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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2003年10月24日(金) 善さ 自らの無力を認めつつも、さらに「やる気」(ステップ3)を求められる。AAのプログラムとは難しいものだなと思います。
水・木・金と深夜までヘビーな仕事が続きましたが、明日土曜は午前中に(たぶんヘビーな)会議をやって、午後からは解放されそうです。明日の話にもよるのですが、おそらくもう一度台北に来ないといけないでしょうね。
考えてみると、前回台北に機械を持ってきたのが2年半前です。その夏に長い休みをもらい、夏の終わりからWebで日記をつけ始め、そして半年後にホームページが公開されたというわけです。いろんなことがあったあの一年から、もう2年もの時間が流れてしまったのかと思うと感慨深いです。
今年の夏に、東京でのAAの委員会に出席していたら、ある方から「(遠くから)ご苦労様ですね」と言われたのですが、僕はなんと応えるか少しだけ思案したあとに「道楽でやっているわけではないですから」と返しました。そうしたら、その方は「そりゃそうだ」と笑っていらっしゃいました。
AAも、楽しいことより辛いことのほうが多いです。だから、道楽(趣味)でやっているのなら、そんなに何年も続けられるわけがありません。仕事だって楽しいことよりも、辛いことのほうが多い、いや人生だってそういうものです。でもそれぞれ、ちゃんと意味があるようにできています。
AAのプログラムは「誠実さ」とか「善良さ」というものを人に求めています。「善さ」よりも「快さ」を求める生き方、苦ではなく楽だけをひたすら追い求めていく生き方は、かならずどこかで破綻するのです。そこまで極端でなくても、どこかにもっと「良い人生」があるように感じて、今の自分をありうべき自分として受け入れられなければ、それは自己欺瞞であり、現実の「善さ」の恩恵を無視しているのでしょう(うつ病のひとには、こういうのが多いですね)。
この年齢になると、自分がいつまでも生きていられるわけじゃないことが、はっきりしてきます。それがいつまでかは神様でしかわからないでしょうが、限りある時間をどう有効に使うかを考えたときに、「気持ちよいこと」よりも「道楽にはなり得ないAA」を、大切にしていきたいのです。
まあ、AAのプログラムがしんどいかどうかはともかく、AAそのものはしんどい存在です。なぜならそれは「人の集まり」であり、人間関係が苦手なアルコホーリクにとって「人の集まりがしんどくないはずがない」のですから。
2003年10月22日(水) マーフィーの法則どおり 例によってマーフィーの法則どおりに、「富山でではなく台北まで機械を持ってこなければテストできない部分」に重大な障害が持ち上がっています。まあそれが僕の担当のところではないだけに気楽であるのですが、おかげで僕の仕事がまったく進まなくなってしまいました。
立っていただけの一日でした。
と書いたところで昨日は寝てしまいました。今日は反省を活かして、一日椅子に座っていました。昨日よりはする仕事はあったのですが、基本的には特にすることもなく夜10時半まで待っていました。金曜日までにすべての仕事を終わらせて、土曜日は半日ぐらい台北の市内観光でもしよう、と話していたのですが、とても実現しそうにありません。
テレビも日本の番組に中文の字幕をつけたのはたくさんやっているのですが、もちろんすべて録画です。リアルタイムに見られるのはNHKの海外向けテレビだけで、これはニュース以外は見てもあまり面白くありません。日本から持ってきた本は、ビッグブックの文庫サイズ版一冊だけという潔さなので、しかたなくそれを夜に読んだりしています。
以前POPFileという迷惑メールフィルタリングソフトを紹介しました。僕は一日にざっと40通ぐらいのメールを受け取るのですが、8割は邪魔な広告メールです。以前はアダルト関係の広告が多かったのですが、最近は debt free とか clean credit card とかの怪しげな金融関係のメールが多くなっています。
ベイズ推定という手法を使って分類するのですが、迷惑メールかどうかを学習させるほど、だんだんお利口さんになってくれます。
僕の唯一の上司である零細企業の社長は、自分のところに来た意味不明のメールを、なんでもかんでも僕のところに転送してよこすのですが、そういったものも、きちんと意味のあるもの、ないものにPOPFileが分けてくれるようになりました。たとえば、商社の人が送ってきた「先日のご商談ありがとうございました。今後ともよろしくお願いします」という、たぶんカットアンドペーストで送ってきたメールも、きちんとSPAMに分類してくれます。
