心の家路 たったひとつの冴えないやりかた

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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2002年11月10日(日) 所詮は夢の話

ちなみに事故にあったのは僕の車ではなく、妻の車です。
昭和62年登録車ですので、15年前のモデルです。 現在は、中古部品の流通がオンラインになって全国規模で流通している層なのですが・・・。さすがに、全損したフロントバンパーの代えは見つからないかもしれません。その場合には、残念ながら廃車にするしかありません。新車購入となると、破綻寸前の我が家の経済に重くローンがのしかかることになりそうです。と言いながら、車の選定は(夢に過ぎなくても)楽しいものです。マイナーチェンジされたスバルのインプレッサの、一番安いモデルは、ついにベース価格が120万円を切りました。 エンジンや駆動系さえ違うものの、ボディ構造や、基本的なサス構造はWRCラリーを戦うマシンと同じものです。 楽しそうですなぁ。

まあ、ホンダがフィットの自社登録を大量にやっているみたいなので、来年あたり新古車が放出され始めたら、それになってしまうかもしれませんが。なんて思っていても、今の車が修理できるのが最善なんですがね。

新聞の切抜きを一枚収録しました。



2002年11月09日(土) ひちごさん

メインサイトの移転の作業だけで、だいぶ時間を使ってしまいました。
もともとは、長野グループのオープンスピーカーズに泊まりで行って、お餅を食べたり、仲間と深い分かち合いをしたり、四角いジャングルで戦ったりするつもりだったのですが・・・。子供の七五三でした。 (こちらでは「ひちごさん」となまるのです)。七五三を放り出して、お出かけしてしまうのでは、飲んでいるのと変わりません。写真館に写真を撮りに行きました。 月々いくらかずつ支払って、年に1〜2回写真を撮ってもらうという契約を交わしているのです(我が家には完全な贅沢ですが、これも義理です)。おかげで今回は特別な出費がなかったのですが・・・。二人の娘に着物を着せて写真を撮るだけで2時間もかかりました。朝から雪が舞う天気で、お宮参りもそこそこに帰ってきました。
お祝いの席も今回は特には設けず、夕方ジジババも含めて回転寿司に行って済ませました。



2002年11月07日(木) NPO法人?

断片的な情報しか持っていないんで、わかんないんですが、断酒会のNPO化って個々の断酒会を全部NPO法人化するって話なんでしょうか?(たぶんそうでしょうね。 すでに財団法人として法人の資格を得ている全断連をわざわざNPO法人にしなくても良いでしょうから)。県断連の単位はもう済んでいるんですよね。 以前NPO法人関係を調べていたときにぞろぞろヒットしましたから。

AAは完全に「任意団体」なんですが、サービス機構だけはNPO法人化という話が進んでいます。 ただ、AAそのものは決して法人化されることはないでしょうが。聞いた話によれば、NPOとは書いた字のごとく「利潤を上げることを目的とせず、(当然ながら収益を会員間で分配しない)組織」ですから、AAも断酒会もその点ではすでにNPOであります。 法人格うんぬんは法律・行政上の話に過ぎません。まあ実際のNPOにはいろいろ要件があるのでしょうが。
さて、PTAのような任意団体(これはたぶんNPOとは違う)にも法人格を与える方針で話が進んでいるとか。


2002年11月06日(水) 実験を拒む科学者

今日は朝から苛立ちを抱えていました。 昨夜の残りです。
いえ、原因は大したことはないのです。 パソコンの不調です。僕のパソコンを車に例えると「エンジンと駆動系は高性能でよく整備されているけれど、車内はろくに掃除されていなくて埃だらけ」とでも言いましょうか。 だから、すぐにトラブルが起こるのです。 パソコンも自分自身の心と同様、毎日のケアと整理整頓が欠かせません。でもそれができないのが人間なんですがね。
そんなわけで、昨夜はやりたいこともできず、やらねばならないこともできず、ともかく応急処置だけして寝たのでした。 普段は、昨日の事を引きずらないことにしている自分ですが、今朝はどうもいけません。朝のコーヒーをのみながらふと見ると、本の原稿が目に入りました。「祈りと黙想の効果を否定する人たちは、自説を否定する実験を拒む科学者に似ている」なるほどね。 こういうのをAAでは「偶然」と呼ばずに、「ハイヤーパワー」と言うんだろうな。効果は?
もちろんありましたとも。


2002年11月05日(火) 神の視点

自分が「良い子」でなければならなかったあの頃。
周りの全員がレフェリーで、僕を採点していると思っていた。どうやら、いつも不合格のようだった。とても自罰的だったけれど、それしか生きていく術を知らなかった。自分が「何でもできるすごいやつ」だったあの頃。「すごいやつ」でなければならなかったあの頃。いくら結果を出しても、誰もほめてはくれなかった。こっけいなほど高慢だったけれど、それしか生きていく術を知らなかった。まったくかけ離れた、両極端の生き方に思えたそれぞれが、実は同じ問題の表と裏に過ぎなかったことを知ったのは、どちらの生き方にも行き詰まって、どちらも笑い飛ばす術を教えてもらってから。

try levitation!

