心の家路 たったひとつの冴えないやりかた

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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2005年08月30日(火) 操作方法

昨日、長女の水泳参観で泳ぐ姿を撮影する時に、ハンディビデオの液晶ファインダーが見にくくて困りました。液晶表示の輝度が足りないので、太陽光の下では何が写っているかさっぱり見えないのです。
ファインダーに何が写っているのかわからないということは、何を撮影しているのかわからないということであり、家に戻って再生してみて、無事に長女の泳ぐ姿が撮影できていてほっとしたものです。

このビデオには光学式ファインダーもあるのですが、その時に覗いてみても真っ暗で、役に立ちませんでした。きっと光学式ファインダーを使うには何かの手順が必要なのでしょうが、それは取扱説明書を読んでみないとわかりません。

明日は次女の水泳参観なので、取扱説明書を引っ張り出してきて見てみました。光学式ファインダーは「手前に引っ張る」と写るような仕組みになっているようです。光学式といっても、一眼レフカメラのようなものと違って、内部にある小さなLCDパネルがあって、そこに映写される映像をのぞき込む形になります。まあ光学式ズームだけじゃなくて、ディジタルズームとかもあるので、それは必然の設計なのかも知れません。

僕の今使っているスチルのディジタルカメラは、光学式ファインダーがありません。液晶ファインダーがあるだけです。これだと炎天下に困らないかというと、もともと液晶が高輝度なのと、さらに(一時的に)高輝度にするモードがあって、なんとかそれでしのげています。
ハンディービデオの液晶もこれぐらい高輝度だと助かるのですが、やはり動画を再生するデバイスは、電源の問題があるのでしょうね。

明日はなんとか午前中に次女の水泳参観をこなして、午後の仕事も休まずに行きたいと思います。

BOX-916が届いていますので、明日はBOXミーティングです。


2005年08月29日(月) アルコール燃料

さて、「アルコール」+「依存」でニュースサイトを検索する結果を表示するようになって、およそ半年過ぎました。で、なんか反応があったかというと「全然ない」ですね。
唯一LUNAさんが、涙の谷の掲示板で、韓国の女性アルコホーリクの話題を取上げるのに、このページをポインターにして頂いたぐらいです。

実は自分では全然読んでいなかったりします。
気がついていることはいくつかあって、アルコール燃料の記事が混じってしまうことです。これは私たちが化石燃料に「依存」しているせいで、「アルコール」燃料を代替に使おうという流れが世の中にあるせいでありましょうね。記事中に「燃料」というキーワードが挟まっている記事を無視すれば良いのですが、とりあえずほったらかしです。
あと、これはニュース記事だから仕方ないことなのでしょうが、どこぞの有名人がアルコール(もしくは薬物)依存症で・・という記事が多くなってしまうことでしょうか。こればっかりはフィルタリングのしようがありません。
次の改版の時には、日刊ゲンダイのサイトをサーチ対象に加える予定ですが、このときに燃料の問題には手をつけようと思っています。

さて、昨日の晩は夜3時まで夜更かししてしまいましたが、10時に起きるには睡眠時間7時間で十分だろうと思ったのです。ところが、起きられない、起きられない。やっと起きたものの体中が痛くてたまりません。体調が悪いのが、夜更かしが原因なのか、うつが悪化したのか、風邪でもひいたのかわかりません。
とりあえず、会社には電話して休むことにしましたが、長女の水泳参観に行くことは約束してしまったので、ハンディービデオを持って小学校へ足を引きずるようにして向かいました。

耳が悪いせいで、1年生・2年生の時はプールにはいることすらできなかった長女は、今年やっとプールに入ってビート板で泳ぐのが精一杯です。周りの子供たちの中には25mをクロールで泳ぎ切る子供もいますが・・・比べない比べない。

帰宅して食事。そして夕方まで寝ました。3階にテレビを増やしたおかげで、2階で邪魔されずにゆっくり休めました。

「AAミーティングに行く」と言ったけれど、家族から反対の声は出なかったので、ルーチンとして復活したミーティングへ。スポンサーを依頼されました。僕は断らないことにしています。

今書いているプログラムが書き終わったら、心の家路のテキストブラウザ対応をして、次に携帯電話でも読めるようにして、サイト内に日記を収容して、掲示板システムを改善して、そしてmixiにデビューするんだー。とりあえず夢を語ってみました。


2005年08月28日(日) 3台目のテレビ

3階に2台あったテレビの一台を2階におろしたという話は以前に書きました。
子供たちが2階でテレビを見てくれれば、3階で昼寝をする時に静かでいいなと思っていたのですが、そうは問屋が卸しませんでした。

