雨音は聴こえず霧のような雨が降っていた。
もう「春雨」とは言えまい。「小糠雨」と言うのはどうだろうか。
あまりにも無学なので季節の言葉を適切に使えずにいる。
「葉桜」もそうだった。桜が散ったばかりの頃を言うのではなく
まさに今頃。新緑の季節の桜の木のことを言うのだそうだ。
知らなかった事を知った時はなんとも新鮮な気持ちになるものだ。
それを諺にすれば何だっけ?そこまで出掛かっているのに思い出せない。
「耳にたこ」ではないし「目からうろこ」でもなさそう。
ながいこと生きて来たけれど私はまだまだのようだった。

今夜は夕食を終えるなり孫たちがダンス教室へ行く。
めいちゃんも一緒に参加できるようになってほんとうに良かった。
けれども先日高知市内でスポーツ教室からコロナのクラスターが
小学生の感染者も出ており心配でならなかった。
「大丈夫やろうかね」娘に言うと不安がっていたら何も出来ないと。
「おばあちゃんは心配し過ぎ」と反対に叱られてしまったばかり。
娘の言う通りだと思う。孫たちの楽しみを取り上げる訳にはいかない。
よく聞けば感染対策もしっかりとしているそうで安心なのだそう。
コロナ禍も二度目の夏が始まったばかり。
自粛疲れも大いにあり何をするにもコロナの事ばかり付いてまわる。
それでも仕方ない事とうまく付き合って行くべきなのだろう。
夏はプール。秋は運動会。孫たちの楽しみがいっぱい待っている。
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