心の家路 たったひとつの冴えないやりかた

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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2003年03月20日(木) 幸せであるように

イラクに眠る石油資源が欲しい、とどうして正直に言わないんでしょうねぇ。
石油よりも平和が欲しいと誰もが思うからですね、きっとたぶん。

湾岸戦争の頃、何をやっていたのかちょっと思い出してみました(Excelの表になってたりする)。イラクがクェートに侵攻した頃に、フリーランサーとして最後の仕事をしています。東京の女子高の近くのマンションの一室に閉じ込められて、酒を断って仕事をしてました。テレビもラジオも新聞も無くて、Niftyの共同通信のニュースだけが世界とのつながりでした。
ひさしぶりにゴミ箱のようなアパートに戻って、最初にしたことはやっぱりお酒を買いに行くことでした。安保理が討論している頃から、お定まりの連続飲酒に入っていて、CNNの対空砲火の映像もぼんやりと覚えている程度です。戦争が終わっても関係なく夏まで飲みつづけ、食べ物はおろか水さえ受け付けなくなって、自殺未遂をやらかして・・・

でいったん実家に帰ったのでした。
それから精神病院経由で、AAにつながるまで4年というのは、当時の長野県では驚異的に短かったのではないかと思います。ラッキーでした。
ビッグブックの3章に「フレッドの話」があって、その最後の言葉が好きです。

今日はいつまでも沈まない西日を眺めながら「陽が長くなった」と百姓のような言葉を思い浮かべていました。そういえば明日は春分です。
今日の幸せをかみしめています。長い時間がかかったけれど、それだけの価値はありました。「自分は人間関係に恵まれているな」なんて思う日がくるなんて思わなかった。人生の宝石の一日として記憶に残したいけれど、ここに書いておかないとたぶん忘れてしまうでしょう。


2003年03月19日(水) モルモット

我が家のモルモットが、やけにケージをがたがたと揺すって煩いことになりました。ふだんだったら、好物のレタスをあげなくても、我慢してペレットを食べているのに、ここ数日は、レタスはともかくキャベツかニンジンをあげるまで、だまってくれません。

「最近、水を飲まないのよね。ほら、全然減ってないでしょ」

「それは、ウォーターボトルの口が詰まっているんじゃないのか?」

ボトルはケージにぶら下げられていて、下の金属のパイプのなかの玉が、重力で下がることでパイプの栓の役目をしています。モルモットがパイプをくわえて、玉を押し込むと水が出てくる仕組みになっているわけです。
が・・・、「これ、押しても水がでないよ」

「あらま、最近水飲まないから変だと思ってたのよね〜」

「そんな動物いねーって」

パイプを掃除してやると、一日でボトル一本の水を飲んでしまいました。
ウサギ用のペレットは草がベースでできています。 草の細かいのが口の中に入ったまま、水を飲もうとすると、ボトルのパイプの中に牧草が逆流して、水が汚れるのは知っていたのですが、まさか詰まってしまうとはね。
ちなみに、先日ラジオ番組でやっていたのですが、犬も散歩前にウンチとおしっこを済ませて出かけるように躾ることは可能なのだとか。犬のフン問題の抜本的な解決策ですな。

さてと・・・今ごろファイルメーカーの話が舞い込んでくるとは思いませんでした。恐竜時代のものかと思ったんですが、まだ生き残っていたんですね。試用版を使ってみました。ExcelやAccessでVBAやSQLを書いているより楽かもしれませんが・・・



2003年03月18日(火) 風通し

ステップは「整理整頓だ」と言った人がいました。
整理整頓し、掃除をすると、風通しが良くなって気持ちが良くなります。4・5は「過去と現在の自分の中」の整理整頓。6・7は「神と自分との関係」の整理整頓。8・9は自分の「人間関係」の整理整頓。10は日々の掃除と整理整頓の継続。11は神と自分とのパイプが詰まらないように、掃除のための祈りと黙想。12はこれをすべてのことに応用していくこと。なのだそうです(その人の解釈では)。

