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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2005年03月19日(土) 予備校(充電池) 何年前であったか、いわゆるホームセンターという店(アメリカではDIYショップとでも言うのでしょうか)で乾電池の充電キットを見つけました。
これは専用充電池を使うタイプではなく、普通に売っているアルカリ乾電池を再度充電するというタイプです。
当時僕の家では乾電池の消費量がかなり多かったのです。理由は子供のおもちゃであります。どうして子供のおもちゃは電池を使うものが多いのでありましょうか? そして、子供は電池の切れたおもちゃには関心を持ってくれないものでありました。
よほど専用乾電池とバッテリーチャージャーのセットになったものを買おうかと思ったものでしたが、数千円という値段に気圧されて、買いませんでした。
しかし、アルカリ乾電池が再充電できるというのは朗報でありました。その機械は値段も千数百円と安かったので、買って帰って使ってみました。マンガン乾電池はまったく充電できないのですが、アルカリ乾電池は数時間で充電終了します。コツは乾電池を完全に使い切らないうちに再充電することであります。同じ電池を10回も再充電すると、メモリー効果でもあるのか、容量が少なくなってきて使い物にならなくなります。何回充電したか電池にマーカーで線を引いて記録したりなんかして・・・。
欠点としては、充電した電池を使わないでおくと、液漏れを起こして粉を吹いてしまい、残量がなくなってしまうことです。かといって未充電の電池を放っておくと、完全に放電してしまって、再充電できなくなります。
つまり、このアルカリ乾電池のリサイクルは、電池をコンスタントに消費している状態でないと維持できないわけであります。
もう子供も電動のおもちゃで遊ぶ年齢ではなくなってきた(かつ、まだポータブルゲーム機を買い与えてはいない)ので、中古の電池のストックも充電器もゴミとして捨てられることになったのでありました。
2005年03月18日(金) 最近の出来事を網羅的に 僕の部屋に電話工事が来ることになって、あわてて掃除などをしました。
「僕の部屋」という名前の、パソコン部屋兼家族の物置には、親族以外は電話工事の人しか入ったことがありません。例外は、長野にオリンピックが来る時に英語でAA会場案内図を作るために打ち合わせに仲間が訪れたこと(ほんとに英語を話す人が来たんだよね、あのときは)と、その次の年のラウンドアップの打ち合わせをAAメンバーとした、この2件だけであります。
そのように他人が来ることを前提にしていない部屋なので、すごい散らかりようなのであります。
電話の工事は、実際にはインターネット接続の光ファイバーを100Mbps共有から1ギガ共有へと品目変更をするための配線替えであります。今までだって十分高速回線だったんだから、それ以上にする必要なんてないだろう・・・などと言うと「必要ないからやらないだぁ? をたくの風上にも置けない奴」となじられてしまうので、必要なくても高速化したのであります。まったくオタッキーの世界も大変であります。
これを申し込んだのは、まだうつで休職するなんて考えもしなかった12月でした。それっきり忘れていたのですが、2月になって正式の申し込み確認が来た時に、工事の人が部屋にやってくると思っただけでうんざりと思い、断ろうと思ったのですが、工事費がタダ同然とう勧誘に負けてしまいました。
そんなわけで、今週の木曜日が工事日でありました。前日の水曜日はとても頭が痛かったのですが、がまんしながら部屋の中にとっちらかった段ボール箱をつぶしたり、パソコンソフトの箱を捨てたり、本を売って間が開いた本棚に書類を詰め込んだりしてから、やっとAAミーティングに行ったのでした。
木曜日の工事なんて、実際には1時間ぐらいで済んでしまったし、僕はただ部屋の隅っこで待っていただけなので疲れる要素はないのですが、終わってみると、ここ2〜3日「自分としては久しぶりにがんばった」結果、どど〜っと疲れが出てしまって、精神的にうすらぼんやりした状態になってしまいました。
自分ではうつもだいぶ状態が良くなってきたつもりでいたのですが、医者に言わせれば「やっとすこし上り坂になってきたってところですかね」とたしなめられてしまう程度のものであります。考えてみれば、抗うつ薬を限界量ぐらいまで飲んで、やっとこの生活を維持しているわけですから・・・。
木曜の夜には、なんか頭の真ん中に鈍い固まりがあるような感じで落ち込んでいました。そんなんでも助かっていたのは、この6日間のうち(委員会やメッセージも含めて)5日はAAメンバーと顔を合わせていたからでしょう。偉大な力は仲間を通して僕に働きかけているのは疑いのないところであります。
