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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2003年12月14日(日) あー、おなか痛い 92年のワールド・サービス・ミーティングの報告書を探しているのですが、なかなか見つかりません。JSOにはもう在庫はないそうです。10年前にグループとしてきちんと機能していて、報告書を受け取っており、それを10年間保存しておいた人、なんて滅多にいるものではありません。
自分の最後に退院した病院へメッセージ活動。往路は高速道路を使いすぎて、時間が一時間近く余ってしまいました。
病院というのは普通地元の人が一番多いのでしょうが、精神病院となると話は別で、地元の人が少なくなる傾向があります(長野県のような田舎だけかもしれないけど)。それはアルコール依存症でも変わらなくて、みんな地元で名の知れた「キチガイ病院」に入るよりも、距離のあるほうが少しはマシだと思うのかもしれません。まあ、みんなそれぞれに事情も違うでしょうから、いちいちたずねてみたりはしませんけど。
病院の近くでミーティングをやっていると、入院患者さんがミーティングに来たりして、けっこう良い関係が築けることもあります。でもそういった患者さんが、退院して戻っていった地元のAAミーティングにつながる率は結構低いものです。そうすると、「あそこのグループは何やってるんだ。ひきつける魅力がないんじゃないか」とやっかみたくなるのは、人間としての悲しい性でありましょうか。
今日は一日中「ごろピー」でありました(腸弱用語集参照)。往路は病院近くのショッピングモールで、復路は途中の市の文化ホールでお世話になりました。文化ホールのトイレはなかなか格調が高くてよろしかったです。自分にご褒美という意味もこめて、ラーメンを食べに寄りました。でも、午後の4時に開いているラーメン屋さんを探すほうが大変でした。
そろそろスタッドレスタイヤを履いた車も見かけるようになりました。でも、早くからスタッドレスを履く人は「よほど山奥」に住んでいるとみなされる傾向があるので、人並みでありたいものです(単に交換が面倒なだけだけど)。
年賀状の宛名印刷もトイレへ。今日は何回トイレに行ったことでしょう。それでも、最近のプリンターは信頼性があがっていて、ちゃんと見張っていなくてもきちんと印刷完了してくれました。
2003年12月13日(土) 気分はもう年末 高原の湖にあるホテルの前の道路には雪が積もっていました。そしてホテルに泊まっている人たちはスキーヤーでした。AAメンバーの車はノーマルタイヤでしたが、滑らずにすみました。
とりあえず、いつもどおりのラウンドアップはできそうな感じです。上野駅から茨城県の一番福島県寄りまで行くよりも、新宿駅から山梨寄りの長野県に行ったほうが近いんだよ、きっと。なんて言ったら春のラウンドアップ関係者に叱られてしまうかな。
帰りに自分の車にガソリンを入れようと思ったのですが、ちょっと逡巡している間にセルフのガソリンスタンドを通り過ぎてしまいました(ちょっと高めだと思ったのさ)。でも、その後ず〜っとスタンドがなくて、結局フルサービスのスタンドに入ってしまいました。5円差で約50リットルだから、約250円の差ですね。窓拭き賃に250円は高かったかもしれない。
それから、990円の散髪屋に寄って帰宅。
AAの文書などつつきまわしている間に夕方になりました。あわてて年賀状のデザインに取り掛かり、約10分で完成させたので、いわゆる手抜きであります。めったに使わない清書用カラープリンターは、めったに使わないだけあって使い方が判らず、説明書の入ったCD-ROMを探す羽目になってしまいました。
とりあえずAA関係用の四十数枚の裏は刷り上ったので、宛名のほうは明日の夕方にとりかかることにします。
2003年12月12日(金) あれもしたい、これもしたい 明日は来年の10月にやるラウンドアップのホテルの下見に行く予定です。