ま、そんなステップの実践が僕に出来ようもないのですが、ともかく部屋を片付けることにしました。昨年暮れから、資料やら何やらが急に増えて、仕事の持ち帰りの資料などもあったおかげで、まったく片付けも掃除もされていないという状況でした。
ともかく、読んでいない雑誌も申し訳ないけれど資源ごみに出てもらうことにして、資料も去年のものから捨てさせてもらいました。パソコン関係のガラクタ類(PDとか)は4月の埋め立てゴミの日に出すようにまとめたものの、ベランダに積み重なったダンボール類の整理は見送ってしまいました。
もちろん100%を目指すのですが「木曜日までに聖人になろうとするな」という言い伝えもあります。
広くなってスペースに掃除機がかけられ、確かに風通しがよくなって気持ちがよくなりました。
ああ、心の中の整理整頓も、こんなふうにいったらいいのにね。

片づけをしたらこの前買ったハードディスクが出てきたので、交換作業中でパソコンが使えません。
23日に仕事がかぶってしまいました。自分の私用のスケジュールを守るために、業務命令を出すのは避けたいところなのだけれど・・・


2003年03月16日(日) ぬか喜び

新聞を切り抜かずに捨ててしまったという後悔もあったので、新聞社のデータベースを一ヶ月契約しました(500円)。 で、調べてみたら、先月の22日の記事でした。 そいつを表示しようとしたら「著作権関係の問題でWeb上では公開できない」という状態でした。
先月の22日だったら、資源ごみの日の後じゃないか、と思って、新聞を積んである山から引き出して見ると、なんと記事が切り抜かれているではありませんか。どうやら、切り抜いたことすら忘れていたようです。

切り抜きは部屋のどこかにあるのでしょう・・・片付けないといけません。この部屋を。結局ウーロン茶はホワイトデーに間に合うように郵送できませんでした。
チョコが届くのも遅かったからまあいいや、という言い訳が自動的に出てくるようではいかんです。でも、自動的に出てきます。
というわけで、遅れますごめんなさい、たまちゃん。

ビジターカウンターの仕様がいつの間にか変わっていて、1分以上間隔を空けると、ユニークビジターとしてカウントされるようになっていました。 ぜんぜんユニークじゃないじゃん。まあ、無料サービスでユーザーが増えたから負荷を減らすための処置でしょう。お金払っていない立場としては、文句を言えたものじゃありません。
でも、なんか納得できないです。 じゃあ、自分で作るかと言うとそんなヒマも気力もありません。最近ビジター数が増えたと思っていたけど、ぬか喜びでありました。


2003年03月15日(土) 朝食兼昼食は「オトウサンノデバン」。

「オトウサンノデバン」には2パターンあって、ひとつは卵を割るだけでできるチャーハンとかピーマンきるだけの炒め物とかというパターンがひとつ。もうひとつは、冷蔵庫の中身が総出動するだけの簡単パターンです。今日は後者でした。お湯沸かしてお茶を入れ、お味噌汁の残り物に味噌を足して増量し、焼いたほっけをレンジであっためなおし、サラダとご飯をテーブルにならべればなんとなく「食卓」という雰囲気になるから不思議です。
ただ、子供にせかされるとそれもするんだけど、自分ひとりで出勤なんて時は、それも面倒くさくて朝食抜きでコンビニでお握りを買っていったりするのですが、忙しくて、結局夕方までおにぎりが残っていたりします。朝食抜きは体に悪い。

さて、今週はミーティングに出てないことに気づいたので、隣のグループへ行くことにしました。
さすがに夕食まで自分で用意する気にもなれず、妻が帰ってカレーを作ってくれるのを待っていました。遅くなったおかげで高速道路を使う羽目に。外食するための750円は不許可だけど、高速道路代750円はなぜか許可されるのでした。不思議であります。

ちなみに、ホームグループのほかに、週に3回直近の会場へ行って、週4回を維持しようとすると、仕事が終わってからだと高速を使うことになるので、高速料金+ガソリン代+会場あたり500円の献金をするとだいたい週に1万円。一ヶ月で4万円の出費となります。
これに病院メッセージ(病院はたいていイナカにある)、委員会などが加わるというわけです。こんなことが何年も続けられるわけもなく、金銭面の制約から週に1〜2回のミーティングと、あとメッセージと委員会活動というところに落ち着いています。献金強化しないと。
それも、仕事に火がつくと吹っ飛んでしまうのが現実です。今自分がAAに使っているお金が、多すぎるのか少なすぎるのか、それはさっぱりわかりません。書籍とか電話代とか、計算するのが嫌になるような費用もあるし・・・。恵まれているとは思います。

