心の家路 たったひとつの冴えないやりかた

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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2003年08月02日(土) 夏祭り

今日は夏祭りでありました。花火祭りでありまして、もとは花火の音をとりまして「どんどん」と呼ばれていたそうなのですが、戦後旧陸軍駐屯地に米軍が進駐してきたときに、音は「BOMB」だろうという話になって、「Bomb Bomb」すなわち「ぼんぼん」と呼ばれるようになったそうです。祭りの最高潮は、市内を流れる川の水面で破裂させた花火が半球形に広がる様です。
全部うそです。ごめんなさい。
実際には、カーニバル式の踊り祭りで、踊る人間のほうが見る人間より多いという祭りです。辻々で飲み物が配られ、渡された紙コップの中が茶色いからウーロン茶かなと思うとビールであり、透明だから水かと思うと日本酒だったりするのです。
いや、これも全部聞いた話で、本当かどうか知りません。
だって、このお祭りは8月の第一週の土曜日にやることになっていて、月の第一週にはAAの地区委員会があるものですから、その前身のインターグループ集会の頃から、可能であれば欠かさずそっちに出席してきた僕は、どんな祭りなのか詳しくは知りません。
委員会が終わる頃と、祭りが終わる頃とほぼ一緒の時間のようで、市内に帰ってくるときには、酔っ払いが道路に飛び出してこないか気をつけないといけません(これは本当)。

ホームページに「リンク集の充実を目指す」とか書いてますから、たまにはリンク集の管理をすることにして、「呉みなとグループを追加しました」。

そういえば、広島市って人口300万都市なんですね(さっき見たテレビでやってた)。東京近辺と、この人口30万の地方都市と、生まれ育った鉄道も国道もない人口1万人の町しか知らない僕にとっては、ちょうどイメージのつかみにくい規模であります。


2003年08月01日(金) ABSI発刊

『ビルはこう思う』が出版されました。1,500円で、例によって一般の書店では手に入りません(AAは出版社ではないからです)。ビルの精選文集です。ビルの晩年に、彼が書いた文章の選集として、さまざまなAAの本や手紙から抜き出され、手直しされた文章です。
ビッグブックや12&12を読まずに、いきなりこれを読むというのは反則なんじゃないかという気もしますが、もともとAAの本はすべて「繰り返し読む」ことが前提ですから、一日に1ページずつ読める本は、手軽でよいかもしれません。少なくとも何も読まないよりもずっと良いでしょう。

もともと1967年に原書が出版されたときには、The A.A. Way of Life(AAという生き方)という題名だったのですが、その後 As Bill Sees It に変更されました。この日本語タイトルがなかなか最後まで確定しませんでした。4個の単語とも中学校で習うでしょう? だから、少しでも英語の心得がある人は、その人なりの考えがでるのです。未訳だった頃の仮題は「ビルの見解」。最初に関西で訳されて「ぶどう樹」に載ったときは「ビルの思い」(だったんですか?)。公式な翻訳の仮題は「ビルの言葉」。さらに案として出されたものは、「ビルの見方」「ビルが残したかったもの」(彼の最後の著作だから)「ビルが見たもの」「ビルのことば」「ビルの思い」。どれも誤訳というものはないでしょうが、最後は「こう思う」に決まりました。
副題は「AAの生き方」です。

酒を止めるというAAだけではなく、生き方としてのAAに興味のある方は、ぜひ一部お求めください。JSOか各COへ(宣伝モード)。

そういえば『今日を新たに』という本の原題は Daily Reflection で、そのまま訳すと「日々の投影」となります。これは一日一ページずつ、AAのテキストからの抜き書きが書かれ、それがAAメンバーの心にどう映ったかをそのメンバーが書いている選集です。ちなみに reflection には黙想とか熟考という意味もあります。原文のニュアンスを伝える訳をとなると難しいですね。

最近の商業出版は、原著者の題名への苦労など無視して、いかに売るかだけで題名を決めちゃうので、面白くないですね。昔は名訳が多かった<『長いお別れ』とか(long goodbye)。

道具90を更新しました。


2003年07月31日(木) 人は人、己は己

今日もきっちり休みまして、会社から「そろそろ出てきてくれないか」と言われました。
だからってわけじゃありませんが、明日は出勤します。そろそろ家にいるのも飽きてきました。というか、家に居たいから居たんじゃなくて、そこに居るしかないから家に居たのですから、飽きたも何もあるもんじゃありません。

ひさしぶりにパソコンで遊んで、HTMLやCSSを書きました。そう、さすがのひいらぎにだって、パソコンの電源が入らない日もあるんです。パソコンの前に座っていられるだけで、うつからの回復を見ることができます。

「あなたのうつは、日ごろの睡眠不足を補うための<寝溜め>」

と言われましたが、寝溜めはともかく、日常生活の中で、気力か精力か体力か、それとも信仰のようなものなのか、それをすり減らしてしまい、充填期間が必要になってしまうのが、僕のライフスタイルなのです。なにも日ごろからそこまで無理して突っ走らなくても、と自分でも思うのですが、なかなか変えられないものです。気が付いたときには蟻地獄にはまっているというのが恒例のパターンです。
こんな時に「なんて生きるのが下手な自分なんだ」と自己嫌悪に陥ってしまうのは楽なんですが、それだと蟻地獄から抜けられないので、「しょせん自分なんてこんなものさ」という諦念というか開き直りというか、これもひょっとしたら謙虚さの一種なのかも、という境地でへらへらと過ごしていくのがもっとも生産的です。
社会的に見れば、もう少し仕事にもその他の生活にも手を抜いて、蟻地獄にはまらないように生きて、寝込まない人間のほうが評価が高いのでしょうね。でも、そんな生き方ができるんだったら、もともとうつ病になんかなりゃしませんよ。人は人、己は己。



