心の家路 たったひとつの冴えないやりかた

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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2002年10月08日(火) 行って来ました大阪

お昼ご飯は、サービスエリアのチャーシューメンになってしまいました。
かに道楽の動くカニをみて感動しました。片道4時間半ぐらいかかったでしょうか。 でも僕がハンドルを握ったのは、3割ぐらいだけ。しかも、往復各一時間ぐらいずつ、眠らせていただきました。この移動中まどろんでいるのは結構好きなんです。 熟睡しないんで、頭の中は妄想が駆け巡っているわけなんですが。帰りは雨が激しくなったのと、日曜の脱穀の筋肉痛が出始めて(トシを感じますね)、かなり疲れました。

家に帰って、風呂に入り、食事をする直前(僕がもっとも機嫌が悪い時間帯)に、遠方の仲間から
電話がかかってきました。「転居の話は、何度も連絡したんだけど」というお叱りでした。僕としては、仲間からの転居の通知はすぐに住所録に反映しているんだから、住所が古いままなら転居の通知がきていないという論理だったんですが・・・転居は2年前だったそうです。 当然(何度も)通知をもらったのも2年前だったはず。そして、2年前というのは「失われた9ヶ月」があった年です。
データのバックアップを取らずに危険な操作を行って、パソコンのデータを根こそぎ失い、最後にとったバックアップは9ヶ月前のもの、というソフト屋としては、恥ずかしくて人には言えない自損事故があった年です。 つまり、住所録は更新したけれど、そのデータを失ってしまったわけで、それをすっかり忘れて人のせいにしていたというわけです。
悪いのはすべて僕だったわけです。 ごめんなさい。
事実に気が付いたのは、電話を切った後でしたので、謝った言葉には気持ちが入っていませんでした。でも、あらためて電話をするということもしません。 きっと、来月会う機会がありますから。果てしなく許してもらえるということは、実は大変厳しいことだなと感じたのでした。



2002年10月07日(月) 教訓

早く寝ることが幸せにつながることもある。
幼いころから母に言われた言葉が、なんとなく実感となって感じられたりします。明日は大阪まで日帰り。中学校の修学旅行で京都・奈良へ行ったきり、岐阜の大垣より向こうにいったことはありません。 未知の都市「大阪」。映画「ブラックレイン」とか見てると、すごいぞ大阪。 (完全に偏見)
残念ながら、行けるのは枚方までです。 「まいかた」と読んで、大恥をかきました。だって、横浜の人がそう読んでいたんだもん。コ・ドライバーで大阪出身の人と一緒に行くので、昼ご飯は関西らしいものをいただく予定です。



2002年10月06日(日) 脱穀してきました。

最初から農協に供出するつもりだった田は、代理耕作を頼んでいるので、コンバインで処理済みです。
今日やったのは、自家消費用の天日干しのぶんだけです。 でも理由は知りませんが、追加で供出することになったので、5俵ほど用意しました。 最近は米の値段も知りませんが、これで5万円ぐらいにはなるのかな? 実家は機械も新しいのは買わず、古いのをだましだまし使っています。 苗も種から育ててるし、薬代がもったいないから減農薬で(現実問題として無農薬は無理)、その5万円はそのまま収入にできるのでしょうが、これがもっと積極的に農業をやる人で、機械を買ったりすると、そのローンに大半が消えていくのでしょう。

一年間の総労働量からすれば、米なんて買ってきたほうが絶対お得です。
じゃあ、なんで手伝ってまで続けているのかというと、この安曇野の田園風景を次世代まで残したいという気持ちもあります。 以前県の北部の街を訪れたとき、国道の両側に耕作放棄された田が延々と続いていて、その風景がとても寂しく悲しかった。 ひとつの田が耕作放棄すると、周囲が迷惑するんですが、皆でやめちゃえば文句を言う人もいないのかな。

あと、一年中ブラインドを閉めて、蛍光灯の下で仕事をしている人間にとって、肝臓がグリコーゲンを分解するまで体を動かせる数日でもあるんです。 まあ、実際の営農は、兄と母がこまめにやっていてくれて、僕は無料で動員できる労働力に過ぎないんですが。



2002年10月05日(土) ね、ねむい

妻と上の娘は朝から運動会に行ったので、下の娘と小児科に行ってきました。
昨夜は、近くの踏み切りで工事があって(というかここ数週間ずっとやってるんですが)、うるさくて眠れませんでした。 眠いです。 熱があるくせに外で遊んでるし。

ひさしぶりにこのサイトのアクセスログを見てみました。
技術的な話とか、ホームページ作成に興味のない方には、つまらない話です。すみません。この前のZDNetのニュースでは、ブラウザの95%がウィンドウズ標準のIEだそうですが、それはこのサイトにくる人も同じようです。 Netscape-Mozillaは市場では3%なのに、こちらでは4%。 Macintoshユーザーは2%。 残りは全部Windowsで、Linuxはちょぼちょぼ。
VGA(640x480)解像度のユーザーは無視できる数に減りましたが、800x600のSVGAユーザーはまだ全体の2割ぐらいいますから、デザイン上の留意は、今後も続けないといけないでしょうね。色数で言えばHigh Colorのユーザーが全体の5割弱と多いので、微妙な色にこだわってみても、見る人の画面には再現されていない可能性が大ですね。