2003年10月20日(月) リザーブの間違いだ 昨日の雑記に「ホワイト」と書いてあるのは「サントリーリザーブ」の間違いです。駅のキオスクで見て、改めて自分の間違いに気がついた次第です。あまりウィスキーを好んで飲まなかったので覚えていなかったのです(と言い訳)。
好んで飲んだのはジンとかウォッカなどのスピリッツ(火酒・酒精)のたぐいです。タンブラーになみなみとジンを注ぎまして、それをゴキュゴキュと飲み下しますと、胃のあたりが急に暖かくなって、その暖かさが上へこみ上げてきます。それと一緒にセブンスターに火をつけまして、深く吸い込んで吐きますと、この世のものとは思われない快感に襲われるわけです。
ふた口めからは、ひと口めほどの快感は来なくなり、3度・4度と続けるうちに泥酔の酒へと変わっていきます。あの快感を得られるのは一日に一度だけで、しかもある程度健康でないとその快感は戻ってこないのです。
毎日深酒をし、24時間アルコールが抜けず、胃腸が荒れて痛んでいるような状態では、最初の一杯は何の快感ももたらしてはくれません。ただ「次の酒にありついた」という安心感だけがあるだけです。それでありながら、心の奥底ではあの「たまらない快感」を再現しようと追い求めているのです。
飲み過ぎるために飲み始めるのではないのに、気がつくと飲みすぎているというのがアル中の不思議なところです。
あの「次の酒を求める」強い強い欲求は、いまでは薄まってしまいましたが、あの「欲しい」感覚を凌駕するほどの、別の欲求はいまだかつてありません。女の体を求めるにせよ、金を求めるにせよ、空腹で食物を求めるにせよ、あの「酒の飲みたさ」の強さにはかなわないでしょう。
台湾のコンビニもずいぶん品揃えが豊かになりました。1月1日からコンビニのビニール袋が1圓(日本円で3〜4円)の有料になったそうです。「くれ」と言わないと、品物をごろんと渡されるだけです。袋はもったいないので次回も持参します。おかげで、街路のごみのポイ捨てがずいぶん減ったという話です(ごみも袋と一緒に持ち帰るから)。
2003年10月19日(日) 昔話 飲んでいた頃も出張には行っていました。トラブルばかりでしたけど。
東北の角館に3泊4日で行ったときが一番ひどかったです。移送した機械が正常に動いているかどうかをチェックするだけの仕事だったので、夜は飲みすぎ、昼は二日酔いでうんこ座りして寝ていました。3日目の朝に、もう帰っていいよ、と言われたので、昼に角館から特急電車に乗りました。ひとりですから、気兼ねなく車内販売の「サントリーホワイトの水割り」の缶を飲みだしました。
東北新幹線のなかで隣に座ったおじさんも酒好きの人で、飲みながら話が盛り上がったのですが、なぜだか理由は憶えていないのですが、東京駅につく頃には、口も聞かないほど険悪な雰囲気になっていました。
新宿駅で、午後6時発の「あずさ」にもう少しで乗り遅れました。7時の列車も、8時の列車もあるので、ここはゆっくり腰を据えて待つことにして、「ホワイトの水割り」と週間少年誌を買って、ベンチに座りました。自分の意識の中では20分ほどしかたっていないはずなのですが・・・ぼんやりしているところへ、駅員から「今日はこのホームからの発車はもうありませんよ」と言われて我に帰りました。9時の甲府行きの電車すら出た後だったのです。
それでも深夜には夜行の急行電車があるので、それで帰ればよかったのでしょうが、なぜだか「居ても立ってもいられない」感情の波に押し流されていました。(この「じっとしていられないイライラ感」は、飲むのをやめたあとも何年も僕を苦しめましたのですが)。
特急券を破り捨てて改札を出ると、新宿駅西口のタクシー乗り場に向かいました。そして、何を思ったか、長野県までタクシーに乗って帰ってきてしまったのです。翌日領収書を見たら7万円を越えていました。社名で領収書をもらってはあったのですが、この金額ですから経理に出せるわけがありません。どうやってこの7万円を穴埋めしたのか憶えていません。
後で聞いてみると、仕事のほうも実はトラブルだらけだったのですが、客のほうが追い返したのだそうです。
これ以来、出張にはかならず誰か付き添いがつくようになり、一人で出張させてもらえるようになるまで3年ほどかかりました。
2003年10月18日(土) 行ってきます 仕事は間に合いました。
台湾に行ってきます。26日には帰ります。
2003年10月17日(金) 信じるようになった そういえば新潟のオープンスピーカーズで『信じるようになった』を買ったのでした。原書の Come to Believe も真っ赤な表紙の本なのですが、日本語のも真似たように真っ赤な表紙であります。一年のバースディのときに仲間からプレゼントしてもらったのでしたが、その後誰かにあげてしまったらしく、手元にありませんでした。そのくせ原書のほうは買った覚えもないのに2冊もあるのです。
