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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2004年09月12日(日) 行ってみたいと思いませんか? 誘っても誰ものってこなかったので、例によって一人で高速バスで東京に向かいました。
夢の島に行ったのは、多分生まれて初めてだと思います。
一泊研修会と名がついていますが、雰囲気は気楽なものです。そして、皆の真剣さ、まじめさに圧倒されました(と言いながら寝てたりしましたが)。
僕のシェアリング・パートナーとなってくれたのは、ソブラエティ7ヶ月の青年でした。彼がスポンサー役となってくれて、ステップ4・5の表を作り、一緒にステップ8・9の埋め合わせのプランを立てました。
夜の「経験交流会」のお話も楽しかったです。
AA全体に共有されているものがprinciple(原理)であり、人それぞれの解釈がstepであるというお話には納得しました。one's step(だれそれのステップ)という言葉が、やっと理解できました。
誰かがビッグフットはAAではないと言っていましたが、僕にはその真意は理解できません。
確かに「AAとはこういうもの」という固定観念を激しく揺さぶるものではあるのですが、多くの人たちにとって見れば、単なる「食わず嫌い」現象が起きているだけなのでしょう。
感想を記すなら、ステップ全体への見通しが良くなってステップへの信頼が増したこと。
日ごろステップに取り組んでいない自分が少し恥ずかしくなったこと。
「単純にしよう」という言葉の意味が実感できたこと。
そんなとこかな。
そういえば こちら のグラフですが、土曜日の訪問者数がかなり落ち込んでいます。そのぶんの人が夢の島にいたということなのでしょうか?
2004年09月10日(金) 面接 内定をもらった会社の管理部門との面接に行きました。
形式としては「請われて入社する」という形になっているものの、管理者たちは決して僕らを歓迎してはいないことを思い知らされました。自分もその管理システムの一環に組み込まれるかと思うとぞっとします。
会社に属するってことは、なるべくなら手渡したくない何かを、会社に手渡してしまうってことなんだなと感じました。
1時間の面接が終わった後、「ほかに何かないですか?」と促されましたが、なにかが記憶の片隅に引っかかったままで思い出せません。帰り道の高速道路の上で、「AAのことを話すのを忘れていた」ことを思い出しました。
一緒に働いていた連中には、AAのことは話しておいたのですが、彼らの理解では、私はボランティア活動をやっていることになっているのです。金銭的な利益を得られないことを、好んでやるのは、ボランティアであろうという推測でしょうか?
そういえば、面接で「何かボランティアをやっているとか?」と聞かれたので、「えっ」と答えたのですが、「会社としてはプライベートなことには立ち入りません」ということで、その話題は終わってしまったのでした。思えば、それを話のきっかけにできたのかもしれません。しかし、話は「転勤は難しいね」という話へ転がっていってしまいました。
帰ると、アマゾンに予約しておいた「酒とバラの日々」のDVDが届いていました。
裏面のうたい文句に「仕事のハケ口を酒で紛らわせる夫に、妻もまた・・・」とありました。変な日本語であります。「ストレスのはけ口を酒に求める夫に」とか何とかならなかったものでしょうか。「お互いのためにも子供のためにも力をあわせて必死に更生しようとする」・・・こ、更生ですか。まるで犯罪者ですが。「立ち直る」とかになりませんか。
ジャック・レモンの名演であります。
十分睡眠は取れているのに、睡眠不足であるかのように、頭の真ん中に芯ができたような鈍い痛みが取れません。どうやらまた「うつ」の季節がやってきてしまったらしいです。最近調べたところでは、うつの深さは薬で浅くできるけれど、良くなるまでの周期は薬では短縮できないのだそうです。季節が巡るのをじっと待つばかりです。
2004年09月09日(木) バランス 土曜・日曜と泊まりのAAイベントに行く予定です。
純粋に自分の回復のために、泊りがけでAAイベントに行くのは久しぶりです。それだけに楽しみであります。
土曜日の朝早く高速バスで出て、日曜日の夜に戻る予定です。