これから夜まで寝かせてもらいます。 明日は、脱穀。


2002年10月04日(金) 一週間を振り返って

火曜日:用があって台風の中ミーティングに行きました。
水曜日:主治医受診。 新しい坑うつ薬の「男にしか関係ない」副作用について話。
風邪が抜けないのか、体調不良なので早く帰宅しようと思うものの、結局いつもどおり。ノバのレッスンを休んで、ごろごろしていたら下の娘が、飴を喉につまらせて、救急へ行くはめになりました。
木曜日:さすがに限界なので、夕方早退して、家で寝ていました。でも、夜半前にに目がさめて、あとはいつもどおり。
この週末は稲刈りのあとの脱穀の予定が入っていましたが、実家の兄が土曜は仕事だということで、明日はゆっくり休めることになりました。しかし、実は明日は娘の保育園の運動会なのです。
でも、さすがに休ませてもらうことにしました(というか、ハナから期待されてなかったりして)
週末なので、夜間の当番医はないのに、近くの救急病院からは小児科医がいなくなって、子供を受け付けてもらえなくなりました。 下の娘がまた熱を出しているのですが・・・。


2002年09月30日(月) お風呂

ホームグループのミーティングにやっと出られました。
もっとも、「いつもと違うスケジュール」週間の平均出席メンバー数は3名だったとか。きっと深い分かち合いができたのでしょう(苦笑)。
僕がつながったミーティング場は、90分を3人で分かち合うという会場だったので、話がなが〜くなる傾向があり、人数が増えてきたときも、話を二十分以内で抑えるのに苦労しました。 よくそんなに話すネタがあるな、と思われるかもしれませんが、習慣的にたくさん話す癖がつけば、あとからあとから昔の思い出が引っ張り出てくるものです。深い分かち合いは、お互いの過去を深く引きずり出します。いくらこの人でも、この話は一生に一回しかしないだろうな、という話も心に残っています。

いつものミーティング会場に行ってみたら、文化祭をやっていました。別の施設を臨時に借りていることを思い出して、慌てて移動しました。「いや〜文化祭やってたよ」と言ったら、「自分でこの会場を決めたくせに」と言われてしまいました。 そんなことないんです。 チェアマンは別にいて、彼が手配したんです。なんか、グループの主みたいに思われるようになってしまったら、もうそろそろ他へ移る時期なのでしょうね(そう言われたし)。

ミーティングでも話したのですが、ミーティングはやっぱり心のお風呂ですね。服を着て風呂に入る人がいないように、心のよろいを脱いで、醜いところも、傷ついたところも、格好悪いところも、さらけ出してしまう。 それで初めて心の疲れや傷が癒せるのでしょう。定期的にミーティングに行かないと、やっぱり心が汚れてしまう気がします。



2002年09月29日(日) ひさしぶりにみんなに会えました

南相木村というところで、日曜集会がありました。
佐久のちょっと先だと思っていたのに、佐久から一時間と聞いてびっくりしてしまいました。もっとも、その近くのグループから地区委員会に毎月きてくれるメンバーがいるんです。片道3時間。 しかも女性なのに。
でもやっぱり遠いよう、ということで相談したら「麦草峠」経由を提案されました。

同乗者なしということもあって、標高2100メートルの峠に挑むことにしました。田の中を走りながら、山を見上げると、上は雲がかかっていたので心配したのですが、案の定、上っていくと雨になりました。 西側は針葉樹林帯が広がる山です。峠の付近はクマザサの広がる高地。 まだ9月だというのに、紅葉を始めた木も多く、たいへん綺麗でした。もっとも、八ヶ岳連峰を通る国道が自然を破壊しているという訴えもあるので、ひょっとしたら自動車の排ガスのせいかもしれません。 でも、霧が峰や車山にくらべれば、ゼロに等しい交通量でしたが。 同乗者がいないので、能力の限りトバしましたが、本人が車酔いしました。東側は広葉樹が多いですね。帰りは八ヶ岳高原道路経由にしようかと迷いましたが、もう一度麦草を越えて帰ってきました。腕が疲れました。 そういえば、昔、この峠を越えてミーティングに通ってきた女性もいたっけ。

気持ちが良いのは、ドライブをたっぷり楽しめたせいでしょうか、今月ようやく2回目のミーティングに出られたせいでしょうか。 それとも、昨日の腕の良いマッサージ師のおかげでしょうか。

ここのところ、何ヶ月かサボっていた家事手伝いをしました。(皿洗いと、燃えるごみ整理だけですが)。



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by アル中のひいらぎ |MAILHomePage


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