夜が明けておどろいたのは入道雲だった。
もくもくとそれはまるで生き物であるかのようにゆっくりと動く。
11月も半ばを過ぎて夏の名残だとも思えず
「季節はずれ」としか言いようがない不思議な光景であった。
週末には平年並みの気温に戻るとのこと
寒さは苦手だけれどやはり初冬らしくあってほしいとおもう。
あり合わせのお弁当を食べながらふっと子供の頃を思い出す。
まだ給食もなっかた頃のこと母は毎日お弁当を持たせてくれたけれど
どんなお弁当だったのかまったく憶えておらず
美味しかったと言う子供心さえなんだか失ってしまったようだ。
勤め人だった母にとってどんなにか忙しい朝だったことだろう。
憶えていないなどと言ったらきっと悲しむに違いないと思う。
それなのに仲良しだった「まやちゃん」のお弁当はよく憶えている。
ほぼ毎日のように「人参のきんぴら」が入っていたのだった。
まやちゃんは人参が嫌いだったので「また入ってる」と嘆いた。
残して帰るとお母さんに叱られるといつも泣きそうな顔をする。
ある日のこと良いアイデアが浮かんだ私は「食べてあげる」と。
それがまやちゃんを助ける一番の方法に思えたのだろう。
人参のきんぴらはほんのり甘くてとても美味しかった。
うちのお母さんも作ってくれたら良いなあと思ったくらいに。
学校から帰るといつもまやちゃんの家で遊んでいた。
空っぽのお弁当箱を見てまやちゃんのお母さんがとても喜んだのだ。
「人参食べられるようになってえらいね」とほめてくれた。
「おいしかったでしょ?」と訊くので困ったまやちゃんに
小さな声で「おいしかった」と言うとそのまま伝えたのだった。
ふたりで顔を見合わせて苦笑いしたことをよく憶えている。
それからずっと私は「人参のきんぴら係」になったのだった。
まやちゃんのお母さんを騙している罪悪感が確かにあったと思う。
だから今でも忘れられずにいるのではないだろうか。
半世紀以上の歳月が流れたけれど私はあれ以来食べたことがない。
まやちゃんと同じく人参嫌いのひとと結婚をしたのだった。
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