心の家路 たったひとつの冴えないやりかた

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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2002年10月12日(土) あなたが飲んでいたころは・・・

最近になってようやく、「あなたが飲んでいたころは・・・」という話をされても、困ってしまうことがなくなってきました。 ミーティングでどれだけ話をしても、それは自分が話す話だから良いのであって、自分が過去どうであったかを、他の人が話すのを聞くのは、なんだか断罪されているみたいで、とってもつらかったのです。
特に母がつけていた5年日記というのは凶悪で、2年前、3年前の自分が、同じ日になにをやらかしていたか、克明に記録されているわけです。 年月がその呪縛を解き放ってくれたときは、本当にほっとしました。
別に、相手は責める気持ちがあって過去の話をしてるわけじゃないのでしょうが、叱責の雰囲気を感じてしまうのは、「言い訳したい自分」がまだいたからでしょうね。

ゆっくり寝ようと思っていたのに、いつもと同じ時間に目がさめてしまうのは、なんだか悲しいです。
不要なコンピューターパーツやら、本やらを処分しようと、整理を始めたのですが、眠くて昼寝してしまいました。というわけで、今日の稼ぎは0円です。



2002年10月11日(金) 金の工面一日目

手持ちのお金と、昨日借りた2万円をあわせて、振り込みにいってきました。
振込みには手数料がもっとも安価な郵便局へ出かけました。 空っぽのはずの通帳をみたら、二千円ちょっと残っていました。 2300円ゲット。
そういえば、通帳がどっかに行ってしまって、使っていない口座が二つあるはず。それぞれ千数百円ぐらいの残高だと郵便局からはがきが来ていたので、来週再発行してもらって早速下ろそう。
「金銭の正しい使い方が終わった先から、金銭の誤用が始まる」とどっかに書いてあったけど、今日の出費は誤用かな。

ああ、3連休か。 ひさしぶりです。でも、子供たちはふたりとも風邪を引いているので、お出かけの予定もありません。日曜日に妻が出かけるので、子供の面倒をみる約束ですが、レンタルビデオでアニメ映画でもみようかな。月曜日には、脱穀のあとの稲わらの処理に呼ばれる可能性があったりして。

まあ、あてにされない気楽さも良いけれど、あてにされる苦しさも良いものかな。
うつ病もちなんで、いつもそう思えるわけじゃあありませんが。



2002年10月10日(木) 借金しました

その仲間とはすれ違いが多くてなかなか会えないので、確実に会えるスケジュールのミーティングをねらって出かけていきました。(僕の知っている範囲の)AAでは、大事な用件は電話や手紙で済ませずに、なるべく直接会いに出かける風習?があるような気がします。 といっても、自宅を知るわけもないんで、その人の居るミーティングまで出かけていくわけです。 そして、ミーティング前後の数分で話はすんでしまうのです。

帰りに実家によって夕食を食べさせてもらうついでに、母に2万円借りました。
横島君な目的に使うので、家族にはちょっと言えないお金です。「貸して*あげる*」のじゃなくて、「貸して返してくれる」のなら、と貸してくれました。まあ、年内に返してくれればいい、とも言われましたが、来週の木曜日に耳をそろえて返すと返事しました。はたして、ひいらぎは一週間で2万円かき集めることができるのでしょうか?
一週間は「金の工面日記」になっちゃうかもしれませんね。



2002年10月08日(火) 行って来ました大阪

お昼ご飯は、サービスエリアのチャーシューメンになってしまいました。
かに道楽の動くカニをみて感動しました。片道4時間半ぐらいかかったでしょうか。 でも僕がハンドルを握ったのは、3割ぐらいだけ。しかも、往復各一時間ぐらいずつ、眠らせていただきました。この移動中まどろんでいるのは結構好きなんです。 熟睡しないんで、頭の中は妄想が駆け巡っているわけなんですが。帰りは雨が激しくなったのと、日曜の脱穀の筋肉痛が出始めて(トシを感じますね)、かなり疲れました。

