みみずのたはごと

2005年10月14日(金)  た、ただいまです…。(恐る恐る)

日記は書きますとか言って、何も書いてないじゃないか。(怒)

本当に嘘吐きですみません…。(土下座)
とりあえず昨日、F1のほうを一旦片付けまして、ぼちぼち日光レポやらSSやらに取っ掛かってます。書きたいのを我慢するのも結構大変でした(笑)
月末までの間にどれだけのことができるかな。

自分にお預け喰らわせてる間に、ばばばっと天から降ってきたように思いついたシーンが幾つかあって、その時は時間がなかったから概要だけメモしておいたのですね。いざ、文章にしようと思ったら、あの瞬間の完璧なまでのイメージが…さ、再現できな…(吐血)
よくあることですが。(笑)
起承転結は書き留めてあるので、時間が解決してくれるはずです。情景はしっかり脳裡に展開されてます。言葉が見つからないだけ。もどかしいなあ、いっそこの脳味噌かっさばいて中身を直接晒しちまいたいYO!(やめれ)(つーかグロいこと言ってすんません…)(でも結構本音☆)(…。)

●どうでもいい話(メモ代わり)
『大隈候昔日譚』で見つけたちょっと目鱗だった話。

 「燈火は明治初年は一切行燈であった。これで勉強もやれば針仕事もやる、平日は燈心二本を使用するが、お客でもあると三本に奮發する。大奮發で蝋燭をキバると云ふ有様で、之が大御馳走であった。」

――蝋燭って「大奮発」で「大御馳走」なんだ…!?
ってことは、燈心3本の行燈より蝋燭のほうが明るいってことですよ、ね。
…実は葛生さん、在英時のクリスマスに、同居人(日本人留学生)と「雰囲気出そうよ!」とうっかり盛り上がってしまい、夕食を蝋燭の明かりだけで食ったことがあるんですけど。予算の関係で燭台なんて贅沢なもんは有り得ないので、大型蝋燭2本を食卓の両脇に据えて、いつもよりちょっと気合を入れた食事を並べて、いざ!と電気を消したところ、ものっそい雰囲気出ました。
クリスマスってゆーより、肝試しってかんじの雰囲気が。(爆) 
食事しながらお互いの顔を見るでしょ、したらゆらゆらと燈火が揺れて、いやもうおどろおどろしいの何のって。3歳から教会に縁がありますけど、あんな心に残るクリスマスは初めてでした。たぶん今後もアレを越える経験は得られないのではないかと思います。懐中電灯一本点けたほうがよっぽど明るかった。
…でも、それが「大奮発」らしいですよ。明治初年の大隈さんをしてそう言うんだから、幕末の圭介なんてきっと燈心1本だけだったに違いない。(「しみったれ」だしな!)
よく目を悪くしなかったもんだ。昔の人って凄いなあ。
(基本的に江戸時代までの人は日が暮れたら寝るという生活だったみたいだけど、それは燈火が贅沢だったからという理由もあるのでしょうね。でも圭介なら、勉強したり翻訳したり、夜中でもやってたに違いない。…太田陣屋の夜とか、想像したら萌えた。所詮は同人屋)


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葛生冴 [MAIL] [HOMEPAGE]