この週末、エンピツ日記のサーバの調子が悪いのか、何度試しても弾かれてしまって書き込めませんでした。でも先刻、試してみたら一発だった。何でだ。イジメか?
えー、再開して最初に喰い付いたのは『学海日録』でした。脱走のバックグラウンド的な当時の世情がわからないかなーと思って、というのは建前で、大鳥の「お」の字でも出てこないかとちょっと期待してました。(赤裸々告白) 依田学海が江戸に居を構えたのは慶應2年10月なので、それ以降をまずは重点チェック。いやはや、交友の広い方です依田さん。毎日のように誰かと会ってる。ただ日記なもんで下の名前だけとか略記とか、やめてほしい…。何々藩の誰さん、と書いてあるだけでも助かります。 ひょんなところで「小倉庵」に出くわしました。 「小梅村の小倉庵はきこゆる庖丁の名家なりしが、去るとし盗賊の手につきてよからぬ業ありしによりて、その身をからめられて家財を没収せられたり。今その家をすぐれば、門の戸とざし、屋もあれまどへり。盛なれば必ず衰とこそきけ、今さらのやうに覚ゆ。」(慶應3年1月24日) …小倉庵の主人、盗人に荷担した罪で捕縛されちゃってました(汗) とするとあれだ、安政3年の切絵図に載ってる小倉庵が文久3年の切絵図に載ってない理由は、文久3年版の原版が嘉永年間のものだからじゃなくて、文久3年には本当に「小倉庵がなくなっちゃってたから」なんだ…。 あと、よく呑み歩いてます依田さん。学者って研究以外は引きこもり的なイメージがあるけど、すごい行動的。留守居役だからかもしれないけど、私的な会合っぽいものも少なくない。昼間っから呑んで、世情を論じて、詩作して、仕事(留守居役)の愚痴こぼして、河岸替えてまた呑んで、夜中に帰宅。翌日は自宅に人呼んでまた呑む。芸者遊びもたびたびしてます。呑みすぎて気持ち悪くなったり。二日酔いで寝込んだり。 「酒に害せられて終日臥す」とか「大酔してものぐるはしきほどなりき」って何か「二日酔い」よりいい表現ですね(笑) 「激飲して度々前後のことをわするヽに至る、恥べし、悔べし」、なんてのもありますよー>S宮さん(名指しか) で、肝心の圭介関連はですね、大発見に繋がるものは残念ながらありませんでしたが、ちょこちょことメモっておきたいことが見つかりました。 ただ、えっとその、スミマセン…今日は(サッカー観てたら)就寝時間になってしまいましたので(殴)、また明日にでも…。
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