まずは、ジジババが2階でテレビを見ている孫たちに向かって「電気代がもったいない、3階で家族一緒に見ろ」と叱ったことが2回か3回。そういうことは言わんでくれと言って、この問題は解決したと思っていたのですが、やっぱり子供たちが萎縮してしまって、2回でのんびりテレビを見られないようであります。
それから、2階までテレビを見に降りてくるのが面倒だというのもあるようです。

そんなわけで、テレビがもう一台欲しいという話になりました。だが、復職もまだパート勤務の身、そんなにお金は出せないよということで、中古のテレビを買いにサンタの○庫まで行ってみることにしました。

リモコンが失われた中古のテレビが3千円。これを買って、あとはホームセンターで材料探しです。汎用リモコンが千円。5CFVのケーブルが20メートル。コネクタ4ヶ。ケーブルクリップ。それからテレビ台。あと、現在の2分配機を3分配機に置き換えないといけません。これ全部で1万3千円ぐらい。

家に戻って1時間ほどの作業で、テレビの設置と配線とチャンネル設定が終わりました。
しかし、今度は2階のテレビの写りが悪くなってしまいました。2分配のを3分配に変えたのだから当然かもしれません。同時に僕のパソコンのテレビチューナーの画像にも、縞が入るようになってしまいました。
しかたないので、もう一度買い物に出ました。ケーブルテレビ局が推奨しているテレビ信号ブースターの売値が1万2千円。当然のようにそれを買おうとする僕に、妻が待ったをかけました。「高すぎるのではないか」と。

僕としては、子供の見るテレビのために1万数千円をぽんぽんと使ってきたんだから、僕のテレビの問題解決のためにも、それ以下の金額なら問題ないだろうと踏んだのですが、どうやらそうではなかったらしいです。

そりゃまあ、今月になってマザーボードも電源ユニットも変えたし、昨日はDVDドライブも新調しました。でも、今月は使いすぎだから、縞の乗ったテレビを録画して満足していろと言うのか・・・。まあ、結局ブースターは買って帰り、テレビの写りは元にもどったのですが、なにもしないでごろごろしている予定の休みの日を、家族のためにテレビの増設に費やす羽目になった上に、出費をとがめられて、なんとなーく機嫌が悪い今日この頃であります。

まあ、浪費家の女を妻にしたよりはマシだったと思うことにしよう。ぶつぶつ。

Windowsの再インストールで、7月〜8月にしたブックマークが全部消えてしまいました。リンク先を増やそうと思っていた矢先だっただけに、またアドレス探しからはじめないといけないとは・・・。


2005年08月27日(土) うう気持ち悪い

3種類のC++コンパイラーをインストールするうちに、朝になってしまいました。
お腹がすいたので、バナナを一本食べて自分を納得させようとするのですが、なんだかそれでは収まりきらない不満や怒りが溜まっていたような気がします。
もう7時に近い時間で、外はすっかり明るくなっていました。

短パンをズボンに着替えただけで、上は下着に使っているTシャツのまま、コンビニエンス・ストアに行きました。下着のTシャツに人々の視線が集まっているような気がして、そんな格好で出てきてしまったことに後悔しました。
酒のおつまみコーナーでアサリのむき身を一袋、柿ピー他のアソートを一袋、アイスクリーム7本入りを一箱、ポテトチップを一袋、ジャガリコをひとつ、コーラの1.5Lを一本。菓子パンをふたつ。弁当はチャーハンにしようか、韓国風焼き肉弁当にしようか悩みましたが、焼き肉弁当にしました。

帰ってからアサリをつまみにコーラを飲み、弁当を食べ、お腹いっぱいのところにパンを食べて、柿ピーを押し込みました。満腹感の幸福の中で眠りについたのが8時半ごろだったでしょうか。

起きてみると午後1時半でありました。胸焼けで気持ち悪く、朝食(昼食?)は、コーヒーとバナナ1本ですませました。

長女がゴミ箱のなかからアサリの袋を見つけて、すごく食べたがりました。子供二人を誘って電器店にDVDドライブを買いに出かけました。DVD-RAMは諦めることにして、P社のモデルが12,800円。コインを2枚もらって、入り口のところでガチャガチャをやりました。当たりがでれば何か家電製品がもらえるのですが、子供たちはガチャガチャをやれただけで、十分楽しそうでした。
コンビニではアサリは売り切れで、長女はかわりにさきイカを買っていました。

本棚(というかスチールラック)ひとつの引っ越しをすませました。週末の予定はこれでこなしたことになります。でもまだ強迫的に何かをしなければならないような気持ちで焦っています。

ともかくリズムがめちゃくちゃなのであります。


2005年08月26日(金) 記憶不鮮明(長野編)

半年間の休職の間に3本のプログラムを書き上げようと思っていたのですが、ものぐさな自分ですから、結局一本も書かないうちに復職してしまいました。復職しても、すぐに具体的な仕事があるわけじゃないので、「リハビリテーション」と称してそのうちの1本のプログラムを書き始めました。
仕事には使わない自分専用のプログラム。フリーウェアなどといって公開することはないでしょうが、必要だから書いているプログラムです。
プログラムは完成するとことはない存在ですが、ここから先は実用になるという点は存在します。このプログラムもようやっとそこへ到達しつつあります。