別に何時に行ってもいいのでしょうが、お昼時にかかると相手に気を使わせてしまうという問題があるので、午前9時集合だそうです。ああ、休みの日なのになんて朝が早いのだろう。まあ、それはともかく、朝方にかけて雨が降りそうなのがちょっと不安です。
アメダスのデータを見てみると、夜半前なのに県内は0度になっている地点もたくさんあります。このまま冷え続ければ、やばいかも。それに、ホテルはスキー場のふもとだったような・・・。でも、これからスタッドレスタイヤに履き替えようという気にはなれません。
この週末に、AAの仲間向けの年賀状を印刷したいと思っています。来週末は忙しいし、その次になるともう年末です。最近はぜんぜん会ってなくて、年賀状だけしかやりとりがない相手もいます。こうなると年賀状というのは「生存証明」みたいなもので、飲まずに無事に生きているぞ! と伝え合う手段のようなものです。
たとえコンビニで買って一筆書いただけのものでも、「おーい、生きてるかー」という掛け声となって、お正月をにぎわしてくれるのです。
(ま、出さないメンバーは出さないんだけどね)
霧が出てきたようです。気温が下がっても地面があったかいから雨が蒸発しているのですね。雪になっても道路上は解けてしまって、積もることはないでしょう。それでもスリップには気をつけなくちゃね。
2003年12月11日(木) 御礼 ホームページのアクセスカウンターが2万を越えています。1万になるときには毎日注目していたのですが、今回は気が付いたらもう2万千を越えていました。
なるべく目立たないように縦長のホームページの一番下に置いてあるってことと、自分はホームページはほとんど見ない(「僕の徘徊先」のページを使っている)せいです。
気にしているのは、アクセスカウンターの集計のほうで、こちらは毎日何人が訪れてくれたかを数えてくれます。これが増えた減ったと一喜一憂しているわけです。ここ数ヶ月は35〜60人ぐらいの数を上下しています。増減の理由は探れませんが、「土日は減る」「更新があったときは増える」「掲示板が熱いときは増える」という傾向があります。
時間別に見ると、23時〜1時が最も多いのです。0時か、日付が変わってから訪れるかで日別カウントが大きく変わってくるのでしょうね。次第に減っていって、明け方にゼロ近くになります。それから昼間はゆるやかなピークとなります。以前は昼休みはグラフが凹んでいたのですが(皆さん業務時間中に見てるのかな)、最近は9時前、昼休み、午後5時過ぎに小さなピークがあります。午後6時・7時は少なくて、それから夜中に向かって増え始めます。
ホームページの設計は「目次型」で、これは言ってみれば雑誌の表紙がそのまま目次になっているようなものです。デザイン面では不利なのですが、アーカイブ(資料館)を目指しているので、これでいいかなと。
最近は年末であることもあって、なかなかサイトの更新もままならず、更新されているところといったらこの「日々雑記」ぐらいで、あとは掲示板に少し動きがあるぐらい・・・。なのに毎日きてくださる方に感謝しております。
AAメンバー向け年賀状と、このサイトのお正月三が日特別バージョンのデザインを共通にして手間を減らそうという魂胆です。
2003年12月10日(水) ハッピバースデー・マイ娘 今夜は上の娘の誕生日をやりました。実際の誕生日は明日なのですが、明日はAAミーティングで僕は夜遅いので、一日繰り上げたというわけです。
下の娘も一緒に大騒ぎの一晩でありました。
「パパはなんで明日いないの?」と聞かれましたが、「いつも木曜日は遅くなるじゃない」と言って答えをあいまいにしてしまいました。パパがやっているAAというのは、英語に関係があるらしい、ということだけしか理解していないみたいです。当分はその誤解を守っていきましょう。いつか彼女も真実を知るときも来るのでしょう。
娘二人は、僕が酒を止めてから生まれましたから、僕が飲んでいるところを見たことがありません。だから、何のためにパパの帰りが遅くなるのか、実際のところはよく理解できていないでしょう。
いつ、どんなふうに伝えたらいいのか? 悩んだ時期もありましたが、最近は、時期が来ればハイヤーパワーが答えをくれるだろうと信じています。だからもう悩まない。
