心の家路 たったひとつの冴えないやりかた

ホーム > 日々雑記 「たったひとつの冴えないやりかた」

たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
もくじ過去へ未来へ


2003年02月03日(月) よくわからない

異常な飲酒をするようになってから、もう20年は経ちます。その数年後には、世間様の誰が見てもアル中になっていました。11年前に初めて精神病院に入り、8年前に初めてAAのミーティングに出ています。(年数については若干誤差があるかもしれないですけど)。それからいったんAAから離れて、また戻ってきたわけです。
飲まないアルコホリックに出会った人数も、100人を超えるでしょう。(イベントで見ただけという人数ならもっと多いでしょうけど)。一方、一緒に入院したり、病院メッセージで話をきいた人の数も、かなり多いわけです。千人はいっていないと思うけど、百人の桁のストーリーを聞いてきました。
それで、アルコホリズム(依存症)に関して「何かわかったのか」ときかれると、何も分かっていない自分がいます。「たいていは〜である」という考えを抱いても、必ずいつかはその仮説を逸脱する患者さんに出会ってしまいます。

結局のところ、僕に分かっているのは、自分自身の過去の経験と、「どう感じたか」という言葉ではなく肌で感じる部分での「何か」しかないのです。たしかに人の苦しみについては(少しは)よく分かるようになったです。でも、それでカウンセラーやセラピストになれるわけじゃありません。結局アマチュアであり、ひとりの普通のAAメンバーに過ぎないのです。


2003年02月02日(日) そういう家庭生活

AAに来てもらったサジェッション(提案)の中に、

「守れない約束はするな」

というのがありました。 当座を切り抜けるためだけに、苦しい約束をするのは事態の先延ばしにしかならないぞ! という意味なのでしょうが、いまだにこの悪い癖は抜けません。

土曜日にも、午後になって上の娘が遊びにきました。ひとりでご飯を食べている僕の食卓を見て、
「あまりいいものは食べてないのね」
と言いました。 ジジババもあまり子供に贅沢させるタチではないのでしょう、食卓は質素なものなんでしょうね。 僕のほうは、妻が料理ができる体勢ではないので、ミーティングが終わったあとのスーパーで売れ残り半額の惣菜などを買ってきているので、さしたる美味なものはありません。贅沢といえばこの冬にレタスを食べていることと、その半分をモルモットに与えてしまうことでしょうか。
とうぜん離れて暮らしている娘は、遊んでほしそうだったのですが、細かな作業が多くて忙しかったので、「明日もパパはお休みだから、公園に行こう」という、「その場しのぎ」の約束をしたのでした。 で、昨日の晩は地区委員会などがあって、ひさしぶりに夜更かしを楽しみ、日曜の午前中はゆっくり寝坊をしていました。

昼過ぎに内線でたたき起こされ、公園へ出かけました。 ビルの谷間に作られた公園(むかしト○コ風呂阻止のために作られたとか)・本屋さん・児童公園・コンビニと回り、夕方まで英語の練習につき合わされました。子供とはいえ、どうして一人のときは静かなのに、女が二人以上そろうと、こうにぎやかに(つまりうるさく)なるのでしょうか・・・。
晩ご飯のスパゲッティーを食べ、テレビを見ているとパパは眠くなってしまいました。起きてみると娘たちはジジババ宅に戻っており、妻が起きて風呂を入れているのでした。



2003年02月01日(土) どきどき

もうそろそろ必要な人には告げたので、ネットで書いてもいいでしょう。新グループ設立へ向けて準備中です。現在病院内でやっているオープンミーティング(AA側としては病院メッセージになってる)を病院の外に移し、この際だからそれを「AAグループ」にしてしまおうという目論見です。
かといって、病院からいきなりメッセージ活動がなくなってしまうのも問題なので、月に2回外でミーティングをやって、月に2回病院内でメッセージ活動をやるという仕組みで始めようと思っています。 月に2回というのはグループとしてミーティング回数が少ないかもしれませんが、まあ田舎のグループなのでカンベンしてもらいましょう。 なるべく早く毎週のミーティングに移行したいものです。
村の公民館の職員さんは断酒会の名前すら聞いたことが無いそうなので、そもそも公民館が貸してもらえるかどうか不安も残りますが、会場費さえ払えばたぶん大丈夫でしょう。冬は一回1300円。 夏は900円だそうです。
病院側の了解も得たし、関連グループの代議員さんにもお伝えしました。 あとは各グループのビジネスミーティングで了解を得て、地区委員会に報告できるのは三月になるでしょう。
とりあえず新グループのメンバーは僕一人です。
仕事だろうがなんだろうが、血路を切り開いてミーティング場にたどり着かねばならないそして会場には誰もいないかもしれないチャレンジングな時期がまた来るというわけです。
どきどき。