お盆前にWindowsの再インストールをしたおかげで、開発ソフト一式も消えてしまいました。今夜Visual StudioをインストールしようとDVDドライブにCDをつっこんだところ、「ギュギュギュギューん」という音がして、CDもDVDも読めなくなってしまいました。
トレイの開閉もできるし、Windowsからは認識しています。でも、何を入れても「ドライブの準備ができていません」と冷たく突き放されてしまいます。

まあ故障でありましょう。回るものはいつか壊れる、というのはオーディオの世界にもコンピューターの世界に共通して言えることであります。そして周りモノに得意なメーカーもあれば不得意なメーカーもあります。

CD/DVDだと国内P社のドライブは壊れた経験がありません。T社のは一台壊したかな。今回壊れたのは国内H社と海外S社の合弁の会社のヤツで、ここのははっきり言って安かろう悪かろうであります。でも安かったから買ったわけです。まだ1年経っていないような気もするので、保証書を探しているのですが、なかなか見つかりません。

これが1年経っていれば諦められるのですが、記憶が定かでないのが、なんとももどかしい。捜していて見つかりそうにないと、「もう一年経っているだろうから」と自分を納得させようとするものの、探すのを止めてしばらくすると「いや昨年の暮れだったような気がする」と思い直して、また探したりしています。
なんともイライラします。

一応明日新品のドライブを買いに行くつもりですが。

一週間がやっと終わってくれたという感じです。この週末はゆっくり休みたい・・・けれど、本棚の引っ越しをひとつ済ませる予定です。


2005年08月25日(木) 記憶の鈍さ

昼間に「あ、これを雑記に書こう」と思いながら、夜になると何だったのか思い出せない。そんなことが続いています。加齢のせいか、ウツのせいかはわかりませんが。

ラジオ夕刊に出演していた長野県内の農業法人の経営者が、「温暖化のおかげで信州でもおいしいお米が作れるようになった」と言っていました。僕が子供の頃は、長野は寒冷地だから、作付けできるお米の品種に制限があって、地元のお米はおいしくないと言われていました。それから「温暖化のおかげで、信州でもワイン用のブドウを作る条件が整ってきたので、ワイナリーにも挑戦したい」と言っていました。

百姓をやっている人が「暖かくなった」と言っているのだから、まあ暖かくなったのでしょう。ただ、いろいろ資料を探し続けているのですが、年平均気温の上昇を示すようなデータを見つけられないでいます。ただデータよりも百姓の言葉を信頼したい気もします。

この温暖化が人間の経済活動の結果なのか、地球の普段の変化の一部なのか、今生きている人間には判断のつく問題ではないと思っています。別段エネルギー消費削減には反対してませんけど。

お盆を過ぎて、涼しい日が増えてきました。もうちょっと安くなったら一玉買って食べようと思っていた西瓜も店頭から消えてしまいました。会社もクーラーを止めている時間が長くなってきました。

復職してやっと今日が初めての給料日であります。台風は東へそれたらしく、こちらでは雨が少し降っているだけです。

リンク集に、そらさんの 青い空を見上げて を追加しました。


2005年08月24日(水) 水曜はウェッド・ネス・ディと覚える

ウツの状態はあまり良くありません。ともかく12時前には食事を終えて、1時前までにPETボトルのジュースを一本買って会社に入り、5時半になったら抜け出して帰ってくるだけであります。

ホームグループのミーティング。昨年末に「医師の意見」から読み始めたビッグ・ブックも、「仲間とともに」までやってきました。

しかし、なんか自分は、ときどき無性にAAを止めたくなる時があります。止めて何するの? と自分に聞いてみても、何もしたいことがあるわけじゃありません。ただ、「もうAAなんか嫌だ。疲れた。面倒くさい。もうやりたくない」と思うのであります。
でも、なんとなく習慣的に続けているうちに、気を取り直してまた続けてきました。うんざりした回数だけ、気を取り直してきたと言ってもいいかもしれません。

僕みたいに根っこから狂っている人間は、AAから出て行ったらどういうことになるか、まあ大体予想がつくということもあります。でも、そんな理性的に考えている訳じゃないです。

ミーティングに出席して、自分をさらけ出して話をしてカタルシスを得るってのは、せいぜい3年か5年ぐらいまでのものじゃないですか?
ソーバーが長くなればミーティングで話す話もパターン化してしまいがちです。人間、昔のことは忘れるようにできているし。

話は変わって、やっと電話関係の引っ越しが完了しました。
今日、書こうと思っていたメールの返事も、明日かな。


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by アル中のひいらぎ |MAILHomePage


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