今日は昼に起きて、何をしようか考えたのでしたが、「まず自分のやりたいことをしよう」と思い、雑記&NEWSのニュース検索のスクリプトの修正を一日かけてやっていました。プログラミングの軽いリハビリと自分に言い聞かせながら・・・。
朝日新聞のサイトがリニューアルしたので、検索する側も対応しないといけません。これは「他人のふんどし 検索にも対応しました。朝日・読売・毎日・日経・Yahooニュース以外のサイトも表示されるようになりました。どうしても同じ内容の記事があちこちの新聞で重複することになります。なるべく重複ははじくようにしていますが・・・。ビジー・ジョエルの入院記事でいっぱいになってしまいました。
「ウィーンは君を待っている」と教えてくれたのは、ビリー・ジョエルあんたじゃないか。長い人生何ヶ月かのんびりしたって大丈夫だよん。やりたいことをやらなくては、ウィーン(人生の終着駅)はすぐにやってきてしまうんだから。
まあ、やりたいことを見つけることが先決だったりするんだけどね。
2005年03月15日(火) 古本を売る 結婚した時に、僕は婿入りであったので、本を大量に持ち込むのはまずいと思い、たった数冊の本を携えてきただけでありました。それが今では本棚二つにスチールラックひとつ、あとカラーボックスふたつに増殖しています。
最近ではそれに入り切らなくなったので、床に平積みになっている本がだいぶありました。
木曜日には光ファイバーの工事がある予定なので、いくらなんでも散らかりすぎているのはまずいのであります。
しかたないので、B○○K ○FFに本を売るべく持って行きました。
紙袋みっつに本を詰め込んで持って行きましたが、買い取り値は1700円あまりでした。持って行った本の4割ぐらいには値が付かない状態であります。値段の安さにがっくりしないように、いつも自分に「ここに本を売りに来たのではない、捨てに来たのだ。金銭はその行動に対するお駄賃である」と言い聞かせることを忘れません。
売れなかった本は儀礼的に「持って帰りますか?」と聞かれるのですが、持って帰って他の古本屋に持ち込んだことはありません。その中には、クラウディア・ブラックのACの本や、『Itと呼ばれた子』などの読みかけの本もあったのですが、すっぱり諦めないと収拾がつきません。
査定の間に本棚を眺めていたら、『ちょこッとSister』を見つけたので、1・2巻を買って帰りました。
小さい頃にサンタさんに妹をお願いしたら、思春期になって「妹」がプレゼントとして届けられて・・・という荒唐無稽な設定であり、なおかつかわいい妹と二人暮らしという話でありながら、ストーリィがエロに走らず、という馬の背中に乗っているような微妙なバランスのマンガであります。
レンタルショップで『紅の豚』『海かきこえる』『少林サッカー』を借りて帰りました。これを選ぶのに1時間も立ちつくしてしまいました。多少は運動になったことでしょうか。
2005年03月13日(日) 自己責任 病院メッセージに遅刻してしまいました。
理由は道が通行止めになっていたからです。
ウソです。すみません。
途中で「ラーメンぐらい食べていく時間があるだろう」とたかをくくってパーキングエリアに入り、なおかつそこで「お、ソースカツ丼がうまそうだな」と選択を変更してしまい、おまけに店のおばちゃんに、「揚げるのに5分以上かかるけどいいかい?」と聞かれて、文句を言い返せなかったのです。
病院メッセージは仲間がちゃんと司会・進行をしてくれていました。
ひさしぶりにスポンサーに会いました。
相変わらず病気が出ているそうで、この前会った時はベンツに乗っていたのに、今回は軽自動車になっていました。この車で最後にするといういいわけはもう言われませんでした。
一時期太ってしまったそうで、10キログラム以上痩せたそうです。
おもわず「どうやって?」と聞いたところ、「一日2食にして運動するんだ」というしごくまっとうな答えでがっかりしてしまいました。(ああ僕も「楽して痩せたい」人間の仲間入りをしてしまったわけです、いつのまにか)。
終わったあと少しAAの仲間と話をしました。
AAに限らずに、心の問題は結局のところ「自己責任」なんだということです。
そりゃアルコール依存症になったのは、遺伝とか環境とか運が悪かったとかあるかもしれませんが、それを解決する責任は自分自身にあるわけです。
対人関係だとか、仕事のことで悩んでいる人も、自分の問題(自家製の問題)としてとらえることのできない人は、結局は問題を乗り越えられないんだという話でした。
「誰かが何とかしてくれる」のをただ待っているだけだったり、自分以外の「誰それが悪い」と嘆いているだけでは、乗り越えるエネルギーは生まれてこないのです。
そういえば、何年か前に主治医に「21世紀は自己責任の時代ですよ」と言われたのですが、こういうような意味だったのかもしれません。