家に帰って、風呂に入り、食事をする直前(僕がもっとも機嫌が悪い時間帯)に、遠方の仲間から
電話がかかってきました。「転居の話は、何度も連絡したんだけど」というお叱りでした。僕としては、仲間からの転居の通知はすぐに住所録に反映しているんだから、住所が古いままなら転居の通知がきていないという論理だったんですが・・・転居は2年前だったそうです。 当然(何度も)通知をもらったのも2年前だったはず。そして、2年前というのは「失われた9ヶ月」があった年です。
データのバックアップを取らずに危険な操作を行って、パソコンのデータを根こそぎ失い、最後にとったバックアップは9ヶ月前のもの、というソフト屋としては、恥ずかしくて人には言えない自損事故があった年です。 つまり、住所録は更新したけれど、そのデータを失ってしまったわけで、それをすっかり忘れて人のせいにしていたというわけです。
悪いのはすべて僕だったわけです。 ごめんなさい。
事実に気が付いたのは、電話を切った後でしたので、謝った言葉には気持ちが入っていませんでした。でも、あらためて電話をするということもしません。 きっと、来月会う機会がありますから。果てしなく許してもらえるということは、実は大変厳しいことだなと感じたのでした。



2002年10月07日(月) 教訓

早く寝ることが幸せにつながることもある。
幼いころから母に言われた言葉が、なんとなく実感となって感じられたりします。明日は大阪まで日帰り。中学校の修学旅行で京都・奈良へ行ったきり、岐阜の大垣より向こうにいったことはありません。 未知の都市「大阪」。映画「ブラックレイン」とか見てると、すごいぞ大阪。 (完全に偏見)
残念ながら、行けるのは枚方までです。 「まいかた」と読んで、大恥をかきました。だって、横浜の人がそう読んでいたんだもん。コ・ドライバーで大阪出身の人と一緒に行くので、昼ご飯は関西らしいものをいただく予定です。



2002年10月06日(日) 脱穀してきました。

最初から農協に供出するつもりだった田は、代理耕作を頼んでいるので、コンバインで処理済みです。
今日やったのは、自家消費用の天日干しのぶんだけです。 でも理由は知りませんが、追加で供出することになったので、5俵ほど用意しました。 最近は米の値段も知りませんが、これで5万円ぐらいにはなるのかな? 実家は機械も新しいのは買わず、古いのをだましだまし使っています。 苗も種から育ててるし、薬代がもったいないから減農薬で(現実問題として無農薬は無理)、その5万円はそのまま収入にできるのでしょうが、これがもっと積極的に農業をやる人で、機械を買ったりすると、そのローンに大半が消えていくのでしょう。

一年間の総労働量からすれば、米なんて買ってきたほうが絶対お得です。
じゃあ、なんで手伝ってまで続けているのかというと、この安曇野の田園風景を次世代まで残したいという気持ちもあります。 以前県の北部の街を訪れたとき、国道の両側に耕作放棄された田が延々と続いていて、その風景がとても寂しく悲しかった。 ひとつの田が耕作放棄すると、周囲が迷惑するんですが、皆でやめちゃえば文句を言う人もいないのかな。

あと、一年中ブラインドを閉めて、蛍光灯の下で仕事をしている人間にとって、肝臓がグリコーゲンを分解するまで体を動かせる数日でもあるんです。 まあ、実際の営農は、兄と母がこまめにやっていてくれて、僕は無料で動員できる労働力に過ぎないんですが。



2002年10月05日(土) ね、ねむい

妻と上の娘は朝から運動会に行ったので、下の娘と小児科に行ってきました。
昨夜は、近くの踏み切りで工事があって(というかここ数週間ずっとやってるんですが)、うるさくて眠れませんでした。 眠いです。 熱があるくせに外で遊んでるし。

ひさしぶりにこのサイトのアクセスログを見てみました。
技術的な話とか、ホームページ作成に興味のない方には、つまらない話です。すみません。この前のZDNetのニュースでは、ブラウザの95%がウィンドウズ標準のIEだそうですが、それはこのサイトにくる人も同じようです。 Netscape-Mozillaは市場では3%なのに、こちらでは4%。 Macintoshユーザーは2%。 残りは全部Windowsで、Linuxはちょぼちょぼ。
VGA(640x480)解像度のユーザーは無視できる数に減りましたが、800x600のSVGAユーザーはまだ全体の2割ぐらいいますから、デザイン上の留意は、今後も続けないといけないでしょうね。色数で言えばHigh Colorのユーザーが全体の5割弱と多いので、微妙な色にこだわってみても、見る人の画面には再現されていない可能性が大ですね。

これから夜まで寝かせてもらいます。 明日は、脱穀。


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by アル中のひいらぎ |MAILHomePage


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