫でる。 不思議な気分だった。呆然とされるがまま、動けない。 いつも厳格な部長が撫でている手と同じ位優しい目で、俺のことを見ている。 こんな顔出来るんだな、とぼんやり考えてしまう。 もっとその顔が見たくてじっと眺めているとばっちり視線が合った。
「す、すまないっ」 我に返って慌てた部長が、手を引っ込めてしまう。 それが何故か寂しく思えて、変だなと俺は首を傾げた。 些細なその動きに部長が反応して、「今のは少し軽率だった」とまた謝ってくる。
「ええっと、気にしてないっす。 部長は俺のこと元気付けようとしてくれたんだよね?だから、むしろ……嬉しかったかも」 「そうか」 ほっとしたように部長が笑う。 今日は色々な表情を見る日だ。 でも嫌なものじゃない。 眉間に皺を寄せてばっかりの固い顔よりも、こっちの方がずっと良いって思える。
「越前。もう一度言っておくが先程のようなことがあったら、すぐに相談してくれ。 小さいことだからと放っておくのはよくない。わかったか」 「気にしていないのに。大袈裟っすよ」 「越前……」 なんでそんな顔するのか、わからない。 俺が平気だって言ってるのに、部長の方が傷付いてる気がする。
「嫌われるのには慣れてるから。そういう人に好かれたいとも思わないし」 「越前」 困ったように部長が肩を落とす。
「別にそう嫌われてはいないだろう。お前を好いているやつはいっぱいいる」 「そうっすかね」 「ああ。例えばうちのレギュラー達とか。竜崎先生だって、お前と一緒によくいる一年達もだろう。 皆が皆、嫌っている訳じゃない。それはわかってくれ」 「ふーん……」 間延びしたように答えたのが悪かったのか、部長の表情がまた硬くなる。 ちゃんと聞いているって。 ただそういうものなのかなって、思っただけなんだってば。 どうしよう。 何か言った方がいいかなと迷っていると、 「俺だって」 と部長が戸惑いがちに口を開く。
「え?」 「俺も、お前のことが好きだぞ。本当に」 「はあ」 思い詰めた顔で言われて、軽く頷く。 あ、こういう態度だとまた部長の眉間に皺を増やしてしまう。 だから慌てて「ありがとうございます」と言った。
「あんまりそういう励まし方に慣れてないんで、気の利くこと言えないんだけど。 部長が俺のこと心配してくれてるのは良くわかったっす」 「そうか……」 「でも、なんか告白みたいっすね」
冗談のつもりだった。ちょっと深刻な空気を軽く吹き飛ばす感じで。 そこで笑って、終わるはずだったのに。 「……」 「部長?」 顔を真っ赤にした部長を前にして、絶句してしまう。
「えっと、もしかして今の」 本気だったのかよ!と言うのは流石に憚られた。 だって部長の目が、表情が全てを物語っている。 俺を好きなんだって、言ってる。 励ましとかじゃない。 もっと深い感情だって、さすがに気付いちゃうよ。
「越前」 部長が何か言う前に、俺はドアへと勢い良く後ろへ下がった。
「お、俺もうコートに出ないと。部長も生徒会行くんでしょ。じゃ!」 走って、外へと飛び出した。
逃げ出してどうするんだろう。 どうしよう、どうしようと頭の中で色んなことが洪水みたいに押し寄せる。
明日、顔を合わせたらどんな顔したらいいんだろ。 ううん。今だってやばいかもしれない。 だってさっきの部長の顔を思い出すと、頬が熱くなる。 こんな顔してコートに出たら、なんて言われるかわかららないから。
「俺も、走ってこよう」
自主的にグラウンドへと走り出した。
チフネ

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