なぜ仲間が僕の一年のバースディにこの本をプレゼントしてくれたか思い出しました。9ヶ月ぐらいのときから、僕は自分のハイヤー・パワー(神)を探しつづけていたのでした。ミーティングでもそんな話を繰り返していた憶えがあります。そこでAAメンバーが、僕の助けになればとこの本をプレゼントしてくれたのでしょう。
ですが、当時の僕にとっては、この本の内容は「絵空事」としか思えませんでした。そして、ハイヤー・パワー探しは9ヶ月ぐらいで飽きてしまい、その後は締め切りつきのステップ4・5がやってくるまで、僕の回復は停滞するのでした(いや、後退していたのかもしれない)。
今から思えば、僕は「何かが僕を正気に戻してくれる」と信じることなど、とてもできなかったのでした。飲んでいなければ自分はマトモな人間であるという幻想を、まさに死の門の中まで追いかけていくつもりだったのでした。無理もありません。多くの日本人と同様、僕も「神の実在を証明することもできないし、不在を証明することもできない」という信念に固まった<不可知論者>だったのです。
自分にとって最高に位置付けるべきものは、自分の「自我」であり、人生が良くなるにせよ悪くなるにせよ、それは自分が自我に従って行動した結果なのだ・・・そのように本当に信じているなら、自分の行動の結果を後悔して日々を煩悶として過ごすことなく、失敗しても堂々として恥じない暮らしを送っていけただろうと思うのです。でも、現実の自分は、自分の行動の結果を受け入れることができず、苦しい思いを何年も続けたのでした。そんな苦しい人生に意味など見い出しようもなかったのです。
「自我の敗北」がやってくるまで、「信じられるもの」など与えられるはずもありませんでした。そして、完全な敗北を通してこそ、新しい強さを与えられるということは、ステップ1とまったく同じであるということも理解しました。そして、この敗北もステップ1と同様に、日々のケアが必要なのだということも。
赤い本を読んでいると、「うんうん、僕もそうだった」と頷いてしまいそうです。そして、ソブラエティと同様に、「信じるものがあるのが当たり前」の日々がやってくるのです。でも、信仰を持ったからといっても、あいも変わらず僕は生臭い俗物であることに、何の変わりもないのですけれどね。
2003年10月16日(木) アル中のプログラム・入院のプログラム 窮地に追い込まれている。というほどでもないのですが、困った事態に陥りました。来週日曜日に持っていく予定のプログラムが、うまく動作してくれないのです。例によってなおざりな動作検証で「動いたから、これからも<動くはず>」と思い込んでいたのですが・・・「動くはず」≠「動きます」であることを思い知らされています。まったく、もう20年以上プログラムを組んでいるのに、同じ失敗を繰り返してばかりいます。
今夜も入れて、まだ夜が3回と昼が2回ありますから、なんとかなるでしょう。
と言いながら、夕方から病院メッセージへ行ってきました。他のアディクションの人からは「アル中は病院に集まってくるからいいよね」と言われたことがありますが、それは確かにそうだと思います。ただ、集団を相手にした「メッセージ活動」というのは決して効率は良くないシロモノです。AAのプログラムはスポンサーとスポンシーという一対一の関係の中で最大の効果を発揮するのでしょう。
それと、2ヶ月〜3ヶ月という長期の入院が必要なのかどうか、僕は懐疑的なのです。禁断症状として重い抑うつ傾向が出たり、社会生活が崩壊しているような人を除けば、たいていのアル中さんは急性期の一週間から10日ぐらいの「解毒入院」さえ受ければいいといっても極論ではないでしょう。もちろんそれでは、またすぐに飲んでしまうでしょうけどね。でも「入院して酒を切る」→「またすぐ飲む」という繰り返しの中で、「自分がアルコールを支配しているのではなく、アルコールが自分を支配している」ということに気づくことに意味があるのです。
もっとも医療の立場から見れば、治療の成績というのも無視できないのだとか。確かに退院してすぐ飲んでしまうのであれば、何のための入院なのか意味付けが難しいでしょう。しかし長い入院に、退院後の(ケアレス)断酒期間を長引かせる効果があったとしても、それは底つきまでの期間を長くしている効果しかないわけで、病気の進行を遅らせる単なる「対症療法」に過ぎないわけです。
例え3ヶ月の入院のおかげで7年間ケアレスで飲まないでいたとしましょう。「3ヶ月の入院で教育効果を上げたからこそ7年間飲まないでいられたのだ」という論に意味はありません。最終的に飲んでしまうのであれば、本人にとっても家族にとっても、その年月など吹っ飛ぶぐらい再飲酒というのは大きな破壊力があるわけですから。
ただ、そういう話を医療側の人間に向かって言うわけにはいかない立場に、僕は立っているのです。で、こういうところでガス抜きをしていたりするのですね。
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