心の家路 たったひとつの冴えないやりかた

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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2003年01月11日(土) 寒いよう、ほんとに寒いよう

日周変動の激しいうつ病患者にとって、夜は気楽な時間帯です。

「夜明けが来なければいいのにねぇ」

という妻の言葉を、ぼくも共感を持ってうなずくことができます。

ミーティング中にふと思い出したのですが、妻は結婚する前に病気のことを教えてくれていたはずです。 僕が精神病院に入院する前は、ふたりで(僕は酒で、彼女はうつで)寝込んでいた時期もあったはず。 僕が退院してきたときに、彼女は安定剤を飲んでいました。ところがすぐ後に妊娠がわかって、胎児にその影響がでないかずいぶん心配したものです。妊娠したから薬も止めました。 生まれた子供の体重が少なくて、冬にずいぶん心配したものです。妊娠・出産に加え、僕の病気の不安定さもあって、彼女は「うつになんかなっていられない」時期が続きました。 少し楽になったころに病気が再発したのに、治療は中断。二人目の妊娠・授乳中は病気は軽くて、言葉をしゃべりだしたころから、こんどは本格的に病んでいるというわけです。

「うちはだんなが理解してくれて、文句を言わないから、その点は助かるわ」と言われているのですが、僕の病気もあって自由にうつにもなれない時期を作ってしまったことを申し訳なく思っているということが本当のところです。
やりたいときだけ夫婦をやってるママゴト夫婦だという気もします。時々朝まで話し込んでいるのも、ちょっとふつうと違うのかも。


2003年01月10日(金) やれやれ、やっと信州に帰ってきました。

下の子供を保育園に入れてもらうために、書類を提出しないといけないのですが、妻は病気もあって最近働いていないので、勤務先(になっているところ)に就労証明をお願いしたところ、遠まわしに断られてしまったとの事でした。証明書との取引材料として、扱っているサービスの購入を求められたそうですが、そこは「金の亡者」の妻のことですから、断ったそうです。
妻が金にうるさい背景には僕の病気があって、「ひょっとするとまた病院に3ヶ月入院するかも」という不安がゼロにならない以上、宝くじにでもあたらない限り、彼女の金銭的不安も消えないのでしょう。
あたっても消えないのかな。
しかたないので、通院している医師を尋ね、治療証明をもらうことにしたそうですが、うつ状態の彼女には負担が重すぎたらしく、クリニックにつくと同時にパニック発作で倒れてしまったそうです。 書類だけのつもりが、診察にもなり、また帰りはタクシーになってしまって結局出費はどっちが安かったのかわかりません。でも、状態が一気に悪くなったのは確かです。

出張から帰ると、やっと夜になって調子が良くなってきた彼女が、そんな報告をしてくれました。子供たちはジジババのところに預けられています。こんな時に思うのは、「ムコに来てよかったな」ということです。もし僕がヨメさんに迎えて、母と一緒に暮らしていたら、きっとやっかいな嫁姑問題の仲裁にはいったりせにゃならんのでしょうが、正直僕には手に余りますね。


2003年01月08日(水) 慣れ

ソブラエティ一年目は、お酒がとても怖かった。
ミーティング帰りにコンビニに立ち寄るのも、お酒を置いていないコンビニを探して入っていたものです。 知らないコンビニに入って、ジュースを選んでいると、隣がビールの棚だったりしてびっくりしたものです。
葬式も怖かったです。 宴会に行くのも、どうやって乗り越えるか気に病んだものです。
今は「正当な理由があれば」どこだって行きます。 まあ、なくても行きますけど。
家に酒が置いてあることもあるし、棚の上には純度99パーセントのエチルアルコールのビンも乗っています。時おり酒のコップを目の前にして思うのは、「これを飲んだらまた人生だめになるんだろうぁな」という感慨です。いつだって問題は自分の側にあって、酒が問題ではなかったということでしょう。

AAの約束どおり、酒は遠ざかりました。しかし、タバコは吸いたいです。それほど強い欲求ではないですが、こちらはなかなか精神的依存が消えてくれません。 ヘビースモーカーだったので、けっしてタバコの匂いは嫌いではありません。 止めたのは健康上の理由じゃなくて、金銭がもったいないからです。
不思議なことに世間は、お酒よりもタバコを止められたことをほめてくれます。それだけ「止められない」ことが周知されていることだからでしょう。お酒も「止められない」ことが周知されるといいのにね。
え? おまえももっと努力しろ? いや、まだ自分の回復が手一杯でしてね。


2003年01月07日(火) 病識

いったい僕はここで何をやっているのだろう。
ここに何しにきたのだろう・・・。
そう思うことがたまにあります。
今回も、そんな感じです。

どうしても僕が来ないといけない、という思いに駆られてここまでやってきましたが、日中に専門知識を生かしてわずかなプログラムを書いたほかは、眠気をこらえるのと相談と打ち合わせが主な仕事です。
たしかにここに居たほうがいいのは本当なのですが、どうしても居ないといけないかというと、居なくてもなんとかなってしまうのです。
僕でないといけない、皆に迷惑をかける、怒られるのはいやだ・・・・。
確かに何かをすっぽかすと、誰かが困って怒り出すのだけれど、世の中それでも何とかなってしまうものなのです。
誰かのために生きているのじゃなくて、人は自分のために生きているもの。
どうも、そのことを忘れてしまうとうつ病患者は生きるのがつらくなってしまうのです。
これも病識の薄さかしらん。
もっとも、そういう性格だからこそうつ病になるのかもしれませんが。