2003年12月09日(火) 真実は人を自由にする 僕は悲しい事実に直面しています。それは、僕の使っている部屋の面積(いやもう体積を問題にしたほうがいいな)は有限であり、新しいものを入れるためには、なにかを犠牲にしなくてはいけないということです。いままでは捨てるものは雑誌などで済んでいたわけですが、いよいよ狭くなってきて、たとえば仲間が時間をかけて書いた文書だとか、送られてきた郵便物だとか、そういったものを新聞紙と一緒にストックに突っ込むのはつらいことです。
それから、借りているだけで、早めにコピーして返さなければ・・というようなものもいくつかあったりして、せっかくコピー機も買ったのに、時間がないのは嫌なことだなぁと嘆くわけです。(業務用と違って家庭用は遅いのです)。
人間の生き方も同じようなもので、新しいものを入れるためには、過去の人生の残骸を片付けなければならないということでしょうか。例えば僕は、東京でフリーのソフトウェアエンジニアとして仕事をしていきたかったし、そのための能力も十分あると思っていたのです。酒が自分をそこから弾き飛ばしてしまっただけであると思って自分を慰めていたのです。しかし、自分の乏しい自己管理能力では、酒に足をとられなくても、走り続けられたかは疑問です。能力というのは生活力も含めた総合力なんだろうから。
まあ、今は家賃を払わなくてもいい住居を与えられていることに感謝しましょう。
新聞をめくっていたら幼児虐待の連載記事が目に留まりました。中にアダルト・チルドレンの言葉がありました。10年前のアダルト・チルドレンのブームが何を残したのかは僕にはわかりませんが、少なくともACという言葉を定着させた功はあると思います。
2003年12月08日(月) 月の光の下を走りながら 月曜日と木曜日は、僕はほとんど残業しないということが職場で定着しております。まあ、忙しければすくに消し飛んでしまうような暗黙の了解に過ぎないのですが、僕はこの暗黙の了解(というか既得権)を守っていかなければなりません。つまり、ミーティングに出るために職場から脱出しやすい状態を保っていかなければならないのです。
そのためには、他の日にはそれなりに「がんばって」仕事を片付ける必要もあり、月曜と木曜には夕方まで仕事が残らないように気を配っているのです。もっとも、僕の仕事は「ヶ月」単位で進む仕事ですから、仕事がきれいに片付いた状態で職場を後にすることなど珍しいのですが・・・。
月曜日はホームグループのミーティングではなくなったので、それほど気にかける必要ななくなったのですが、週2回よりミーティングを減らしてしまうと、おそらく辛くなってしまうでしょう。それは、仕事で出張していて何週間もミーティングに出られないでいると、だんだん神経がささくれ立ってくる経験から推し量れます。そんなわけで、フリーになった月曜日も、どこかのミーティングには出るように努めています。
有料トンネルを抜けながら、「自分はいったい何をしているのか」と考え込んでしまいました。それはつまり、なぜそうまでして時間と金と体力を使ってミーティングに出なくちゃならないのか? という疑問です。最初のうちは「自分が助かるため」だから自明です。その次には「他のアル中を手助けすることで、ソブラエティが得られる」というピンクの雲に乗っているわけです。そのうちその霧も晴れてくると、「だからといってそこまでする必要があるのか」という疑問に捕らわれるわけです。
これはとても常識的な考えですから大切にしないといけないと僕は思うのです。信仰とは感情に溺れることではなく、理性を納得させる必要があると。そして僕の理性の結論としては(過去の経験に照らして)「そこまでする必要がある」というわけです。感情では「めんどっくせー」と思っていても、仕事と同じで「好きであるか嫌いであるかともかくやる必要があること」をやっているのだと。
「自分ひとりじゃ助からないし続けられない。だから、他の人を引きずりこんでいくんじゃないか」と仲間が言いました。ほかの誰でもない、ただ自分のためにやる。そうやってAAは始まったし、これからも続いていくのでしょう。
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