ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2026年06月18日(木) 泣いたり笑ったり

曇り時々雨。朝のうちは青空が見えていたがお昼前には雨になる。

いかにも梅雨らしくじめじめと蒸し暑い一日になった。

義父の彼女さんがニンニクの花を持って来てれたのだが

窓を閉め切ってエアコンを点けると匂いが充満してどうしようもない。

薄紫の可愛らしい花だったが仕方なく外に置くことにした。

せっかくの好意であり残念であったが独特の匂いには勝てやしない。

私は今日まで花が匂うことを知らなかった。

外に置いてあれば気を悪くするかもしれないが

義父の許しを得ておりちゃんと伝えてくれるだろう。



義父は午前中に整体に行き午後から工場の仕事に励んでくれた。

エアコン修理はほぼ完了であるが事故車は思いがけない破損である。

義父なら直せないことはないが修理代が高額になりそうだった。

やはり中古車を勧めた方が良さそうで義父が交渉を引き受けてくれる。

もっと早く気づくべきだったと悔やまれたが

義父のせいにしてしまえばあまりにも憐れであった。


同僚は今日も車検整備をしていたが体調が悪いとのこと。

コロナやインフルの心配もあり近くの診療所に行かせたのだが

発熱も風邪の症状もなく「肩凝り」ではないかとの診断であった。

忙しい日が続いていたのでそれも無理のないことに思う。

訊けば日曜日も休まず草刈りをしていたらしい。

もう若くはないのだ。ゆっくり休むことも大切である。


義父が仕事をしていると私も忙しくなり定時では終わりそうにない。

しかし「カーブス教」の信者になったからには何としてもと思う。

何とか義父の許しを得て逃げるように帰路に就いた。


仕事の事も気掛かりであったが元気に明るく筋トレに励む。

お仲間さん達と交わす笑顔が嬉しくてならない。


買物を終えて4時過ぎに帰宅した。

夫にめいちゃんのことを訊けば「黙っていろよ」と忠告された。

今日も学校に行けなかったのだ。もう3日も休んでいる。

今朝はいつも通りに起きて朝食を食べていたのだが

洗面所で私に会うと「おばあちゃん今日も行きたくない」と云う。

咄嗟に私も「休んだらええよ」と応えたのだった。

行きたくない理由を訊いてやれば良かったがそれは母親の義務だろう。

老婆心丸出しの私が訊いても娘に叱られるだけである。

しかしあやちゃんとは違う何かがありそれが希望に思えた。

朝の憂鬱は直ぐに治まり夕方には笑顔で元気溌溂のめいちゃんである。


夫にもこんこんと云われたがとにかく見守ることだろう。

不登校と決めつけてはいけない。きっと立ち直れるのだと思う。

娘も悩んでいるようだったが何も云ってはくれなかった。

相談してくれたらと思うが娘にとっては余計なことなのだろう。


誰にだって「特別」がある。ストレスが当たり前の世の中で

おとなも子供もどれほど我慢を強いられていることだろう。

おとなは仕事を休めないが子供は自由であるべきに思う。

強制的に学校へ行かせても子供は傷つくばかりである。

その傷を癒すのは親であり家族しかいないと私は思う。


泣き声がすればはらはらと心配でならない。

笑い声がすればほっと胸を撫で下ろしている私であった。


※以下今朝の詩

 
     紫陽花

  花びらが茶色になる
  盛りを過ぎれば切ない
  やがてそれは化石になる

  誇らしい初夏であった
  特に雨の日は輝き
  微笑みを絶やさない
  愛でられることに慣れて
  蔑まれることを知らなかった

  たくさんの花びらである
  青や白や薄紫の色となり
  まるで永遠のように思えたが
  何かを失うかのように
  茶の色に染まり始めた

  夏が深まっていく
  陽射しが痛くてならない
  けれども決して嘆きやしない

  季節が巡ればまた咲くだろう
  根を張り逞しく息を紡いでいく

  目を反らしてはならない
  最後まで見届けてやろうと思う


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