心の家路 たったひとつの冴えないやりかた

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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2003年01月21日(火) 春が来て夏が来て

長野の仲間に出すはずの手紙を、茨城まで持ってきてしまいました。 やれやれ。
更新履歴をみていましたら、このサイトって去年の1月24日がオープンだったんですね。準備はその前の夏から始めていたし、日記は秋から書き始めていたので、1年といってもあんまり意識はないのですが、まあよく続いたもんだなと、自分で思います。
最初はサーバーのアクセスカウンターを使っていたのですが、「増えてるかなー」と自分が見に行くだけでもカウントされてしまって、何を数えているのかわからなくなってしまったので、解析型のカウンターを設置しました。先週の設定ミスでクリアされたままになっていますが、この一年間でのべ8000人以上の方が「心の家路」を訪れてくださいました。 ありがたいことであります。来週にはカウンターも復活するでしょう。
最初は、一日に2〜3人だったのが、春のオープンスピーカーズでKさんがひろめてくださって、十数人に増え、それから二郎さんのところやTACHからの方が増えて、20〜40人というペースで続いています。
こちらからはどんな人が見に来ているのか把握する方法はないのですが、リファラーを見ると、サーチエンジンで「アルコール依存」で探してくる方、AAメンバーゆりさんや「える」グループさんやともすけさんのリンク集から来る方、あと、やっぱり二郎さんのところとあをねこさんとこ経由が多い、といったところからだいたい「お仲間」の方に見ていただいているのかなぁと思っています。

「お酒を止めるためのサイトではなくて、止めたあとも残った問題についてのサイト」

みたいなことを言われたことがありますが、果たしてそうなのかどうかは、自分でもわかりません。
(この項続く)


2003年01月19日(日) 決意の日

昨年僕の勤める零細企業が雇った女子事務嬢が解雇されました。
業績不振で中間部門の人員が削減されることは、直接部門の人間にとっては自らのふがいなさ(家族を養えないオトーサンのような)を感じて、申し訳ない気持ちでいっぱいです。 といっても、僕にできることはあまりないのですが。
これを契機に、一緒に茨城に行っている同僚(部下)が会社を去ることを決意したようです。僕としては貴重な戦力を一人失うわけで、残念であるのですが、自分の実力を頼りに生きるソフト屋を引き止めるのは難しいことを、自分自身ががよく知っています。 彼にとっても、この会社は単に3社目の会社に過ぎないのでしょう。 僕が入院していたときに採用された彼は、今や立派な実力を蓄えました。 不当に評価されないところに留まっているよりも、もっと社会の役に立つところに出て行って欲しい。 「育ててもらった」などと殊勝なことを言っていますが、そんな感覚もすぐに忘れるでしょう。なにせ、一番苦労し努力したのは本人で、先輩である僕は自分の経験の中から得たヒントを与えてあげることしかできなかったのですから、彼は自分で自分を育てたのです。

独身の彼の身軽さをうらやましく思い、また現在の経営者の健康状態と年齢を考えると、数年後には僕も何らかの決断を迫られるでしょう。 人に給料を払う立場になる器でもないし、かといってその頃には、雇ってもらうにはトウがたっているだろうから、個人事業主になるしかないのかな。 もっとも、技術の革新は激しいから、そんな先のことを心配しても仕方ないし、不安に駆動されてもろくな事はありません。

AAでご活躍のメンバーにも、年齢の波は忍び寄ってくるわけで、いつまでも同じ事が続くというのは幻想だと、こちらも思い知らされました。2月の騒ぎが終わったら、こちらもいよいよ動かないといけません。数は少ないけど、ミーティング月2回、病院M月2回というのが、新グループのスタート時の実力としてはふさわしいかな。
踏ん切りをつける週末でした。 (先のことはわからんよ)。



2003年01月18日(土) 金銭的な面での恩恵

僕は、緑内障であります。
以前は、朝晩に、五分間間隔を空けて三回、点眼する必要がありました。
薬の進歩で、朝晩に一回だけで済むようになったのですが、逆に薬を止めると眼圧がリバウンドするという危険も大きくなりました。この薬が冷やしておかないといけないという大変厄介なシロモノなのです。AAのイベントなどで2泊ぐらいだったら薬なしでもかまわないのですが、こう出張が続くと持っていかざるをえません。 ビジネスホテルは冷蔵庫つきのところを選ばせてもらっています。(ビールがぎっしり詰まっていたりして驚いたりしますが、目薬は瓶の間に入ります)。

待合室で待っていると、医者の怒声が聞こえました。
「眼圧が40もあるんですよ。 忙しいといっても、失明したら仕事どころじゃないでしょう!」
しかし、この病気はたまに激しい頭痛がするぐらいで、ほとんど自覚症状がないのです。医者と薬局で支払いをしながら「高ぇなぁ」と思っていたのですが、健康保険がないともっと高いんですよね。 んでもって、健康保険は病気一つしないような人々が支えていてくれるのです。僕は給料から月々いくらか支払っていますが、恩恵のほうがおおきいのは確実です。健康な人にとって、健康とは空気のような当たり前のものであって、病気であることは哀れむべきことであるかのように思っているフシがある、ってのは僕の被害妄想かな。

「死ぬまで健康でいたい」

とか言われてもねぇ、不健康になるから死ぬのでしょう? ともかく、風邪もたまにしか引かないような人の支払いによって、僕の眼圧が低く保たれているのだから、感謝しなくちゃいけませんね。
目の悪いひいらぎの車に乗るのは自殺行為ですが、今日もひとり命知らずがいました。