が・・・、仕事のほうも押していて、来週火曜日から現地へ泊りがけで出かける予定です。
うーん。普通にやっていては追いつきません。また徹夜する日々が戻ってきそうです。
仕様追加のメールが入ってますし・・・。
最悪、火曜日夕方まで自宅で作業して、火曜夕から移動、晩はホテルに泊まるだけで、水曜朝から現地入りまで延ばしたにしても、間に合うかどうか。
仕事に火がついていても、AAイベントに行っちゃうときは行っちゃいます。そうは言っても、いつも仕事をけ飛ばしているわけではなく、病院メッセージみたいな大切なことを仲間に押し付けて、仕事にいそしんでいる場合もあります。
どういう基準で判断しているのか、自分でも判然としません。
今回もすっかりAAイベントのことは半分忘れて、半分諦めていたのですが、土曜日に泊まる施設から、宿泊の確認電話がやってきました(リコンファメーションというやつですか)。そこで「キャンセル」と言ってしまえばそれまでだったのですが、寝ぼけた声で「はい」と答えてしまった時に賽は投げられたのでしょう。
仕事に無責任なAAメンバーは、ともするとAAに対しても無責任なことをする、と僕は考えています。かと言って常に仕事優先だと、自分の回復がおろそかになります。仕事もAAも大切だから、常にそのバランスに悩んでいます。
まあ、うつ病者なので、仕事もAAもバリバリの時もあれば、どっちも放り出していることもあるんですけどね。
えっ? もっと前に、ヒマだと言って寝ていないで、せっせと仕事していれば良かったじゃないかって? 「それを言っちゃおしめーよー」というやつです。
「仕事が3、AAが3、家族が3、自分が1」というのが、いつか昔スポンサーに提案された(精神的)バランスの割合です。たいていいつも、最後の「自分」ていう項目が一番になっていて、後から後悔するんですけどね。
2004年09月08日(水) 口臭 徹夜明けだったこともあるのでしょうが、配偶者に「口が臭い」と言われてしまいましt。
だいたい徹夜明けってのは、歯肉がぶよぶよして自分でも気持ち悪いぐらいです。座り続けているせいか、腸の働きが鈍くなって「バスッ」と大きなおならをしたりして、なかなかに最低の状態です。
胃腸が悪いと口臭がすると言いますが、病気というほどでもありません。思い当たることがあるとすれば、「虫歯」でしょうか。実はここ2〜3ヶ月、下の左の奥歯2本の表面がざらざらしています。痛いということがないので、ほったらかしにしているのですが、十中八九虫歯に違いないでしょう。一生懸命キシリトールで歯磨きしていますが、多分意味はないでしょう。
中学生のころ歯医者に行ったきりで、20年以上行ったことがありませんでした。(今のところ)最後に精神病院に入院していたときに、ヒマだったので歯医者に通いましたが、なんだかすごい下手な医者で、噛み合わせが悪くなって頭痛の原因になってしまいました。
酒をやめて、車のローンも片付いて(親に片付けてもらって)、金銭的に若干余裕ができたころ、まとめて歯医者に通いました。20年分の歯石を取ってもらうのは、すごく大変でした。頭痛の原因の歯も再治療してもらいました。上顎の親知らずを両方とも抜いてもらいました。
下顎の親知らずも「虫歯の原因にしかならないから、抜こう」と先生に言われたのですが、お断りしました。そして、案の定、虫歯になったというわけです。
昔は、健康保健が社保本人だと1割負担でしたから、会社を辞める前には歯の治療をしたものだと聞きました。今は国保でも社保でも3割負担は変わらないので、会社が閉まることになっても、あわてて治療したりしませんでした。
あんまり歯医者好きじゃないんですよ。酒を飲みすぎたせいか、麻酔の効きが悪くて、痛い思いばかりするからです。でも、10月になって少しヒマになったら行こうかな・・・と先延ばししています。
2004年09月07日(火) man at work 水曜日締め切りの仕事のために、徹夜でがんばっております。
そろそろ台風も通過したようで、窓の外も静かになってきました。
明るくなったら、コンビニにマンガ雑誌でも買いに行きましょう(息抜き)。
完成したら寝ます。
2004年09月06日(月) すべては過ぎ去る そう、すべての事象は過去になってしまいます。どんなに自分で苦しんだことも、人を苦しめたことも、すべては「過去」という名でひとくくりにされてしまうのです。
過去に囚われて生きるのか、過去から自由になって生きるのか?
