すっきりとは晴れず。空はやはりまだ梅雨空だった。
気温が30℃を超えずいぶんと蒸し暑い一日となる。
朝の山道でもお遍路さんの姿をしばらく見ていない。
コロナ禍のせいでもあるだろうけれど夏遍路はとても厳しい。
もし見かけたらきっと声をかけようと思っている。
ささやかな挨拶でもそんなふれあいが嬉しいものなのだ。
弟の62歳の誕生日だったのでお昼に電話してみた。
11月には二人目の孫が生まれるとのこと
今度は女の子が良いねと話したことだった。
初孫の顔も知らない。もう何年会っていないのかも忘れてしまった。
電話だけが頼りの歳月が流れるばかりであった。
数年前までは誕生日に着くようにビールを贈っていたのだけれど
今ではそれが出来なくなってしまって「ごめんね」と詫びれば
「もう気をつかわんでもええよ」と言ってくれてほっとする。
ほんの気持ちもカタチに出来なくなって情けない話だけれど。
弟は幼い頃に池に落ちて死にかけたことがある。
それから川で流され死にかけたこともある。
高校生の時には交通事故に2回も遭い瀕死の重傷を負った。
生死の境を彷徨いながらも生き延びた強い生命力を持っている。
だからきっと長生きをするに違いないと確信しているのだった。
「コロナに気をつけて元気でおりよ」と言ったら
「おう、姉ちゃんもな」とその笑顔が見えるようだった。
そしてコロナが落ち着いたらきっと会おうなと言ってくれる。
その時には姪孫にもきっと会えることだろう。
幼い頃から金魚のうんちのように私から離れなかった弟よ
あの世にまではくっついて来てはいけませんよ。
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