2003年07月30日(水) 明日も休みます

月・火・水と仕事を休んでおりますが、たいしたトラブルにもなっていないようです。しょせん仕事なんてそんなもので、数日の休みや数時間の残業など、たいした重さなど持っていないのです。しかし、綿毛のような軽さだと思って馬鹿にしていると、積もりつもっていろんなものを覆うので、気をつけていないといけません。
そして、明日(もう今日か)も休むつもりでおります。起きて本を読んだり、PCをいじったりできるようになったので、ひさしぶりの外出(深夜のコンビニだ)をしてみたのですが、まだまっすぐ歩けません。きっと、ず〜っと寝ていたのと、一日一食だったのが響いているのでしょう。明日は出勤するつもりだったのですが、リハビリ?をかねて3食食べて、ごろごろしましょう。

たぶん4ヶ月ぐらいかかったのですが、日記の移動を終了しました。新しいURLは
http://www.enpitu.ne.jp/usr1/19200/diary.html
です。
あいもーど・いーじーうぇっぶ・じぇいなんとかからも見られます。
http://www.enpitu.ne.jp/m/v?id=19200
多分大丈夫でしょう。携帯から見たことがないから自信が無いけど。

さるさる日記のほうは管理を停止するかどうか迷ったのですが、金を払った期間もまだ数ヶ月残っているし、結局まだ迷っております。


2003年07月28日(月) 一行あけはもう止めた!

「○○です。夏休み期間中ということもあって、高速バスの席が確保できず、欠席となります。新評議員の皆様によろしくお伝えください」

というメールを用意したのですが、日曜日に送らずじまいでした(助動詞じまい)。
原因は、例によって「うつ」であります。JRで行こうと思えばいけるのですが、それだけお金を使うところに価値が見出せない、と思ってしまうところがうつであります。
二日間すっかり布団のなかであります。明日はどうなるかわかりません。
食事は一日に1回で十分であります。今日はひさしぶりに入浴をしました。体温はだいたい35度台ですので、あまり暑いとも感じません。
あまりに面倒なので、この日記を一行づつ改行をいれるのも面倒であります。いままで頑固に改行を入れてきたのですが、ここらへんでもう止めにします。
近日中に新日記システムに移行の予定です。その時までに、日記自動投稿ソフトが完成していなかったら、「さるさる」とはお別れかな。


2003年07月24日(木) 需要と供給

別に僕は、自分がお金を出して購読している新聞に「良識」を期待していません。それにはある程度の公平性とか客観性が確保されているかもしれませんが、それは民間放送のバラエティー番組と同程度のものでしかありません。広告収入によって成り立っているテレビより、購読収入によって成り立っている新聞のほうが健全であると考えるのなら、それは幻想です。国民の9割が「軍隊があったほうが良い」と考えるなら、どの新聞もそう書き立てるでしょう。それは、戦時中の新聞報道を見れば明らかです。しょせん需要があるものを供給している媒体に過ぎません。
朝コーヒーを飲みながら、半分しか起きてこない頭が8割ぐらい起きるまで、新聞を読む習慣があります。中学生が幼児を殺害した事件の被害者の親の手記が載っているのを読みながら、「なぜこれがここに掲載されているか」意味を考えていました。その文章にシンパシーを抱くこともできませんし、弁護士を通じて報じられる加害者の親のコメントにも感じるものはありません。ただ、自分が同じ立場に立ったら、同じ発言をするかもしれないというだけです。
特別扇動主義的な記事でもありません。ただテレビにしても新聞にしても、受け手の望み以上のものを伝えたりはしないものです。


2003年07月23日(水) 同病

ときどき僕は「この人たちも僕と同じ病気なのだ」ということを忘れてしまうことがあります。誰に対してかというと、それはAAメンバーに対してで、特にある程度の年数を経た人だと特にそうです。あらためてそれを言われてみないと、すっかり忘れているのです。どうしてそうなるのだろう、と考えてみるとやっぱり「一緒にミーティングをしていないから」でしょう。ほんのわずかでもいいのです。アルコールに関する話を分かち合っただけで、そこに共通の理解の基盤ができあがるのです。
だからといって、経験を共有した経験がないから、相手の抱えている問題にたいしてシンパシーを持てないというのでは、これから先困ってしまうわけです。なぜなら、単に「アルコホーリクの○○」と名乗られただけで、それから一緒に活動せねばならないし、意見も合わせていかねばならないわけです。お互い、性格上の欠点を山ほど抱えたアルコホーリクどうしなんですから、感情的な振る舞いや言動は避けねばなりません。

『伝統のチェックリスト』から
年数のたった人も、問題を抱えて苦しんでいるアルコホーリクなのだということを忘れていないだろうか。年数のたった人から学ぶだけでなく、手助けしようとしているだろうか。

もちろん、霊的に病気でない人に対しても、病気の人に対しても理屈は同じ事です。思わず感情が出てしまうのはやむを得ないでしょう(外部に出る出ないは別にして)。人間的に感情が発露するのはしかたない。そうしないと生きていけないのだから、それはオーケーなんでしょう。でも、それを言い訳にして、自分自身よりも自分の感情を大切にしたときに、霊的な破滅(自分自身の破滅)が忍び寄ってくるのです。


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by アル中のひいらぎ |MAILHomePage


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