例えば進行したアルツハイマー病の患者のように、記憶という牢獄から自由になった人間であれば、「過去を忘れて、過去から自由になる」ということが可能なのかもしれません。
でも、過去から自由になるのに、過去を忘れるという手段は、必ずや失敗を伴います。例えば、とても恥ずかしい思いをしたことや、とんでもなく人を傷つけてしまったのに償いできていないことや、とんでもなく痛い思いをさせられたのに報復でいないでいること・・・。それらを忘れようとしたところで、神が人間に与えた「思い出す」という能力が、忘れることによる過去からの開放を許しません。
一人暮らしで飲んでいたころ、過去のちょっとした事象を思い出すと、たとえば悔しさだとか、無念さだとかも一緒に思い起こされ、感情がそれに支配されて一日が憂鬱になってしまいました。また、「あの時、これではなく、あれを選んでいたら、人生はもっと違っていたかもしれない」という後悔に付きまとわれていたこともあります。
そうした過去は、一刻も早く忘れて、永遠に思い出さずにいたいと思ったものでした。しかし、それは無理な話でした。
いまAAミーティングで時間を与えられると、僕はきょう以前の過去の話をします。「過去を探求しなさい」「なるべく正直になりなさい」「格好をつけないように」とアドバイスされました。そうやって、わざわざ思い出して話をするのは、過去に囚われることになるのではないかと思うかもしれません。しかし、人に話してしまうことによって、過去は客体化され、そして人は過去から自由になって生きていくことができるのです(たぶん)。
「思い出す」という能力が、過去の心の傷をえぐり出したとしても、もうその感情に支配されることはありません(だといいね)。
忘れようと努力することによって過去に囚われ、話そうと努力することによって、人は過去から自由になれるのでしょう。
僕は過去に母親が付けていた日記を読んで、その内容に戦慄しました。
僕はミーティングで正直な話をしようと努力していると自負していたのですが、自分の話より現実はもっと強烈でした。
アル中のぼやけた記憶が都合の悪いことを忘却させ、プライドが物語を装飾し、虚栄心が美化をし、目立ちたいという本能がドラマティックに仕立て上げます。だから、僕の話していることも(たぶん他のメンバーが話していることも)99%が虚構でしょう。
だけれども、僕の考えでは、正直さの絶対量なんか問題にする必要はないと思うのです。話したいという方向性、より正直にというベクトル、それが人を過去ではなく現在に生きさせる力になるのでしょう。
年月を経た人の話は、内容は悲惨であっても、どこか美しいドラマになっています(恨み節が含まれてなければね)。その人の中で過去が過去になった表れでしょうか。
2004年09月05日(日) 秋の訪れ 9月に入ると、あっという間に秋の訪れを感じます。
ついこの前まで、短パンに下着代わりのTシャツという姿で過ごしていたのに、今ではそれでは寒くてたまりません。長袖のパジャマで、靴下も履いております。
机の上においてあるディジタル気温計は、8月上旬は32℃あたりを示していたのが、今は26℃ぐらいであります。26℃でも十分暑いと思うのですが、寒いと感じてしまうのだから、人間の体は不思議であります。
外気温はそろそろ20℃ぐらいになっているでしょうか。車のオートエアコンが、冷房を切って送風だけになる季節であります。
そろそろ『酒とバラの日々』のDVDが発売になるようです。もうずいぶん前にアマゾンで予約してあるので、来週あたりには配達されてくるんじゃないかと期待しています。もう少し古い『失われた週末』も探しているのですが、現在在庫切れだそうです。
もっともここのところ何日か、日程的に追い詰められて仕方なく仕事に取り掛かっております。そうやって自分を追い込まないと始めない「小学生の夏休みの宿題」みたいな性分は、自分で叩き直さないといけないと思ってはいるのですが、直りそうもありません。
で、日程的に苦しい中で仕事をしていると、何かほかの事に逃げ出したくなるものです。例えばDVDを見るとか・・・。
『男が女を愛するとき』もまだ見てないし、『リービング・ラスベガス』もまだ見ていません。感想なんかをこの雑記に書いている日は、仕事から逃げ出した日だと思ってください。
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