心の家路 たったひとつの冴えないやりかた

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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2003年01月31日(金) 過酷な仕事

やっと一週間が終わりました。 それでも、普通に机で仕事ができる普通の一週間でした。年末からずっと仕事で無理を重ねてきたのは、少なくとも1月の終わりから2月の上旬いっぱいは精神的余裕のある状態で資料を読んだり、人と話をしたりメールを書いたりできる環境を作っておきたかったからです。 おかげさまで、ゆとりができました。
「この時のために1年をかけて準備してきた、それでも足りない」という人もいるのですが、「夏休みの宿題型」の自分としては、直前に資料を読み込んで頭をそれ一色に染めていくというやり方しかできません。 もちろん過去の記録は正月から読んではいるのですけどね。
それにしても、常任理事会・全国評議員というシステムは、いまの日本AAにとって頭でっかちだという意見もありますが、やっぱりそれがあってこそ機能しているAAだとも思えます。例えば年間の収支にしても4千万以上のお金が動いているわけです。 これには各地のセントラルオフィスや委員会の会計は入っていない、ゼネラルサービスだけのお金です。それでも足りない。 なぜ足りないのか、どうしてもっと献金がいるのか、説明する人が必要です。
どうお金を振り分けていくのかも、一部の人たちに任せておいて良いことではありません。常任理事も評議員もレベルが低いと言われますが、低いなりにやっていかなければ、声の大きな人の意見ばかりが通る集まりになってしまいます。一年間かかけて意見を集めていって決め、一年間かけて説明して回るというわけです。
非営利・アマチュアでの民主主義とは、一部の人間に「過酷な仕事」を強いるものだなぁと思います。その覚悟も無く、またしばらくサービスからも離れていたのに、ひょっこり評議員になっちゃって直前になってあたふたしているようじゃ「ダメ評議員」と言われても仕方ないかもしれません。ともかく最低限、評議会に出席するだけでもいいから、と甘言にだまされた、などと言い訳しても責任は消えてなくなってはくれません。
ともかくやるだけやってみます。
(家庭が崩壊せずに、うつ病で入院したりしない範囲でね、と防衛線をはっておく)。


2003年01月30日(木) Thank you!

「最初から誰かをアテにしちゃいけません」

「自分で何もかも決めないで、仲間と相談していけば、細かい点は決まってくるから」

あー、サジェスチョンありがとうございます。 だいぶ良い方向へ行っています。さすがに経験の違いを感じました。お礼に海の向こうのAAの言葉を差し上げますね。

「15年目と、25年目と、35年目は危ない時期だそうですので、気をつけてください」

明日一日こなせば、やすみだー。


2003年01月29日(水)

便秘と下痢の繰り返しです。
ひと月あまりの居酒屋夕食生活が祟っているのかもしれません。相変わらず妻はうつ状態で、夜中しか活動しないので、お昼はコンビニ弁当だし。(出張にずっと行っててくれたほうが良かったと言われています。 元気で留守が一番?)
もともと、過敏性大腸炎だったし、うつの人は便秘と下痢になりやすいというし、VDT作業者もそうだというし、医者は薬の副作用かもしれないと言うし、なによりもストレスが原因かもしれません。 あれ(2泊3日の会議)が原因ですよ。
ストレスについては、仲間からこんなページを教えてもらいました。
http://members.jcom.home.ne.jp/kisono/stress/stress.htm
昔なら「ストレスに弱い」と言われただけで、プライドが傷ついたかもしれません。いや「しれない」じゃなくて、確実に傷ついたですね。そのうち、ストレスを理由に飲み始めるようになって、最後には飲酒がストレスの最大の要因になっていたわけです。
「お酒を飲まなければ良い人」と言われたこともあったけど、逆にいうと「酒を飲むのが最大の欠点」だったのですね。
おなかいたひ。


2003年01月27日(月) 自助グループの中での共依存

男が悪い、女が悪いというわけじゃないけれど、断酒会と違って本人だけのグループであるAAが抱える構造的な問題というのがあると思うのです。新しくきた女性の仲間の後を、男性メンバーが追い掛け回すようなストーカー行為はこれは犯罪なんで論外ですが、もっとありがちなパターンの例です。
例えば長いソブラエティを得た男性メンバーでも、新しくきた女性の仲間に「助けてあげたい、守ってあげたい」という感情を抱くことは不思議ではありません。 しかしこれが問題の元です。男には男のスポンサー、女には女のスポンサーという原則はトラブル回避のためです。でも「厳しいことを言う」同性(女)のスポンサーよりも、「優しく受け止めてくれる」異性(男)のほうを向いてしまうのは、人間としては仕方ないことなんでしょう。
でも、共依存が「問題を起こすことで相手を支配しようという人と、世話することで相手を支配しようとする人との硬直した二者関係」だという話を鵜呑みにするならば、まさにこれは新しい共依存の始まりになってしまう可能性を秘めているのです。
こうなっちゃうと何のための自助グループだかわからない。 という話を東京の女性の仲間と話をしました。そもそも「助けてあげたい」という感情自体が、本質的なコントロールへの渇望から来ている可能性があったりするのでしょう。
もっとも、これは男女のかかる問題だけじゃなくて、男同士や女同士でも、べったりお互いにもたれかかりあったスポンサーシップもあったりします。かく言う僕だって、時には手を差し出す側として、時にはすがる側として、周りの仲間に迷惑をかけまくってここまできたわけです。
こうした問題を自助グループから取り除くことは多分無理でしょうね。 忍耐強い改善で満足しなければならない、という点では個人の回復と似ているのかもしれません。


