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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2002年12月22日(日) 携帯電話 携帯電話を落としてしまいました。
普段だったら、鳴らしてみればたいてい車の運転席の上に(ポケットから転がり落ちたまま)発見されるのですが、今回はそれもありません。 電池切れ寸前だったので、かけてみても留守番電話センターに飛ばされるだけです。
電池がヘタってきていますので、3日に一度は充電しないといけないという事態にもかかわらず機種変更をしなかったのは、いろんなひとから不要になった充電器をもらった結果、自宅・会社・かばんの中と、3ヶ所に充電器を常備しておき、いつでも充電できる体制だったからです。
しかしどうやらそれともお別れしないといけないようです。
ともかく拾った誰かに不正利用されないように、すぐに回線を止め、翌日機種変更にでかけました。本当は、解約→新規契約のほうが安いのですが、そうなるとまた新しい電話番号を皆に知らせねばならず、「なんだよ柊、また電話変えたのかよ。 面倒じゃねえか。 理由はなんだ、ええ? 女か?」などとからかわれるのもいやなので、しかたなく余計な数千円を支払うことにしました。
買ったのはGPSつき、CCDカメラつきというヤツです。GPS機能は魅力的ですが、使ってみたら「月額210円」という表示が出ました(そんなこと事前には知らされてないよ)。 毎月1200円でパケット代が大割引、という話も「これを契約すると、パケット代金は月々の無料通話に含まれなくなります」という小さな文字を見落とすところでした。だいたい「無料通話ぶん」なんていう用語自体が、不当表示じゃないですか。
こんな楽しいオモチャを手にしながら、十分遊んでいるヒマがないなんて・・・。
2002年12月21日(土) 進行性の病気? 政治的なことには立ち入らないことが原則のこのサイトですが、たまにはそんな話も。
来年の国家予算が発表されました。 これを「会社員のオトーサンとパートのお母さん、それに進学中の子供がいる家庭」になぞらえてみましょう。
お父さんの年収は不景気で去年より53万円減って418万円。 お母さんのパート収入も8万円減って85万円。 この503万円が、一家の収入のすべてというわけです。一方支出は、生活費が年190万円(社会保障費)、子供の学費が64万円(文教費)、子供への仕送りが174万円(地方交付)、家のローン(建設国債)と生活費の借金(赤字国債)の返済が毎年168万円。 当然これでは足りないので、新たに借金(国債発行)を364万円、毎年しているというわけですな。 こんな状況なのに、家の増改築(公共投資)に89万円、警備(防衛費)に49万円をつぎ込んでいるというのは、節約する気がないというか何と言うか。
借金の総額は親が4500万、子供(地方債)が1500万で、一家で6000万円。
こんな借金漬けの生活が持つはずはないから、と一家の長が「新たな借金は300万以下(国債発行30兆円)」と言っていたのに、結局は2割もオーバーしているところが「さすが」です。
将来あきらかに破綻する、とわかっていながら、現在の生活スタイルを変えることができない、というのはアルコール依存の進行に良く似たところがあります。 普通の生活からは、だいぶかけ離れてしまったのに日々起きる問題は、それほど大きな変化には感じられないので、その異常さに気がつかない。
逆に気が付かないふりをしていれば、将来の不安さえも消えてくれるかのような幻想に陥って・・・。この国の経済も、いったん「底つき」を経験しなければ、立ち直れないということなのでしょうか。
2002年12月20日(金) 長野に帰っております とりあえず今週は金曜日で帰ることができました。
帰ると郵便物がたまっている中に、仲間からの手紙も混じっていました。
「10才の子供の1年は人生の10分の1だけど、40才の1年は人生の40分の1」
今年もあっという間に過ぎ去ってしまって、もう年賀状を準備しないといけない時期です。わずかな親戚と、数少ない学生時代の友人に出すほかは、ほとんどがAAのメンバーです。年賀のご挨拶と言うよりは、滅多に会えなくなった人に「今年もなんとか飲まずに年末までたどりついております」という報告を差し上げていると言うべきでしょうか。年末になると印刷ソフトの住所録を見直し、亡くなったという人や、AAから離れて長いことたってしまった人を削除するのはちょっとさびしい作業です。
役割上必要だからという理由で教えてもらった連絡先は、この住所録にはもちろん入っていないのですが、個人的に教えてくれたのか、役割上なのか、判断に苦しむ場合もままあったりします。 (女性の場合には、住所を教えるのは気をつけてくださいね)。
2002年12月19日(木) 居酒屋 予約をするのが遅かったので、昨日のホテルは一晩だけしか泊まることができず、いままで行ったことのないホテルへ泊まることになりました。五千円しないというところに恐怖感がありましたが、冷蔵庫がないことと、電話機がモジュラージャックになっていないので、ダイアルアップに携帯電話しか使えないことを除けば、特に不満はないです。ああ、非常階段を開けてみたら、屋上へ抜けているだけで、地面へはつながっていないようでしたので、火事になったら助からないかもしれませんが。
