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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2003年09月14日(日) マーフィーの法則 マーフィーの法則(※)というものはよく当たるもので、急いでいるときに限ってコピーのトナーが切れたのでした。そして慌ててトナーカートリッジを交換したせいで、トナー粉が飛び散り、おまけに気を取り直してコピーを再開したら白紙が何枚も出てきて、思わず机を蹴り上げるところでした。机を蹴る代わりに、心の中で「かみさまわたしにおあたえくださいじぶんにかえられないものを・・・」と何度も繰り返しますと、世の中における自分という存在のちっぽけさなどを思い出しまして、多少落ち着きます。
しかし、まるで魂が病んでいない人が、
「星空を見て大宇宙の大きさを思ったら、自分の悩みなんてちっぽけなもの」
だなんて言って笑っているかのような爽やかさは<まるでない>自分であります。
病院メッセージの輪番でした。偶然スポンサーに会いました。最近は滅多に会うこともなくなり、電話をかけることもなくなっています。とは言え僕にとってはたった一人のスポンサーです。ちょっと老け込んだような雰囲気を感じたのですが、やはり鬱の状態が良くないという話でした。互いに難治性のうつ病を持つ者として、共感できるところは多いものです。
とにもかくにも、人生をスマートに生きようとしてもダメなんであって、まさに struggle という言葉のように、もがきあがいてドタバタやりながら生きていくしかないのだということが、二人を結び付けている糊であります。
こんどの週末が娘の運動会なのですが、長年使った義父のハイエイト・ハンディカムのバッテリーが再起不能になってしまったので、新しく買うことにしました。世の中はいつの間にかminiDVという規格になっていました。僕は運動会に間に合うように帰っては来れないでしょうから、ビデオが役に立つというものです。
※:マーフィーの法則 「人間は必ず失敗を犯し、大切なときに限って間違ったほうを選んでしまう」という人類普遍の原理。
2003年09月13日(土) 長野に戻ってまいりました 午前中を費やして、長野に戻ってまいりました。
高速道路を使うと速いのですが、そのぶん60キロほど遠回りしないといけませんので、時間的なアドバンテージはありません。姫川ぞいに長野県へ入ってきました(富山県と長野県は隣接しているのですが、間に道路は走っていないので、新潟か岐阜を経由しないと往復できません)。
そのまま出社して仕事。夕方に電器店で買い物をしたあと、ミーティングに行きました。今日はステップ10「日々の棚卸し」。以前はただただ難解だとしか思えなかったステップブックの文章が、今ではすこしだけ理解ができるようになりました。
「ステップは難しい」
と多くの人が言いますし、僕もそのこと自体に反対意見はないのですが・・・。ただ、まるでステップがAAの「奥義」のようなもので、それを「極める」なり「片鱗に触れる」には何年ものミーティング通いが必要であるのだ・・・というような考え方には賛成できません。
今日はミーティングに参加出来てよかったなと思えば、それはプラスの欄に書き込める項目です。人にワガママを押し付けて悪かったなと思えばマイナスの欄に書き込めばいいのです。それを実際に紙に書くのか、心の中で整理するだけにするのかは、プログラムをどう解釈するかの違いにすぎないのでしょう。
過ち多き人間として、しかも「悪い」と判っていながら平然とそれをやってのけるような日々を送りながら、それでも聖人ぶらずに、日常の中で実践可能な具体的なステップのありかたを、経験として取り揃えていく。それが(いつの間にやら)「先行く仲間」になってしまった僕に出来る give のありかたのように思うのです。
2003年09月12日(金) Buy off is postponed. 今月の17〜19日に台湾人が富山にやってきて、いま僕のやっている仕事のバイオフ(日本語だと検収かな)をしてくれるはずでした。この予定も、7月だったのが8月に、8月だったのが9月にと延びてきたものです。それがまた延びてしまいました。(もっともこのプロジェクト自体2年延期されたんですけど)。
19日に手続きが終わらなかった場合の、台湾人の帰国予備日が22日となっていたので、その日までホテルを予約しておいたのですが・・・。富山に着いてみると、バイオフが一週間延期されたという話をいきなり聞かされました。となると、予備日が29日。
そこまで富山に常駐していたくはないので、週末ごとに帰ることにしました。おかげで、日曜の病院メッセージには行けそうです。
忙しい=仕事が遅れている。なので、納期がのびてくれるのは忙しいのですが、人間の緊張感には限界がありますから、日数が増えるということは、それだけ緊張感も薄まってしまうということでもあります。まあ、無茶なスケジュールを押し付けられることに慣れすぎてしまっていて、遅れ=延期という常識的な対応に頭がついていけないだけだったりして。
2003年09月11日(木) 神宮球場 衛星放送の神宮球場での試合を見ています。
外野席は映りませんが、きっと阪神ファンが一塁側まで侵食しているでしょう。そういえば、前回あの時も神宮でしたっけ。ヤクルトの選手の談話では、甲子園の応援よりも、広島球場の応援のほうが音が大きいとか。