2003年01月17日(金) もうすぐ出張終わり

うまくすれば、出張も来週限りで終わってくれる手はずとなりました。
2月にかからないように、できれば1月前半で終わってくれるようにがんばったのですが、なかなか思い通りにはなってくれないものです。
茨城県の会場に寄るつもりではいたのですが、機会は訪れませんでした。一度、夕方7時にあがれるチャンスがあったので、遅れても顔を出そうと思っていたのですが、マーフィーの法則にしたがって、夕方にトラブルが発生し、ホテルに着いたのは深夜になっていました。 来週はどうなることやら。もちろん、いつもこんなに大変だったら別の仕事を探すのでしょうが、時期が過ぎれば、結構自由な時間が作れるのがこの仕事の魅力なのです。


2003年01月14日(火) 科学がそれを

ちなみに、歯槽膿漏には電動歯ブラシでの歯磨きがなかなか有効です。
ただ、症状が重いときは、血がたくさん出るのでやめましょう。ガラスポットは受け取っていただけました。

列車の中で、反対側に座った商社マンとおもわしき一団ですが、乗り込むと同時に日本酒を飲み始めました。話題は、その中の一人が新年会で記憶をなくすまで飲んで騒いだ顛末。そんな話を二時間もできる人たちの話題の乏しさはともかくとして、ご本人にはちょっと同情してしまいました。
(それはブラックアウトと言うんだよ)
そう思いながら、昨夜の睡眠不足がたたって僕はいねむりを続けていました。呑み助の一団は、声もうるさいし、タバコも量が多いので隣接すると閉口します。
ご本人が、しきりに「俺は酒を止めなきゃなぁ」と言いながら、次の一杯を注ぐのを感じ取りながら、ひょっとすると彼も僕らと同じ道の端緒についたのかもしれないし、そうでないのかもしれないなと考えていました。
この世の中からアルコール依存症が消えてなくなることは、文字通り「科学がそれを成し遂げるまで」ないのだろうなと思いました。


2003年01月13日(月) 息が臭いおじさんなのだ

妻から「最近、時々息が臭い」と言われました。
出張が多いから、食生活が乱れていることも原因でしょう、それに歯磨きも完璧じゃないし。AAのイベントで泊まるときに、よく仲間から「ひいらぎの摂食障害」とからかわれるんですが、僕は、寝る前に何か食べないと眠れません。 摂食障害の人の「寝る前にお腹がすいて眠れない」という話を聞くとどきどきしたり、新聞の記事で「眠くてお腹がすいていたら、まず寝てからおきて食事をするのが普通だろう」なんて書いてあるのを見ると、不安なのです。
まあ、ともかく寝る前に、カップラーメンとか、夕食の残りご飯のおにぎりとか、トーストとかなんでもいいので、軽食を食べないと、落ち着いて眠れないのです。(どうせ後でもう一回食べるんだから)と夕食後の歯磨きをしないというのも、歯と歯槽膿漏には良くないのでしょう。
それに、夜食を食べて、歯磨きをした後に、また何か食べたりすることもたまにありますし、ジュースを飲んでも、もう一回歯磨きするのが面倒なので、そのまま寝てしまったりします。そんなことを続けていると、歯茎がぶよぶよしだして、「口が臭い」と言われるはめになるわけです。

だいたい僕は、お腹がすくと大層機嫌が悪く「子供のよう」だとからかわれます。「話せばわかる男」ではなく、何か食わせて話をすれば納得する「食えばわかる男」とも呼ばれます。もし大地震とかが来て、避難所でおにぎりひとつで過ごすことになったら、やだなぁ。


2003年01月12日(日) コンペンセーションとアメンズ

こちらのサイト http://www.h5.dion.ne.jp/~nekonote/ のリンク集に入れていただきました。
DVとかは専門外(お前は何かの専門家なのか?)なので、見たことの無いリンク先がたくさんありました。

昼から市内のガラス食器屋さんに出かけました。 でも、「飴市」をやっていたので、到達できずしかたなく安曇野のガラス器ショップへ行くことにしました。実は昨年の9月に仕事がとても忙しかったことがあり、会社で(たぶんほとんど徹夜明けだったと思うけど)仕事をしていたとき、日曜日に社長夫妻が差し入れをしてくれました。そのときに「元気の出るお茶」という、あまり飲みたくないシロモノも差し入れられてしまったのですが、それが入っていたのが、総ガラス製のティーポットだったのです。
軽率にも僕はそれを壊してしまいました。 (疲れてたんだよと自分に言い訳)。ただ謝るしかありませんでしたが・・・。奥さんは「使うのこれで3回目なのに」とショックな様子でしたが、その場は笑って許してくれました。 何とかしなくてはと思いながらも、茶漉しまでガラスでできていて、でかいティーポットなどなかなか見つけている暇もなく日々は過ぎていってしまいました。

仕事で compensation という言葉が出てくると、僕らの業界では計測数値の補正という意味ですが、辞書の言葉は「埋め合わせをする」「補償をする」となっています。ステップ8・9の amends というのと同じ日本語があてられているので、どうしてもこの一件を含めていろいろなことを思い出してしまうのです。
この件も何とかしなくちゃと思いながらも年を越してしまいました。結局安曇野でも、「大きくて繊細で全部ガラス」という条件を満たすものはなかったのですが、ともかくせいいっぱいのものを買って包んできました。
相手がどう思うかはわかりませんが、これが僕の気持ちですと言って差し出すことが、今の自分にできる精一杯の限界なのです。


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by アル中のひいらぎ |MAILHomePage


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