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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2003年02月19日(水) 休むぞー うつの日内変動が激しくなって、昼間、特に午前中がとても苦しくなってしまいました。
このままなんとか週末まで持たせて、週末に寝ていればまた上昇するんではないかと期待していたのですが、どうもこのままでは週末まで持たずに墜落してしまいそうです。しかたないので、休みを貰うことにしました。明日の午前中と、金曜日はまるまる一日。
今回の症状は「決断がつかない」という知的能力の減退が顕著でした。休むべきなのかどうか、朝悩んでいる時点で、もうそれ自体が低空飛行の証拠であり休むべきなのですが、その決断ができないのです。
そんなふうに、古馴染みのうつの症状が出てきたら、さっさと休んでしまうのが吉と経験が教えてくれます。 それでもダメなときはダメなんですが・・・。それ以外は表情もそれほど暗くはないだろうし、冗談も言うし、周囲には不思議としか思えないのでしょうが、でも本人は仕事にもならず大変つらいものがあります。
でも日内変動で夜はわりと元気なのです。 この「日内変動で夜は元気」、というのと「健康な人の夜型の生活パターン」というのが混同されて困るのです。
え?、お前は両方だろうって?
ここのところ下の娘が泊まりに来ています。 といっても、ここが彼女の家なのに泊まりに来ているという表現も変ですけど。ジジババのところで、オムツも取れ、着替えもできるようになって、早寝早起きして・・・
なんか親としてなんもしてないというか、まあ一緒に居るとスポイルしちゃうんだけど。
2003年02月18日(火) 休みたいよう ミーティングの始まる前に、図書館で時間をつぶしました。
本に囲まれていると、それだけで幸せです。そして、なぜかトイレに行くのでした。
体が疲れたせいで、午前中休んでしまいました。自分がどれだけ疲れているか、疲れがたまっているか・・・。そこんところが、自分ではいま一歩よくわかりません。結果、疲労に対してはコントロール喪失であります。「ひいらぎは寝ない人」ではなくて、眠れないのです。休めないのではなくて、休む能力が失われているのです。
それにしても、今日の用件は慌てていたので、普段だったらメールで済ますのに、電話してしまいました。皆さん夜の10時過ぎに私生活に踏み込んでるのに、許してくださってありがとう。J君いろいろお骨折りありがとう。Mさんいつも甘えてすみませんね。(でも本当の意味ではいつも甘えさせてくれないのですが)。Cさん携帯へのメール行き違いでした。もしやと思ったんですが・・・。
「個人の回復より全体の福利が優先する」という意味がやっと少し理解できてきましたよ。 自分だけでも、「今ここに居る仲間」だけでも、僕らは回復することができないのですね。
2003年02月17日(月) 贈り物 「ステップ4・5やるのに13年かかった」というメンバーに会いました。 知る限り最長不倒距離です。
と書くと、今日ホームグループのミーティングで会ったと誤解される方もいるかもしれませんが、順不同で書いてますので、今日の事象ではありません。だいたいミーティングやメンバーのことを書いたら反則じゃないですか。でも、そのいいとこや悪いとこも書き残したいし、伝えたい部分もある・・・。
方法を試行錯誤し、失敗もしながらなんとか「ただやってみる」しかないのでしょうか。
尊敬されすぎて苦しくなってしまったメンバーがいました。常に「良いメンバー」であることを期待されることは、さぞかしキツかったろうと思います。でも、僕らは尊敬することでしか感謝を表すことができませんでした。申し訳ないことをしたものです。
AAには「ねばならない」ことは無いけれど、いろいろなサジェッションがされるのが常です。
中には雑音も混じっていますが、サジェッションの数自体は年月の経過と共に減っていってしまいます。 でも、減ってしまうこと自体が結構苦しいわけです。
「言われるからありがたい。 いろいろ言われなくなったら、おしまいだぞ」
とその人は教えてくれました。
幸い、ふつつか者のひいらぎは、頂き物が一向に減りません。
ありがたいことであります。
(が、年賀状についでに書くのはやめてください)。
2003年02月16日(日) 確信犯? 「まるでサンドバッグですね」と女性のメンバーに言われましたが、まあ可哀想という意味を込めてくれたのでしょう。 でも、それでいいのです。
BOX-916(AAの月刊誌で、活字のミーティングと呼ばれている)を50円値上げするという案が、拍手で迎えられるようなら、僕はAAという集まりに信頼など置きません。 それは、時間と空間を越えたミーティングであり、現実のミーティングを補ってくれるものであり、なおかつ、さまざまな病院や刑務所にメッセージを運ぶために使われている材料でもあるのです。
それが値上げされるということは、個人の負担増以外に、各地の委員会の困窮へとつながる可能性を秘めているのです(それでも買ってくれるだろうという読みがあるから、その値上げを選んだのですが)。値上げを、カラー化増ページに合わせるという狡猾な手段も使うし。
その上に、「出版物の売上ではなく、献金によって維持されるべく、献金増を訴える」とするんだから。非難の声が燎原の火のごとく広がるだろうと思ったのですが、それほどでもなかったのは、諦念なのか、無関心なのか、それとも真の愛なのか。 最後のやつだと信じたいな。
