フタゴロケット
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2008年12月19日(金) 三日月と売春婦

三日月と売春婦

「嫌じゃない?私と歩いていて?」

唐突に彼女はそう言った

高台にある公園の上り坂の頂上から見る景色は晴好雨奇

「どうして?」
「太っていて 不細工だから」
「太っているけれど 不細工じゃないし 何より君とは 音楽の話が出来るから 楽しい」

僕がそう言っても彼女は項垂れたままだった

僕の友達には耳の聞こえない画家も居るし 白血病の足の悪い友人だって居る

体が不自由とか 頭が飛んでるとか そんな事 僕には取るに足らない 
僕が好きになる人は 余り 外見的なハンディキャップは意味を成さない 

お話が出来るか否か

それだけ

僕と彼女は10代の終わりによくデートに出かけた
近場の時もあれば 遠くまで海を見に行った事もあった

彼女は僕と二人の時 よくカラカラ笑ったけれど 人前に出て僕と並んで歩くと 何処か後ろめたそうに 大きな体を隠すように歩いた 時々 僕から少し離れて歩く事もあった

「何でそんなに離れて歩くのさ??!!」

僕が聞くと

「皆 笑ってるよ」

彼女は今にも泣きそうな 顔で言った

友人では無い 知人に言われた

「おめぇ 何で あんな デブ 連れて歩いてるの? そういう趣味か?」
「楽しいから」

彼女は確かに 人前だと 暗くて 要領が悪くて 化粧もそんなにしなくて デブ かも知れないが 貴様らと並んで歩くより1000倍楽しい 

幾ら美人で要領が良くて お洒落でも 話していて詰まらない奴は 詰まらない
男でも一緒だ  

覚えとけ FUCKER

「君を見てんじゃなくて 俺を見てんだ だから 並んで歩こうよ」

そう言うと 彼女は 弱く頷いて ちょこちょこと大きな体を揺らして 僕の隣に来た
その仕草はとても可愛くて 僕は何となく其れがとても好きだった



「でも キミ が付き合う人は 皆綺麗だから 説得力無い」

と先日誰かに言われたが 顔は3日で飽きる 

美人だからじゃない 器量が悪くても飽く

本当に三日だ 

付随しない中身 

勃起しない理由もきっと其れだ

ブスは我慢できないが 其れは容姿に限ったことではない 内面は外面に現れざるを得ないからである 

体と心は切り離せる?

嘘だ

病んだら 胃が痛くなるし 手も震える 歌も唄えない



彼女はバイト先ででもよく働いた 性格も悪くないし 根暗だったが 気は利いた
ペニスでしか物を考えない馬鹿な男共は 常に彼女を笑いものの格好の標的にしたが 彼女は黙々と働いた

彼女は誇るべき才能が沢山あった
明瞭な頭脳 綺麗な歌声 きらきらした笑顔 

そういうのは シヨウ と思っても中々出来ないことだ

「ねぇ 何で私をこんなに気遣ってくれるの?」

とある夜 僕と彼女は深夜のファミレスで珈琲をガブガブ飲んでいた

「何で?」

晴天の霹靂みたいに言葉が突き刺さる

僕は黙って 二つ目の角砂糖を入れて スプーンでぐるぐる廻して、中に出来た渦を見ている

好き とか 嫌い 以外に世の中に 本当の実情として成り立つ事が他にあるだろうか?
物事の原則は基本的にシンプルだ 

「好きだから?」

それ以外に説明しようが無い

時々言われるのも知っている

「すごいカップルだね」

「似合わなくねぇ?」

物珍しそうに見てくる輩

そして 君がそれで傷ついていることも僕は知ってる

でも僕は君を連れ出してしまう 

「ねぇ?私がもし痩せたらお嫁さんにしてくれないかな?」

唐突に彼女が言った

そしてそう云った彼女は沈思黙考した 

すぐ隣に座っていたカップルが苦笑した

「うるせー」

と僕は怒鳴った

彼女は驚いて顔を上げた

「いいよ」

と僕は言った 別に痩せなくてもいいのに

でも 彼女は自分に一つの区切りをつけたかったのだろう
僕の返事を聞いても彼女は押し黙ったままだった 

「ありがとう」

彼女はか細い声で僕に言った



暫く月日は流れ 僕はこの街を離れ 遠くの街で暮らしていた
あれから暫くし 彼女は突然バイトを辞めてしまって 連絡も途絶えた

僕は何かの折に帰省した

相変わらず煩い街で ネオン が所狭しと並んで スーツを着たキャッチが道に沢山並び 風俗も飲み屋も 特に必要としない僕は 何だか肩身が狭くなった気がした

久しぶりにバイト先に顔を出した
店長は暴走族の総長を昔やっていた人で 私服(刺繍ジーンズにセカンドバックと白いでかいキャラクターの描かれたセーター)は僕のセンスでは理解できなかったが 人柄が良く 僕はよく遊んでもらっていた

「おう 久しぶりだな 元気してるか?」
「お蔭様で」

厨房に入って僕は目を盗んでつまみ食いをして 夜中の閑散とした店内で油を売っていた 

「あ お前と仲良かった キョウコちゃん逢ったぞ」
「え?全然連絡とってないです」
「彼女今 風俗 やってるぞ」
「は?」
「うちのバイトの奴が彼女に熱上げてな 結構通ってんだな 痩せてたな (すげぇ 綺麗になったっす)って言ってたけどな」