10メートル上空に浮かんで、自分の生きてる姿をみおろしてごらん。思わずクスクス笑っちゃうぐらい、バカな生き方をしている自分が、そこにいないかな? 「神の視点」は役に立つよ。「ご苦労さん、もういいよっ」と拾い上げてもらう日まで、この地上をテケテケ走っていこう。


2002年11月04日(月) 先行く仲間

僕がステップの4・5を終わらせたのは、ソブラエティが2年半ぐらいのときでしたから、AAの中ではかなり遅いほうでしょう。 周りからも、スポンサーからも「飲まなければいいというものではないぞ」と脅されすかされながらの実践でした。(皆さん心配してくれてありがとう)。それが終わったと報告したときには、スポンサーは手放しの喜び様で、「俺の役目もやっと終わった」と肩をなでおろしていたようでした。 その後は二人の距離は広がっていってしまうのですが、当時にもらったアドバイスは今でも忘れていません。 それは、彼自身がスポンサーからもらった言葉として僕にプレゼントされた言葉でした。

「『先行く仲間』にはなるなよ」

それが具体的にどんな意味を示すのか、解説をしてはくれませんでしたが、僕には常なる戒めとして残る言葉です。 自らの回復を誇るような高慢に陥るなよ。 楽に生きていけるようになったからと言って、あたかもそれが自分のなし得たことだと思うなよ。 いつも苦しむアルコホーリクから目を離すなよ。新しい仲間からもらえる恵みに感謝しろよと。 一緒に苦しめ。 専門家になるなよ。年数なんて何の意味もねぇぞと。いつでも新しい視点を加えてくれる言葉として大切にしています。これほど実践の難しいこともないですね。

「タダで貰ったものは、タダで返せ」

回復に値札はついてないんです。 でも、タダより高いものはなし。



2002年11月03日(日) 交通事故

『さくら』のビデオを返す期限の日なので、午後は家族でお出かけの予定でした(ツタヤとユニクロ)。でも、疲れがたまったせいか、頭が痛かったので、1時間ぐらい休ませてもらうことにしたのですが、起きて見るとすでに夕方でした。 (置いていかれたかな)と思っていたら、妻が帰ってきて開口一番、「車ぶつけちゃった」聞けば、駅前の渋滞の中、信号のない交差点で、前に空いたスペースを埋めようとして発進したところ、横から飛び出してきたワンボックスと接触事故になったとか。
相手の車の横っ腹に突っ込む形になったようですが、相手はシェル部分なんでボディがゆがんだ程度のようですが、こちらはフロントのクラッシャブルゾーンですから、派手に破損しています。もう警察にも寄ってきたというので、あとは保険屋に電話をかけるだけです。妻の話からすると、ローギアでクラッチミートした直後ぐらいなので、ほとんど速度は出ていなかったはずですが、子供たちが頭を打ったということで、保険屋の指示で緊急医に行くことになりました。というのも、成長してチャイルドシートが合わなくなったのに、ジュニアシートに買い換えてないせいでシートベルトが締められず、高い位置に座っているだけだったり、立っていたりしたせいで、ヘッドレストやダッシュボードに全身をぶつけたようなのです。

「健康保険は使えません。 しかも、自由診療ですから、通常より高くなります」と言われても、他に行く病院がないんだからしかたありません。 下の子は額をぶつけていましたが、「自分で歩けるなら脳内出血の心配はないし、CTの放射線の害のが大きい」ということで「打撲」。 上の子は首を曲げると痛いと訴えるのでレントゲン撮影をしましたが、骨に異常はありませんでした。

「骨に異常がなくて、首の痛みがあれば、ムチウチの診断をするしかないんですよ。 それが詐病でもね」
とは医者の余談でした。「頸部挫傷」。診察の間も遊びまわり、病院にいるのが恥ずかしくなるぐらいでした。会計で、負担率200%という請求書が出て、合計3万数千円となりました。事故は防げなかったかもしれませんが、シートとベルトをしていれば、余計な手間と出費は防げたはず。
シートベルトを締めましょう。



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by アル中のひいらぎ |MAILHomePage


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