2003年01月31日(金) 過酷な仕事

やっと一週間が終わりました。 それでも、普通に机で仕事ができる普通の一週間でした。年末からずっと仕事で無理を重ねてきたのは、少なくとも1月の終わりから2月の上旬いっぱいは精神的余裕のある状態で資料を読んだり、人と話をしたりメールを書いたりできる環境を作っておきたかったからです。 おかげさまで、ゆとりができました。
「この時のために1年をかけて準備してきた、それでも足りない」という人もいるのですが、「夏休みの宿題型」の自分としては、直前に資料を読み込んで頭をそれ一色に染めていくというやり方しかできません。 もちろん過去の記録は正月から読んではいるのですけどね。
それにしても、常任理事会・全国評議員というシステムは、いまの日本AAにとって頭でっかちだという意見もありますが、やっぱりそれがあってこそ機能しているAAだとも思えます。例えば年間の収支にしても4千万以上のお金が動いているわけです。 これには各地のセントラルオフィスや委員会の会計は入っていない、ゼネラルサービスだけのお金です。それでも足りない。 なぜ足りないのか、どうしてもっと献金がいるのか、説明する人が必要です。
どうお金を振り分けていくのかも、一部の人たちに任せておいて良いことではありません。常任理事も評議員もレベルが低いと言われますが、低いなりにやっていかなければ、声の大きな人の意見ばかりが通る集まりになってしまいます。一年間かかけて意見を集めていって決め、一年間かけて説明して回るというわけです。
非営利・アマチュアでの民主主義とは、一部の人間に「過酷な仕事」を強いるものだなぁと思います。その覚悟も無く、またしばらくサービスからも離れていたのに、ひょっこり評議員になっちゃって直前になってあたふたしているようじゃ「ダメ評議員」と言われても仕方ないかもしれません。ともかく最低限、評議会に出席するだけでもいいから、と甘言にだまされた、などと言い訳しても責任は消えてなくなってはくれません。
ともかくやるだけやってみます。
(家庭が崩壊せずに、うつ病で入院したりしない範囲でね、と防衛線をはっておく)。


2003年01月30日(木) Thank you!

「最初から誰かをアテにしちゃいけません」

「自分で何もかも決めないで、仲間と相談していけば、細かい点は決まってくるから」

あー、サジェスチョンありがとうございます。 だいぶ良い方向へ行っています。さすがに経験の違いを感じました。お礼に海の向こうのAAの言葉を差し上げますね。

「15年目と、25年目と、35年目は危ない時期だそうですので、気をつけてください」

明日一日こなせば、やすみだー。


2003年01月29日(水)

便秘と下痢の繰り返しです。
ひと月あまりの居酒屋夕食生活が祟っているのかもしれません。相変わらず妻はうつ状態で、夜中しか活動しないので、お昼はコンビニ弁当だし。(出張にずっと行っててくれたほうが良かったと言われています。 元気で留守が一番?)
もともと、過敏性大腸炎だったし、うつの人は便秘と下痢になりやすいというし、VDT作業者もそうだというし、医者は薬の副作用かもしれないと言うし、なによりもストレスが原因かもしれません。 あれ(2泊3日の会議)が原因ですよ。
ストレスについては、仲間からこんなページを教えてもらいました。
http://members.jcom.home.ne.jp/kisono/stress/stress.htm
昔なら「ストレスに弱い」と言われただけで、プライドが傷ついたかもしれません。いや「しれない」じゃなくて、確実に傷ついたですね。そのうち、ストレスを理由に飲み始めるようになって、最後には飲酒がストレスの最大の要因になっていたわけです。
「お酒を飲まなければ良い人」と言われたこともあったけど、逆にいうと「酒を飲むのが最大の欠点」だったのですね。
おなかいたひ。


2003年01月27日(月) 自助グループの中での共依存

男が悪い、女が悪いというわけじゃないけれど、断酒会と違って本人だけのグループであるAAが抱える構造的な問題というのがあると思うのです。新しくきた女性の仲間の後を、男性メンバーが追い掛け回すようなストーカー行為はこれは犯罪なんで論外ですが、もっとありがちなパターンの例です。
例えば長いソブラエティを得た男性メンバーでも、新しくきた女性の仲間に「助けてあげたい、守ってあげたい」という感情を抱くことは不思議ではありません。 しかしこれが問題の元です。男には男のスポンサー、女には女のスポンサーという原則はトラブル回避のためです。でも「厳しいことを言う」同性(女)のスポンサーよりも、「優しく受け止めてくれる」異性(男)のほうを向いてしまうのは、人間としては仕方ないことなんでしょう。
でも、共依存が「問題を起こすことで相手を支配しようという人と、世話することで相手を支配しようとする人との硬直した二者関係」だという話を鵜呑みにするならば、まさにこれは新しい共依存の始まりになってしまう可能性を秘めているのです。
こうなっちゃうと何のための自助グループだかわからない。 という話を東京の女性の仲間と話をしました。そもそも「助けてあげたい」という感情自体が、本質的なコントロールへの渇望から来ている可能性があったりするのでしょう。
もっとも、これは男女のかかる問題だけじゃなくて、男同士や女同士でも、べったりお互いにもたれかかりあったスポンサーシップもあったりします。かく言う僕だって、時には手を差し出す側として、時にはすがる側として、周りの仲間に迷惑をかけまくってここまできたわけです。
こうした問題を自助グループから取り除くことは多分無理でしょうね。 忍耐強い改善で満足しなければならない、という点では個人の回復と似ているのかもしれません。


もくじ過去へ未来へ

by アル中のひいらぎ |MAILHomePage


My追加