2003年01月06日(月) 僕はほんとに働くのが嫌い

日記を書き終えて、ノートパソコンをごそごそと取り出して、出張の準備にとりかかりました。 時刻は午後11時。 もうそろそろ寝たい時間です。 「もう寝るよん」と仲間にメールを打って、びっくりさせる予定でした。
でも、ノートパソコンは起動すると数十秒で固まってしまいます。
お正月にアップデートしたウィルス駆除ソフトが悪いのだと判明したのは夜半過ぎでした。
さらにアップデートすれば、たぶん治る。 でも、その最中にフリーズ。
アンインストールすれば、たぶん大丈夫。 でも、その最中にもやっぱりフリーズ。
出張の準備が終わったら、もう2時過ぎでした。 仲間はとっくに寝ているでしょう。

ところが今度は眠れません。
なぜ眠れないのか、わかっています。 仕事に行きたくないのです。
出張に行くのが嫌なのです。
この休みは、仕事を持って帰ったのですが、それは一番後回しにすることに決めていました。 おかげで、(約束より遅れているけど)翻訳チェックのお手伝いはあと一歩までこぎつけました。 いろいろ書類も読めました。
有意義でした。 仕事しなかったことは、まあ仕方ない。 良い休みでした。
でも、やっぱり体も心ももっと休みを欲しがっているのでしょう。
眠れないと体力持たないのに眠れない。 おまけにお腹が痛くなって、トイレでうなっていたら、目覚ましが鳴りました。 典型的な心因反応。
休めるものなら休みたい、それどころかもう一生働きたくない。
いつでも長い休みの明けは、こんなものです。
まあ、ちゃんと茨城にいるのですが、まだ体は回復していません。


2003年01月05日(日) 日曜日

こちら のページの掲示板に、無責任にもYahooに登録したら、と書いてしまったのですが、その後でひさしぶりにぼ〜っとネットサーフィンしていましたら、「工事中のページが多いうちは落とされる確率が高い」とありました。 そういえば「心の家路」も2回目のチャレンジ(推薦)で登録されたたんですが、それは結構な幸運だったようです。
もっとも、希望していた一般カテゴリにはいれらず、地域(長野県)カテゴリの下に入れられてしまったのがちょっと残念ではあります。
一般カテゴリへの収容変更の依頼は2回出したのですが、だめです。
Yahoo側の登録基準を読んでみると、「地域性の高いものは地域カテゴリ」とあります。
自分では「自助グループ全般」を扱っているつもりでしたが、トップページを検討してみると、確かに「長野県のAA情報」がメインだったりして。

で、「アクセスアップにはYahooのどういうカテゴリに登録されるのが・・・うんぬん」というのを読んでいて思ったのですが、果たして僕はアクセス数の向上なんかを狙っていったい何をやっているのだろうか・・・ということです。
もちろん沢山の人に見てもらいたいのはやまやまなんですが、決して万人受けするような情報を扱っているわけじゃないし、すぐに役立つような情報でもない。
つきつめて何のためにやっているのか考えると、やっぱり「ただ面白いから」という理由につきあたってしまうのでした。

ほんとは本業に費やす日のつもりだったのですが、持病の「仕事したくない病」が発病しまして
子供と遊んだり、雪かきをしたりするうちに一日が終わってしまいました。


2003年01月04日(土) 委員会

全国的に雪になっているので、雪に悩まされているのは、僕らだけではないということでしょう。
夕方には市内は氷点下になって、路面も凍り始めました。
今年から僕は地区委員会では役がなくなって、委員会にとっては単なるオブザーバーとしての参加です。
正月の夜だということもあって、広い施設の中で、部屋を使っているのは僕たちだけでした。
「まだ苦しんでいるアルコホーリクにメッセージを運ぶ」
この簡単が言葉が、この先もずっと繰り返されていくことでしょう。

自分の意に沿わないことであっても、皆で決めたことであるからには、それを意にしていく。
そうしないと、この小さな共同体はばらばらになってしまって、孤立したグループも個人もせっかく手にしたものを失ってしまう。
こんな冬の日に、隙間風の吹き込む部屋に皆が集まっているのも、そのためでしょう。
そのために払われている犠牲も小さくは無いでしょう。

北海道についで広い面積のこの県が、ひとつの地区としてやっているのは、やっぱり人数が少ないから、寄り添うようにして一つのグループのようにして集まっているのです。
今年からまたひとつグループが増えて、より遠くから仲間がやってくることになりました。
女性の代議員も増えました。
自分ばっかりが苦労している、という自己憐憫を取り払ってくれるには、良い薬です。
でも、オブザーバーにしては、発言回数が多かったなと、やっぱり反省。


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by アル中のひいらぎ |MAILHomePage


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