きっとねっとりとした暑い風が吹いていることでしょう。それも10月の消化試合になると、温まる飲み物なしには居られなかったものです。
ゆっくりテレビを見るのは久しぶりです。野球中継となればなおさら。野村シダックスは準優勝でしたっけ。
ホームグループを、他のメンバーにお願いしていなければ、もっと気持ちにゆとりができるのでしょうが・・・。きちんとした人たちですから、安心のはずなんですが、「おまかせ」がきちんとできていないのでしょうね。
2003年09月09日(火) 明日は明日の出たとこ勝負 明日から富山であります。
これから出張の準備をしないといけません。
さすがに一週間以上の出張となると、ぜんぶ着替えを持っていくわけにもいかないので、ある程度にしておいて、現地で洗濯する(ホテルにラウンドリーがある場合)か、パンツまでクリーニングに出さないといけません。
黒部市内のホテルに宿泊する予定です。車で同僚と一緒に移動するので、ミーティングにいけるチャンスはないでしょうが、一応一覧表だけプリントアウトしておきました。
ホテルからダイアルアップする予定ですので、雑記とかは更新するかもしれません。掲示板も覗くでしょうが、人のサイトまで覗きに行くかどうかはわかりません。意外と客先がインターネット常時接続だったりして、ネットサーフィン可能だったりすることもあるのですが、たぶん今回は無理でしょう。
行って見ないと状況がわからない。明日は明日の出たとこ勝負。思い悩まずに今日一日。
2003年09月08日(月) 多忙 予備校も尽きてしまったので、忙しい日はまったく雑記を書くヒマもありません。
金曜の徹夜が祟って、土曜日の午後の仕事は頭痛(たぶん原因は睡眠不足)で2時間ほどで切り上げてしまいました。帰りに電器屋でインクジェットプリンターを購入しました。今まで使っていたプリンターは知り合いから譲り受けたもので、故障もなく何年も動き続けてくれました。最近では新しいインクカートリッジを買うこともなく、すべて安いリフィルインクをあてがわれていましたが、特段トラブルもなく動いていました。しかし、機械部分の磨耗というのは防げません。フィード精度が落ちて、紙の横方向に白いシマ線が入るようになりました。
我慢すればまだ使えるのに、新品を買ったのは、単に安かったからです。展示処分品なので、なおさらです。ためしに値切って見ましたが、取り付くシマもありません。
で、土曜はそのまま寝てしまいました。
日曜日もやっぱり仕事。すこし早めに切り上げて、プリンターのセットアップをしましたが・・・あれぇ? カラーのインクカートリッジがないぞ! 1時間以上探したものの見つからず・・・。
月曜の朝一番で、電器屋に苦情を言いに行ったら、あっさり一個くれました。メーカーのサポートも一個送ってくれるそうです。
WSMの翻訳は担当ぶんは最後まで日本語になりました。あと簡単な推敲をして終わりにしたいと思います。
水曜日10日から22日まで富山に出張の予定です。その間のミーティングやメッセージは、いつもお世話になっている方々に、またもお願いしました。もう、そちらに足を向けて寝られないひいらぎであります。
ところで、自分はいったいいつになったらミーティングに出られるのか・・・。富山でどっか行けるかなぁ。
2003年09月05日(金) 望遠鏡 10時出社・10時退社。出張は来週水曜日10日から、おそらくは22日まで。場所は富山。
夜の帰り道、南の空に火星を見ました。あれがそうなんですよね。赤みを帯びているし、あんなに明るいし、他の星と違って瞬かないし、間違いないと思うのですが・・・。
子供の頃の趣味は天文学でしたから、実家には天体望遠鏡もまだあります。この、まだあることが問題でして・・・。
中学ではクラブ活動は天文クラブ。高校では地学のクラブに入って活動していました。天体位置の計算に興味を持って、計算機に興味が移り、そしてコンピューター(計算機)へと分野が変わってしまったわけです。高校を卒業するときに、「東京の大学に行くんだし、天文もやらない、もう星を見る機会も無いだろう」と思いました。そこで、天体望遠鏡すらろくに持っていない地学のクラブに、自分の望遠鏡を寄贈しようと心に決めたのです。
しかし、両親はそれを承諾してくれませんでした。せっかく高い金を出して買ってやったのに(安物だったけど)手放すとは何事だと。僕は、機械を大切にするというのは、きちんと管理して擦り切れるまで使ってやることであって、箱に閉まって腐らせておくことではない! と主張したのですが、仕舞って置く場所だけはたくさんある田舎の家に置いておくことが決まってしまいました。
一度、寄贈するとクラブに言ったのに、前言撤回するのは恥ずかしかったですな。
その後、その望遠鏡を使うことは滅多にありませんでした。ただ、兄の家族が実家に泊まりに行った時など、甥にせがまれて使うこともあったようです。しかしそこは、何も知らないトーシローのことですから、夜闇の中で部品は次々に無くすは、結露したものを乾燥させずにしまいこむのでレンズにカビが生えてしまうわ、と使い物にならなくなってしまいました。
今では、実家の奥の家屋で、動かない骸をさらしている望遠鏡。
親とも衝突したし、一方的に押さえつけられたことも数知れず・・・。すべては許しの中に流れていったけれど、この一件だけが、どうしてもどうしても未だに許せないでいるのです。
翻訳でひさしぶりに徹夜。あと半ページぐらいなので、裏の締め切りには間に合うでしょう。
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