僕はそのまま辞して教えられた店に向かった
オートレース場の近くにあり 駐車場に止めたら オジサン や オニイサン 方にじろじろ見られたので 店の入り口が見渡せる消費者金融の駐車場に車を止めて 終わりを待った 

大体 風営法も知らない僕は何時までやっているのかも分からない

煙草に火を一本点けた時 派手な頭の女の子が二人裏口から出てくるのが見えた
そして 遠目からでも一目で僕は彼女だと分かった 

僕は車を降りて走った 

店のネオンが丁度消えた

そうか 今日は平日か

息を切らせて 彼女の後を追いかけると 彼女は先ほどの女性と男のスタッフと銀色のメルセデスを囲んで談笑していた

「なぁ?」

と僕が言うと 返事を返してきたのは男性だった

「もう終わりだよ」

というだるそうな声が聞こえてきた 

声を聞いて彼女が僕の方を向き 

「あ・・・」

と言った



僕と彼女は夜中のファミレスに入った
客足が途絶えそうな微妙な時間だった

席に座り 僕は初めて正面から彼女を見た

あ 此れは もてるな 

と僕はすぐ思った

綺麗な顔立ちを残して 彼女は痩せて 別人になっていた

「いつ・・・いつ帰ってきたん?」
「昨日だよ」

僕は言った 彼女はいつの間にか 煙草を吸うようになっていて ピンクのライターで火をつけて 僕が煙草を咥えると自然に 慣れた手つきで手を差し伸べた 細い指で 少しだけ震えていた

「連絡取れないから心配したぞ」
「・・・うん・・・うん」

彼女は言った

「飲んでいいかな?」

僕は手を広げてどうぞと言った

彼女はワインを頼み 運ばれてくると表面張力が現れるまで其れを注いだ

そして 震える手でグラスを掴み 少し 溢した 

朱色の涙がそっとテーブルに毀れた 

「どうした?」

僕が聞いた

彼女は何だか全てを塞ぎこんでいるように僕は思えた
こんな女の子は男の子が放って置かないだろう

「ねぇ 私 綺麗かな?」
「綺麗だよ 美人って言われるだろう?」

彼女は黙った

「昔 私を馬鹿にしていたバイトの男の子が必死で私を口説きに来る 最初は 何だか奇妙な気持ちだった 私は確かに デブ だったし 特に言われても 一人の時は何も思わないようにしていた でも 私が痩せて 変わったら 手のひらを返したように 私にチヤホヤし始めた ・・・ 世の中の仕組みを学んだ気がした 結局はやっぱりそういう事 なんだろうと 結局は・・・私は何を思えばいいだろう?」
「変わるってそういうことだ」
「でも・・・私は 何か とても大事な事を亡くしている気がする」

彼女はそう言って グラスのワインを一気に飲み干した

「車を買ってもらったの 銀色のメルセデス アパートも借りてもらってる 新築の 小さな良い血統の犬も買ってる 社長と愛人契約も結んでる バッグだってバーキンもシャネルもある 何が他にあればいいのだろう? 足りない でも 足りない 満ち足りない」 
「ふぅん」

彼女は何たらというバッグから 白い錠剤を取り出してワインで流し込んだ

「こんなだよ こんな・・・お嫁になんかなれないでしょう?」

彼女は自虐的に笑った
何処までも傷ついた笑顔だった 

「痩せたらお嫁さんにしてくれる?って言ったのは君だよ?」
「・・・だね しないよね? したくないでしょう?」

僕は其れには答えずに聞いた

「最近何か聴いてる?」
「マイブラばっかり」
「マイ ブラッディ ヴァレンタイン」
「相変わらず ケヴィン・シールズが凄いギターだとは思えないよ」

僕は少し安心して 少し悲しくなって 少しだけどうでも良くなった

時間は人を変える

窓の外に綺麗に三日月が出ていた

ワインのグラスの中に三日月と彼女が浮いていた

彼女を見ると彼女は泣いていた

「何処で私は捨ててしまったのだろう?貴方の為にしようとしていた事が私はいつの間にか自分の為にする事になってしまった」

彼女は綺麗にセットされた髪を震える両手で掻き毟った

テーブルが揺れて 三日月が滲んだ

「全然悪いことじゃ無いと思う」
「貴方は何時だってそうやって残酷に突き放す 全てを持っている人には分からないよ きっと 分からない そして 貴方は変わらない 変わらない人に変わる事はきっと理解できない」

彼女は声を荒げて そう云うと 分厚い財布から一万円を抜き取って テーブルに投げて足早に店を出た 眠そうな顔をしたウェイターが彼女を目で追った

窓の外を泣いている女の子が歩いて行った 
そして横顔はもう僕の知っている彼女じゃ無かった

僕は飲みかけの冷え切った珈琲を飲んで一万円を見た 綺麗な札だった
季節感の無い生暖かい春の夜に何処からか 桜の花びらが流れてきて大きな窓ガラスに張り付いた

僕は会計を済ませて万札をレジの脇の募金箱に折り込んでぶち込んだ

そう 僕の憂鬱も一緒に入れた
ウェイターが驚いて 恐縮しきった声で

「ありがとうございます」

と 慇懃に礼を述べた

「僕じゃないです」

そう言って自動ドアの外に出た

そしてそこには彼女の欠片のように桜の花びらが散っていた


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