日が暮れるのがずいぶんと早くなった。
一番星を仰ぎながらこれを記し始める。
ふうと大きなため息。その理由が自分でもよくわからない。
いったい何を書こうとしているのだろう。
きっとつまらないことなのに違いない。
宮尾登美子は「もう一つの出会い」というエッセイ本のなかに
「書くことの浄化作用」なる文章を書いている。
たとえば苦しいこと辛いことがあっても書けばそれが浄化されるのだそう。
幸いと言って良いのか私は平穏な日々を過ごしており
浄化させなければいけないことなど何一つなかった。
あるのは平凡で変わり映えのしない日常のことばかり。
ある意味それが一番の幸せであることは言うまでもない。
過去を辿ればきりがない。もうそれは終わったことなのだ。
いつまでも引き摺っているようでいて吹っ切れているのだろう。
ただ母に対する愛情は?と問われると未だに素直になれずにいる。
それだけ大きな傷を負ったのだろう。その傷口がまだ残っている。
かさぶたを剥がせば血が出る。それが怖くてたまらないのだ。
宮尾登美子のエッセイ本は高知県立図書館の廃棄本だったようだ。
巡り巡って山里の図書室で息をし続けている。
その本を手に取り確かに救われた私がいた。
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