| 2022年08月17日(水) |
女心に未だ秋風は吹かず |
晴れのち曇り。猛暑が少し和らぐ。
お盆休みを終えて5日ぶりの山里だった。
あちらこちらに稲刈りを終えた田んぼが目立ち微かに藁の匂いがする。
そんな田舎らしさが好きだなと思う。なんとなく懐かしい匂いだ。
母の生まれ故郷の祖父母の家だろうか。稲が干してあったのを思い出す。
昔は乾燥機など無かったので竹を組み天日干しをするのが習いだった。
義父もお盆休みの間に稲刈りを終えていてほっと寛いだ様子。
乾燥した玄米を袋詰めにする作業を少しずつしていた。
とても機嫌が良い。それが何よりも嬉しく感じる。

お昼休みに読んでいた本が時間切れとなり読了出来ず
後数ページだったのでスーパーの駐車場で一気に読んだ。
このところずっと瀬戸内寂聴ばかり読み耽っているのだけれど
出家する前の作品はなんとなく馴染めずにいる。
女盛りに対する拒否反応だろうか。嫌悪感さえ感じるのだった。
言葉は悪いけれど気持ちが悪い。とても共感など出来ない。
恋愛云々にはもう関わりたくはなかった。近寄りたくもないのだ。
この日記を書き始めた頃の私は45歳だった。
まだ女盛りだったのかは定かではないけれど
試しに20年前の日記を読み返してみたら正しく気持ちが悪かった。
恋をしていたのだろうと思われる文章に鳥肌が立つ。
よくもまあこんな恥知らずのことをしたものだと呆れてしまう。
今さら削除する気持ちは無いけれど二度と読み返すまいと思った。
寂聴さんはどうだったのだろう。若い頃の作品が愛しかったのだろうか。
「ありのままの自分」として受け止めていたのかもしれない。
それとも自分を許したのだろうか。どれほど愚かであったとしても。
作品は永遠にこの世に残る。既に過去の人になっても未来永劫なのだ。
もう誰も「晴美さん」とは呼ばない。それが唯一の救いかもしれない。
今年は初盆だった。寂庵にはどんな草花が咲いていたのだろう。
寂聴さんはにっこりと微笑みながらその庭に佇んでいたのに違いない。
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