今夜の食事は、いわゆる居酒屋ですませました。 大都○とか、村○来とか、庄○などのチェーン店ではない居酒屋に入るのはひさしぶりです。 違いは「飲まない人」向けのメニューがないことでしょうか。 飲まなくなっても、酒のつまみの類は好きなので別に困りませんが・・・。 川えびのから揚げとか、揚げシューマイとか、普段の食卓では食べられませんので、それはそれで楽しみです。でも、ひとりだったら居酒屋には入らないでしょうね。 理由がありません。ただ単に楽しみを求めて入るには危険すぎるところだと思います。
目標設定が低くなったので、どうやら明日の午後には帰れそうです。
ほかの外注の人が「忘年会があるので午後3時にはあがりたい」と言っているので、それも良いニュースです。 しかし、忙しくてもそういう理由だと許してもらえる業界というのもなぁ。
メールなどの返事が出せなくてすみません。 これからまだ仕事です。
2002年12月18日(水) 医者によってから出発しました 中央本線の「あずさ」でも、常磐線の「ひたち」でも、すっかり寝ていました。
仕事が終わったのが8時なので、ミーティングはあきらめ、同僚と焼肉屋で夕食にしました。 おなかいっぱい食べるのは、彼にとってもストレス解消だそうです。先日見たテレビ(リサーチ200Xだ)で、男の脳と女の脳という話をまたやっていましたが、男だって話すことがストレス解消になることもあるのです。
ただそのために、目の前の彼にはアルコールというお膳立てが必要なのでしょう。1時間半ほど、「エゴイズム」とか「プライド」とか「病前性格」とかこ難しい言葉を使って「生き方」の話をしました。 といっても、そこは酒席の話、身近な人の生き方をこき下ろしていただけですが。
中庸が一番という結論になって、会計をすまし、店の外に出たところで、思わず「でも、どんな生き方をしても、壁にはぶちあたっちゃうんだよね」と言葉がついて出ました。 彼のいらえは、
「結局その人の好きに生きるしかないってことですか」
たぶんそうなのでしょうね。 正しい・間違っているは神様でないと判断はできないよ。
携帯電話のパケット通信でつないで、切断するのを忘れて風呂に入ってしまいました。
2002年12月17日(火) 出張に行くのに薬がな〜い。 明日から茨城県へ出張です。 とりあえず今週は金曜か土曜までです。
今日は医者へ寄って薬をもらっておかねばならなかったのですが、すっかり忘れてしまいました。 明日は朝一番から出発ですから、このままでは困ったことになってしまいます。 一緒に行く同僚には迷惑をかけてしまいますが、一本遅い電車で追いかけていくことにします。週日になるとあっという間に睡眠不足になる僕ですから、電車での移動は助かります。
メールのチェックは仕事のアカウントをチェックしないといけないので、携帯を使って一日に何回かやります。 ビジネスホテルに帰った後は、電話回線を使ってダイアルアップ接続します。 ので、多分日記の更新はするとは思うのですが、出張中は一日じゅう工場のなかにいるだけで、晴れているか曇っているか、暑いか寒いか、夜か昼かもわからない状態ですから、ストレスフルだけど刺激のある日々にはなりません。
今回行くところは、去年の秋に行っていたところと同じところです。駅前は歓楽街で、ふつうの食堂やレストランが滅多に無いところですから、夕食は同僚と居酒屋か焼肉屋などになります。 酒の匂いをかいでも、強烈な飲酒欲求に襲われることはなくなりましたが、目の前でビールなどごくごく飲まれると、
「うまそーだなー」
「ぼくも、この目の前の一杯を飲んじゃだめかなぁ」となんとなく考えたりします。
たぶん、AAがなくて平穏な生活を取り戻した自分がいたとしても、ここで飲むでしょうね。食べることが一番の解消法なので、ともかく美味しそうなものを注文して食べます。こんなことを数週間続けると、はけるズボンがなくなります。こんかいは、ひょんなことから夕方7時ぐらいに仕事がおわって、茨城のどこかのミーティングに顔を出せるなんて幸運が訪れてくれるのでしょうか?
2002年12月16日(月) オーラの魅力 来るかな、来ないかな、はらはらどきどき。
来ないとしょんぼり。 来てくれればうれしい。 飲んでなければなおさらうれしい。多分、男だったり、おばあさんだったりしたら、ここまで心配しません。やっぱり男であることに支配されてしまいます。
男であることに抗っていたのが、僕の感情の病気の一端だったりもしたのだから、それはそれで受け入れなければいけない事実なのかもしれません。でも、不安定な女性を見れば「守ってあげたい」という感情が湧きあがってきてしまうのは病的なんでしょうね。 僕だってACの端くれですから。
自分の無力さとか、願望の醜さに何度直面しても、それはなかなか収まりません。でも、女性は回復するとみんなふつーのおばさんになってしまいます。若いおねーさんたちは、ふつーのおねーさんになります。どこらへんが普通かというと、深刻なトラブルを乗り越えた(乗り越える見通しがつきつつある)ところでしょうか。 その人の願っているように、どこにでもいる普通の人になる。
その人の背負っている不幸のオーラが薄れていくと同時に、僕にとってはある種の魅力が消えていってしまうことを、残念だなどといったら叱られてしまうのでしょうが。
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