小春日和を通り越してすっかり春の陽気となる。
昨日よりも気温が高く4月並みの暖かさであった。
国道沿いの山茶花は日に日に散り落ちているが
山道へ入ると県道沿いに白梅の花が咲き始めている。
おそらく近くの民家の人が昔から植えていたのだろう
毎年どの梅の木よりも真っ先に咲くのだった。
「今年もそんな季節になったのか」と感慨深く思う。
梅が咲けば次は菜の花。そうして桜の季節がやって来る。
義父の体調は随分と良くなり午前中に歯医者さんへ行く。
お昼には機嫌よく帰って来てやっと治療が終わったのだそうだ。
去年の秋からだったろうか、食べたい物も食べられず
よく長いこと辛抱したものだと思う。
食欲も出て来たのだろう昼食を食べ終わると直ぐに仕事に取り掛かる。
しばらくは工場に居たが前触れもなくまた田んぼに行ったようだ。
ここ数日行けなかったので余程気になっていたのだろう。
義父の留守を良いことに定時で仕事を終えまたカーブスへ向かった。
どうやらもう生活の一部になったらしく行きたくてならない。
薄っすらと汗を流し何とも爽快で心地よかった。
しかしダイエットには程遠く食欲が旺盛になってしまうのである。
夕飯がとても美味しくいつも以上に食べ過ぎてしまうのだ。
食べなければ確実に痩せるだろうに困ったものである。
夕方には息子のマンションへけい君の荷物を届けに行く。
息子は顔色も良くなっておりもう大丈夫だろう。
今週一杯は仕事が休めそうで何よりだった。
また父と子の暮らしが始まるが困った時には助けてやれる親でありたい。
困ったことがない限り一切電話もしてこない息子であった。
便りのないのが元気な証拠。そんな日々が続くことを願っている。
今朝は初めてけい君の詩を書いた。
筆箱の中の消しゴムがとても小さくなっていたのだ。
それでも手で擦るようにしながら字を消している
息子も筆箱の中を見ることもなかったのだろう。
そう思うと我慢しているけい君が不憫でならなかった。
娘が気に掛けてくれて「いっぱいあるよ」とひとつ分けてくれたのだ。
けい君は嬉しそうにそれを筆箱に入れて元気に学校へ行った朝のことである。
母親が居ても気づかなかったかもしれないが
けい君はずっとその一言が云えなかったのだろう。
一番最初に気づいたのはおじいちゃんである夫であった。
たかが消しゴムではない。消しゴムがあってこその人生に思う。
※以下今朝の詩
消しゴム
ずいぶんとちいさくなった もうつかえないかもしれない
少年は消し続けて来た 漢字も英語も作文も そうして母親を消した
一度消してしまうと 書き直さねばならない
それは何度でも出来たが 母親だけは書けなかった
かあさんはぼくをわすれていない ぼくだってかあさんがだいすきだ
学校から帰ると誰もいない もうそれが当たり前になった
国語の宿題をする 漢字をたくさん書いた 間違えないように丁寧に書いた
「母」と云う字を書くと 胸がきゅうっと痛くなる
とうさんが帰って来たら 新しい消しゴムを買いに行こう
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