仕事を理由にAAから遠ざかってしまう仲間を責めることは決してできません。たまにやってきてくれたときは、やはり笑顔で迎えたいものです。飲まないで世間を泳いでいる姿や、仕事の愚痴でさえも、やはりメッセージになりうるし、ひきつける魅力になりえるのじゃないですか? 数と多様性が生物の力の源です。


2003年03月14日(金) 魔力

リストラクチャリングなんてものじゃなくて、単なる人員整理で二人が会社を去っていきました。
個人的には親しかったわけなので、動揺もしているし、とても残念に思っています。でも悲しいまでに実力本位なこの業界です。ただそのモノサシが何本もあるという不思議なところですけど。それに、求人の多い彼らの年代なら、このいつつぶれるか分からない零細企業よりも安定したところが見つかるでしょう。

それにしても、いつからか自分が三流技術者であることを自覚してしまって、横綱相撲を目指すのではなくて、いろいろと小ざかしい余技を身に付けることで生き残りを計っている自分が、なんか切なくなってきます。 ただ、労働が苦痛と金銭の等価交換に過ぎないとするならば、うつ病患者である自分はこの経済社会のなかに自分のいる場所を見つけることができないでしょう。

さて、そんなわけで、今週は心も体もすさみきった状態で週末を迎えたわけであります。
ともかく部屋の惨状をなんとかせねばなりません。 整理整頓棚卸しをして、風通しをよくしないといけないのは心の中だけではないのです。 が、どっちの整理もなかなかできないのが実情です。それにしてもセックスの問題と言うのは、取り扱いが難しいですね。まあ、容易に個人が特定できるような情報を流してしまった僕も反省していますが、それは伝統3の問題であるとか、アノニミティをなんだと思っているんだとか、AAはセックスの問題については意見を持たないんだとか・・・。

あのね、AAも社会の一員であって社会的責任から自由であるわけじゃないのよ。
外部から見ればAAはひとつであって、私たちには○○というローカルルールがあってなんて言い訳が通用するわけがないではないですか。全体の福利と言うものをもう少し考えてくださいな。「私たちはお酒を止めるための男女の集まりです」なんて広報活動をしている一端で、別の人間が精神病院からつながりたてのおねーちゃんを、長い仲間がたぶらかして一発やっちゃった(下品)とか言っていて「ひきつける魅力」が発揮できるわけがないじゃないのさ。(ひさしぶりにひいらぎ大暴走)。

ともかく、自分の整理整頓棚卸しと休養。


2003年03月13日(木) ラーメン屋

何年か前、ラーメン屋を営んでいるメンバーから、別の店のラーメンを薦められたことがありました。

「あそこのラーメンは一度食べてみるべきです。何の変哲も無いラーメンですが、忘れられませんよ」

ところが、広い道路沿いに面したその店には駐車場もなく、しかも隣の赤ちょうちんはいつも開いているのに、そのラーメン屋は閉まっていることが多く、なかなか寄ることができないままに、ずっと時間がたってしまいました。
医者に行くために仕事を夕方に切り上げ、その店の前を通ると、珍しく開店しているではありませんか。 さっそく帰りに近くの堤防道路に車を駐め、訪れてみました。
入ってみると、ラーメン屋ではなく食堂でした。老夫婦が二人でやっているという話でしたが若い店員さんもひとりいました。どこにでもある町の食堂です。チャーシューメン650円を頼んでみました。 大鍋でスープを作っている以外、とりたて気合が入っている要素はありません。 チャーシューもかじってみたら、中身が冷たいし。縮れ細麺は製麺屋から仕入れているのかな? スープは東京風、でも脂っこい。
確かに特別なところの無いラーメンでしたが、忘れられない印象でした。
チャンスがあればまた食べに行くでしょう。 夜の営業は老夫婦にはきついのか、あまりやらないそうです。 日曜日も混み過ぎてやらないのだとか。

仲間からのプレゼントを、やっと受け取ることができたって感じです。


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by アル中のひいらぎ |MAILHomePage


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