たしかに不景気で金の集まりも悪いのですが、それでも全体サービスを止めるわけにも、後退させるわけにもいかないのです。 自分の心が傷つこうが、そんなことはたいしたことではないのです。それにみんなの声は、非難ではなく「うめき声」なのです。「ぶっ殺してやる」と集会で言われたメンバーの経験にくらべれば、みんな愛の声です。
別に自分を悲劇のヒーローにしようとも思いません。AAメンバーであれば、誰であれ、たまたまこの立場になれば同じ結論を導いたと信じています。お金の問題に一番弱い自分が、なぜか金銭に携わることになる。 それがハイヤーパワーなのでしょうか。
「金銭の正しい使用が終わるところから、誤用が始まる」、とビルが残しています。
「あなたが金銭の誤用について考えるとはね」と妻が笑いそうです。
しかしちょっと疲れたです。 僕だって彼らと同じ意見なのに、賛成するわけにはいかないからです。来週の委員会は出なくてもいいんじゃない? といわれたので休ませてもらいますね。
2003年02月15日(土) 共有財産である文章 バレンタインのチョコゲット数は2個でした。 妻と義姉(妻の姉)です。どちらもコンビニチョコだというところが悲しいですな。 しかも娘たちに食われてしまうし。
義姉は、妻より美人で頭が良くて、行動力があって、しかもメガネっ子という人なので(?)、成人すると同時に、旦那さんを捕まえてこの家を脱出していってしまいました。残された妻(妹)は、ムコを迎えねばならんというシバリを付けられた上に、最後に引いたカードに「アル中」と書かれていたという悲運の人であります。
もっとも本人の最大の悩みは「親離れ」できていないことだそうで、その点でもデキル姉と比べてさらに悩んでしまう点だそうです。 もっとも僕に言わせれば、「親が生きているうちに親離れするほど優等生でなくてもいいのに」なんですが、やっぱりうつになる人は、高い目標を掲げたがるものです。
その義姉がまた遊びに来ていて、話に行った妻が帰ってきません。
腹が減ってきましたが、このまま自分で夕食の仕度を始めるのも業腹なものです。(最後には空腹に負けて料理しちゃうのですが)。この日記を書き終わっても帰ってこなかったら、風呂を入れましょう。
だんだんペースが日常へと戻ってきています。 たまった書類の中から、DVと虐待の関係でいただいた資料に目を通しました。 なんとなく理屈は組みたたるんですが、いかんせん接した経験がないものですから「肌で感じる」ことができません。理屈だけで切り込んでいくと、かならず落とし穴が待っていると経験が教えてくれます。ともかく知識として頂くにとどめるにしました。
改めて自分がアルコホリズムだけで手一杯であること(自分のケアも、その他のことも)を認識させられました。 くそー、帰ってこないし。
「私たちが扱っているのは、小説でもないし議事録でもない、この霊的な共同体全体の共有財産なんだ。 個人が好き勝手にしていいものじゃない」
重いお言葉であります。
2003年02月14日(金) 予備校というのは、予備の原稿という意味でした。 やっと体力が回復してきました。でも、脳みそのほうはまだのようです。
車の保険が明日で期限切れになるのは知っていたのですが、今日更新に行くのを忘れていました。 妻からの電話で思い出して、仕事を抜け出して、あわてて農協へ駆け込み更新を済ませました。 以前は26歳未満不担保と、30歳未満不担保で2千円ほどしか違わなかったのに、今回の見積もりでは1万円ちかく違いました。まあ、30歳未満の人が僕の車を運転することはまずないでしょう。ただ、家族限定だけはつけられませんね。
普通の損保に比べるとだいぶ農協は安いですが、最近は外国の保険会社のほうがもっと安いかもしれません。 ゆっくり検討すれば2万円ぐらいは節約できたかもしれませんが・・・。
明日はやっと週末。 明後日はまた東京。
あれ? 今週はミーティング出てないぞ。
それから、台湾は延期になりました。
2003年02月13日(木) (予備校)本と僕 妻と僕の父は一回だけ会ったことがあって、その時父が妻に残した言葉は
「本に埋もれないようにな」
でした。 そこで僕は、結婚するときには本はたった数冊しか携えていかなかったのです。古書や古本として価値のあるものは、東京のアパートを引き払うときにおおかた処分してしまいましたので、実家の土蔵に眠る本にはさして未練も無かったのです。しかし、最初は新居でカラーボックス一箱に収まっていた慎ましやかな僕の本棚も、その後順調に成長を続けることになります。
書架の重囲などという立派なものではありませんが、我が家でもっとも立派な家具である書架とカラーボックス3つ、巨大なスチールラックが「倉庫兼パパの書斎」の四畳半を圧迫しています。仕事の関係の本が3分の1、アルコール関係が3分の1、そして残りは少女マンガや英語など雑多。これ以上本棚は成長できないので、「買った分と同じ量だけ捨てる」という方針をとらないと住む場所がなくなってしまいます。最近では、あわれにも「買われたのだけれど、一度も読まれることが無く、捨てられていく」という本まで出始めました。
大学生の頃には一日に3冊ぐらいの本を読む優雅な生活だったのに、いまや一冊読み終わるのに3ヶ月かかるのも珍しくない始末です。
長女が小学校に上がる4月までには、この部屋に布団を敷いて僕が寝れるようにしないといけません。
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