心の家路 たったひとつの冴えないやりかた

ホーム > 日々雑記 「たったひとつの冴えないやりかた」

たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
もくじ過去へ未来へ


2002年07月14日(日) 病を得ても・・・

やっと社長が退院してきて、僕の心理的な負担も軽くなった、と思いきや、昨日呼び出されて「また入院するから、頼むね」と言われました。今回は、経過によっては前回より長期に及ぶかもしれません。もはや僕には選ぶ権利は無くて、目の前に提示された様々な問題をいかに解決していくかということだけが、日々のテーマになっている気がします。
よく出来た一日もあれば、ダメな一日もあります。

健康を賛辞する考えを否定するつもりは何もありませんが、病の中にあっても、ほがらかに生きている人々の顔を見ると、大事なことは健康そのものではないと感じたりします。健康食品ブームも悪くはないと思いますし、僕もカルシウムやビタミンEのサプリメントを飲んだりしています。 でも、肉体の健康=幸せというのは商業主義のにおいがぷんぷんします。
やっと妻が日々の家事をこなせるだけに回復したものの、下の子は水疱瘡。まあ、水疱瘡は困った事態ではないのですが、上の子がさきほど熱を出してしまいました。喉のガンで手術を受けた仲間の見舞いに出かけるつもりだったのですが、これから緊急医に出かけることになるのかもしれません。



2002年07月10日(水) 憂鬱と力

「飲まない」からといって、それだけで全ての問題が解決するわけじゃない。人生は素晴らしい日々で満たされているはずも無い。 もしそんなことを望むのなら、それは人生に対する態度が傲慢さを帯びているのだ・・・・。
そんなことは判っているのですが、なんだか徒労感に打ちのめされています。肉体的にも、精神的にも、そしてたぶんスピリチュアルにも疲れているのでしょう。一日7時間寝ても、好きな音楽をのんびり聴いても取れない疲れ。たぶん、荷物を背負い込みすぎているせい。 重さで身動き取れなくなって、どれも満足にこなせなくなっている状態。でもたぶん、それは越えられないはずの無い困難。いままでは、階段の踊り場で踊っていただけ。また階段を上り始めたときに、改めて感じる無力さ。

「これは大人と子供をわけるステップです」。

改めて理解する、その言葉の意味。



2002年07月08日(月) 冷房病

すっかり冷房病です。
プレハブの2階、常時PCが十台以上稼動している部屋は、あっというまに30度を越します。おまけに屋根からの熱輻射と、1階からも熱がのぼってきます。対策としては、エアコンを入れるしかないのですが、これにムラがあって・・・・。僕の席は、効き過ぎなんですが、エアコンの風の届かないところの温度は30度近くになっているんで、止めろとも言えませんし。
扇風機でかき回したり、遮蔽版を作ってみたりしてますが、なかなかうまくいきません。夕方外に出て「熱い」と感じる毎日です。



2002年07月07日(日) 安息日

ひさしぶりに、娘二人とレンタルビデオを借りに行き、大きな公園で遊び、買い物をして一緒にお風呂に入り、夕食を食べました。下の子もジュニアシートに乗れるようになったので、ママなしでもおでかけできるようになって、嬉しいです。

まあ、おかげで土曜の昼に予定していたことは、全部キャンセルですが。
右腕の筋肉疲労がたまり、ジンジンと痛みます。 マウスとキーボードを使いすぎているせいなのは明らかです。 たまには、PCに向かわず、本やテレビに向かおうかな。「休日は休むための日だよ」と言ってくれた人がいました。やらなければならないこともあるけど、すこし休みます。昔はマウスがなかったから、左手の小指まわりが痛んだんだけど・・・。



2002年07月05日(金) 現実逃避

やらねばならない事がある。 すると別のことがどうしてもやりたくなる。
仕事でもよくあります。 そういうこと。
資料を書かねばいけないのに、ブックマークの整理を始めたり。
プログラムの見栄え(アイコンのデザインとか)に妙に凝ってみたり。
今夜も引き受けたボランティアの件を進めるためにパソコンを起動したのですが、ちょっと十数年前の体験を書き綴り始めたら、なぜか朝になっていました。
文章は少し寝かせたほうが、良くなるので、そのうちに収録しますね。
さっき新聞配達がやってきて、始発電車が窓の外を通っていきました。
土曜の朝。



2002年07月04日(木) ねむい

やっと社長が退院してきました。
といっても、退院前にやった検査の結果が出るのは来週ですから、初日からいきなり完全復帰というわけにもいきません。 難しい決断を迫られているので、替わって決断して欲しいわけなんですが、それはまだ僕の肩に乗っているのです。でも、考えてみると、今回の入院の一件の前までは、こうした決断はすべて他の人に下してもらっていたのだな、と気付いたりもしています。

副作用のひどかった(鼻血)伝統的な抗うつ薬を替えて、SSRIに変えている過渡期なのでどちらの薬の効力も今一歩、という感じで、かなり抑うつ状態でもあります。それでも、すこしは気楽になったかなぁ・・。

ミーティングにやってきている若いメンバーが、「飲みたくてたまらない」と電話をかけてきました。30分ほど話し込んだら、「ともかく飲むのは明日の朝まで延ばす」ってことになりました。翌朝どうなるのか知りませんが・・・。
まあ、私用電話を30分していても、問題の無い職場は大切にしたいものです(笑)。



2002年07月03日(水) あをねこさんの掲示板に書いた記事

がっかり

一応サイトに目を通してみました。作者 Mary Stevenson (Zangare) が、最初の FOOTPRINTS IN THE SAND を書いたのが1936年。その後追加があったようですが、本人は無償で、これを配っていたようです。(ベトナム戦争に従軍する兵士への手紙にも加えられたとあります)。歌手の Kathy Bee と出会い、その薦めにより著作権登録されたのが1984年。(アメリカの著作権は登録制。日本では著述と同時に権利が発生するんで登録はありません)。その後は Kathy と組んで、Anti-Child Abuse(子供の虐待反対かな?)の歌を作ったりしてます。

この間に Margaret Fishback Powers という人が作者とする同じ詩が出版されていました。 んでもって、他のサイトなども見ると、Mary と Margaret との間に、誰が本当の著者かを巡る論争が続いていたようです。で、Mary は 1999年に亡くなって、詩の管理は Kathy M. Hampton という人にまかせられたとなっています。おそらくは、このサイトはこの人が管理しているのでしょう。一応目的は「anonymous(よみ人知らず)とされているこの詩を、Mary Stevenson のものと世間に認知してもらうため」だそうです。本を売るのが目的に見えますが。

サイトの維持者の訴えもわかるのですが、anonymous としている人を「詐欺師」呼ばわりしているのをみたりすると、ちょっとげんなりです。ともかく、このサイトのオーナーにメールするのはやめにしました。「知らなきゃ良かった現実」というやつでしょうか。
ちなみに FOOTPRINTS で探すと、個人で日本語に訳したページが結構ヒットします。


もくじ過去へ未来へ

by アル中のひいらぎ |MAILHomePage


My追加