| 2021年06月29日(火) |
馬の骨ではありません |
快晴の朝。空はこれほどまでに青かったのかと思う。
朝陽が射し始めると土手の緑がきらきらと輝いていた。
7時15分。「いってらっしゃい」と孫たちを送り出す。
「ただいまあ」ときっと元気に帰って来てくれることだろう。
そう思うだけで目頭が熱くなる朝のことだった。
昨日の悲惨な事故のことが頭から離れず
ご両親やご家族の悔しさや心痛がまるで自分の事のように思えた。
それは決して二度とあってはならないことなのだ。
SNSでは相変わらずの「素敵な一日」が飛び交う。
もううんざりだと今朝は思わずにいられなかった。
タイムラインにただ一人だけ事故の事に触れている人が居てくれる。
リツイートしても反応は殆ど無かった。そんなものなのかと虚しい。
どうして寄り添う気持ちになれないのか。遣り切れない思いがつのる。
それなのに毎朝のお弁当の写真に「いいね」をしている私がいる。
それが昔Rが言ってくれた「普通の日常」なのだろう。
どれほど心を痛めていてもみんな普通の日常を求めているのだ。
余談になってしまうけれどRはよく
「どこの馬の骨か分からない奴のことを気にするな」と言っていた。
私はRの本名も住んでいる町も生年月日も知っていたけれど
今は住所不定、年齢不詳、性別さえも分からない人がいっぱい居る。
それがSNSだと言ってしまえばそれまでの話だけれど
みんなそれぞれの場所で生きている確かに実存する人達なのだ。
「素敵な一日」を過ごしたければそうすれば良い。
コロナも恐れず毎日外食に出掛けるのも良いだろう。
言葉はとても悪いけれど私には関わりのないことです。
あなた方は決して馬の骨ではありません。
かなり毒舌になりましたことをお詫び致します。
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