2003年01月26日(日) ぽるてーく

行って参りましたJSO。 用事があって行ったのですが、ついでに収穫をいくつか。
まずはポルトガル語版のビッグブックを入手しました。やっぱり長野県内にも日系ブラジル人の方は沢山来ていて、僕もそういう人と一緒の職場で働いていたこともあるのです。 当然中には依存症になってしまう人もいて(女性が多い気がする)、病院に入院されます。 でも、3世ぐらいになっちゃうと、日本語は(もし話せても)カタコトぐらいですから、適切な治療(というか病気の説明)を受けているとは思えないし、保険もきかないからすぐ退院して行ってしまいます。 せっかく日本に働きに来たのに、多分ろくに働けずに帰る羽目になっちゃうんだろうなぁ、と残念に思っていたのです。
僕にはポルトガル語なんて一言も話せませんから、どうにもできないのですが、せめて病気の知識だけでも正確に伝わるようにならないかと、考えた挙句がビッグブックの2章でした。ともかくポルトガル語のビッグブックを一冊手に入れて、サンプルとして病院に提供し、もしよかったら病気の説明に使ってもらえないかというお願いをしようかと思ったのです。

JSOの所長さんは「名古屋の連中がさ、豊田付近でポルトガル語のことを始めるみたいで、注文してあったぶんを全部送っちゃって今ないかもしれないなぁ〜」と言いながら、一冊見つけ出してくれました。タダでいいよ、とも言われたのですが、一応対価をと言ったら、「じゃ$6だから千円でいいや」となんだか、八百屋さんかお魚屋さんみたいでした。

あと、「12の概念」の本を買いました。 日本語訳版が無いというのは僕のカンチガイでした。93年に出てました。 以前にも見たことがあったはずですが「理解できなかった」ために、自分の中では「存在しないもの」として認識されていたようです。
私が間違っていたのだ・・・とほほ。


2003年01月25日(土) 東京

なんだかんだ用があって、東京へ行くことは多いのですが、単に東京に行って帰ってくるだけだと、あまりそこが都会であるということを意識することはありません。今の自分にとって見れば、そこは「非日常」であって、日常と違うのが当たり前だからです。ところが、時々仕事で東京を横断して、反対側へ行かなければならないことがあります。車のときもあるし、電車のときもあります。 大きな荷物を抱えて、ラッシュ時の電車で横断しないといけないときは、まったく憂鬱になります。
そして目的地に着いて思うのは、途中の1〜2時間を費やした土地で感じた不思議なエネルギーのことです。 人とモノと金の集積効果とでも言うのでしょうか。
何かの手段で強制的に田舎に分配しないといけないほど、都会に富は集中してしまうのですね。オンラインショッピングが便利になって、わざわざ東京の大書店や専門店を訪れなくても通販で何でも手に入る時代になったけれど、そのぶん地元のお店の品揃えは、薄っぺらで価格志向一辺倒になってしまった気がします。 そして、オンラインショップそのものはやっぱり東京にあったりします。
AAの東京のオフィスも、あんな家賃の高いところにいないで、西武なり東武なりの奥のほうに引っ込めばいいのに、と思ったこともあるのですが、やっぱり東京でないといけない意味があるのかな。
明日はJSOを初めて訪れる予定です(寝過ごさなければ)。


2003年01月24日(金) 秋がきて冬が来て

何のために「心の家路」をやっているのか、それは自分では(リーナス坊やと同じで)Just Fun(ただ面白いから)としか言い様がありません。
人間関係のさまざまことが(軋轢などの一見マイナスに見えることも含めて)人生の醍醐味だとするならば、リアルな生活での僕は、きわめて限定された人間関係のなかで暮らしているだけです。 AAを通しても、そんなに多くの人たちと直接触れ合えるわけでもないのです。
「心の家路」を始める前は、僕は依存症関係のサイトやら掲示板など覗いたりはしませんでした。現実の生活だけで手一杯で、「モデムを通じたわかちあい」に興味を持っていなかっただけの話です。 それが、自分のサイトというホームベースを得たことで、あちこちに顔を出し、いろいろと視野を広げてもらうことができました。 少々のソブラエティを得ただけで、いっぱしの専門家面していた部分もあり、そうした鼻っぱしを(多少は)折ってもらえたことはまず第一に感謝したいことであります。
最初はあをねこさんのサイトの補完として(いくぶんかの対抗心をも含んで)始めたことではありますが、結果としていちばん得しているのは自分ではないかと思うのです。このサイトの存在をきっかけとして、いろんなことが始まった一年でもありました。おかげで、趣味の関係で維持しているサイトの更新はパタリと止まってしまいました。

湘南線沿線の朝の空は澄み渡り、「冬の南関東はさわやか」という言葉どおりでした。新宿は幾分寒く、信州は冬そのものでありました。出張中に励ましのメールをいただいた方には、ここで感謝を述べさせていただきます。無事に生きています。 ありがとう。


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by アル中のひいらぎ |MAILHomePage


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