2005年03月12日(土) WHEN A MAN LOVES A WOMAN ようやく『男が女を愛する時』を見ました(DVDで)。
寝る前にちょっとさわりだけ見ようとしたのですが、引き込まれてしまって、結局夜更かし&寝不足ということになってしまいました。
アンディ・ガルシア演じる夫のでるミーティングは Al-Anon となっていて、「献金で運営されているので・・・」という言葉と共に袋が回っていきます。メグ・ライアン演ずる妻のほうのでるのは meeting となっていて、はっきりAAという言葉は出てきません。このミーティングが、字幕では「セラピー」「治療」「断酒の会」というふうに様々言葉で訳されていました。まあ、かの国でのAAのマーケットシェアは現在4割だという話でありますが・・・。
酒を止めた妻は、すっかり断酒仲間と仲が良くなってしまって、旦那がそれに焼きもちを焼いて・・・、というのはどこでも変わらぬパターンなのでありましょうか。
男は女を深く深く愛していたのであるが、その愛では彼女の依存問題を救うことはできないのでありました。言ってしまえば、ただそれだけのストーリィであるのですが、最後はすがすがしい終わり方であります。
物語のあちこちにちりばめられたのは「謝罪」であります。夫が妻に、妻が夫に、そして子供に・・・。それはパイロットというスペシャリストな職業に就いている白人の夫が、ろくに英語もしゃべれないようなコミュニティにいる中国人のベビーシッターの小娘に頭を下げに行くシーンに象徴されているのかもしれません。
日本にアル中が230万人というのは、アルコール消費量から計算式で推算した数字であります。同じ式をアメリカに適用すると、アメリカのアル中人口は3000万人になるのだとか。実に人口の1割が依存症という国のストーリィであります。
夜は地区委員会に出席。明日は雪が降るのだとか。病院メッセージだというのに。夜更かししないで早く寝る「努力をしよう」っと。
2005年03月10日(木) ハンダ付け ヘッドセットを使って音声入力をしようとしたら、マイクからパソコンに音が入りません。
いろいろ調べた結果、パソコンの中でマイク信号を回す配線が切れているのに気がつきました。ハンダ付けで直すことにしました。
ハンダごてとハンダは工具箱の中ですぐに見つかったのですが、熱くなった半田ごてをおいておく台と、部品を固定する万力がみつかりません。
そういえば昔はそんな台は持っていなくて、タバコを吸いながら灰皿を台代わりにして使っていたんだっけ・・・と探したら、冷蔵庫の上から灰皿が出てきました。
タバコを吸わなくなってもう何年も経つのに、年に何回かやっているハンダ付けのための万力が見つからないのはなぜでしょう・・・。
結局本棚の奥の方から、半田ごて台と万力は無事発掘されました。
ハンダ付けはすっかり下手になっていましたが、マイクは無事使えるようになりました。
2005年03月09日(水) 飲酒運転 郊外の居酒屋に広大(?)な駐車場が完備されていたりする土地柄であります。
AAミーティングからの帰りに車を運転していると、どうも前を走っている車が飲酒運転なのではないか、というような気がするときがときおりあります。
そりゃ僕も飲酒運転の経験がないこともないこともないこともないわけですが、見ていて気が気でない感じであります。
まず車線内を右へ行ったり左へ行ったりふらふらとし、場合によってはセンターラインをはみ出していたりします。妙に速くなったかと思うと、こんどはずいぶんゆっくりになってみたり・・・。一つ前の車との車間距離も縮まったり開いたりであります。
居酒屋に言わせれば、駐車場は運転者本人のためのものではなく、運転して帰るのは酒を飲まない同乗者であり、はたまた世の中には運転代行業者というのもあるので、必ずしも運転者に酒を飲ませる利便を図っているわけではないんだよ、ということになるんだそうであります。
そうは言っても、忘年会なんかの会場となった居酒屋には、会社から乗り合わせていくんだけれど、散会後に会社から自宅へ帰る車は、各自自分の車を運転して帰るのがさも当然という世の中であったりするわけです。
僕は飲まないともう皆がわかっているので、慎重派の方々からは「自宅まで送ってくれ」と頼まれることにはもうなれてしまいました。
さて、飲酒運転(?)でふらふら走っている車の話に戻るわけですが、そうした車のあとをついて行くと、どうしても苛々してしまうのですが、ここで無理に追い抜いたりして、あとで追突されたりするのもかなわないので、しかたなく車間距離を十分にとって、おとなしく後ろをついて行くぐらいしか策がないのであります。
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