ホーム > 日々雑記 「たったひとつの冴えないやりかた」
たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
もくじ|過去へ|未来へ
2002年04月25日(木) やっちまった〜〜 岐阜県の某所から、高速道路をぬうわKm/hで走りながら長野へ戻ってまいりました。そのまますぐに自分の車に乗り換えて、病院でのミーティング会場へ急ぎました。なんとか2分遅れで、会場に飛び込んでみると・・・・あれ?
患者さんがこんなに多いのは・・・これは前回と同じ。でも、なんで隣のグループの仲間がふたり揃って来て、司会もしてるの? 彼らの輪番は第3週(先週)では? それとも僕が何か大切なことを忘れているのか? 昔のブラックアウトの翌朝に、連結しない記憶の空白部に、何が起こっていたのか、周囲に聞くこともできない、あの感覚ににた「じゃあ、僕が先週のミーティングの担当になったんだっけかな、だとしたら、先週はいったいどうなったのか?」疑問と不安がよぎります。ミーティング終了後、
「あのね、柊が第5週を担当してるから、第4・第5と二週続くと仕事とかで大変でしょ。だから、4月から、第3と第5に変えたんだけど・・・」
「そ、そうでしたね」
「いや、僕らも、先週柊に確認するの忘れてたから」
「いや、それは僕の責任ですから・・・」
で、先週のミーティングですが、「ふと何かに駆られて」ミーティング場に顔を出した地元の仲間が、司会を勤めてくれたそうです。ありがとう。また仲間に助けられましたね。
しかし、彼曰く。「ハイヤーパワー、ですね」
2002年04月24日(水) 旅先でAA 一泊二日の出張でした。
とある製品の使い方のトレーニングコースという名目で、一日半、ディスプレイとにらめっこでした。初日は4時半に終わってしまったので、ホテルにチェックインしてもまだ時間があります。夕食にふさわしい店がなかなか無くて、一緒に行った同僚と、駅周辺をだいぶ歩いてしまいました。落ち着いたのは、うどんがメインメニューのファミリーレストランでした。そこを出ても、まだ6時半だったので、駅まで戻ったところで、「ちょっと友人と連絡が取れたので、会ってくる」と言って、同僚と別れました。
電車でふた駅110円で、ミーティング会場最寄りの駅に到着です。そこから歩いて5分のところに会場はありました。夕暮れの中に「AA」と書かれた看板がかかっているのを見るたびに、なんだか「ほっ」とした気持ちになります。中に入って、献金箱にお金を入れ、コーヒーを自分で入れて飲めば、「新しく来た人」ではなく、「どっかヨソのグループの人」だとわかってくれます。
ビッグブックミーティングで、仲間が7章を読んでいました。
それが終わると明かりが消され、一本の大きなろうそくに火が灯され、キャンドルミーティングが始まりました。初めての体験でした。見知らぬ人々、僕は名前も顔も覚えませんでした。次に会っても、判らないでしょう。それでも、確かに僕は、彼らから「何か」をもらったのです。
2002年04月22日(月) 臨時代行お役御免 結局300行ぐらい書いてなんとかなりました。
出張が続くので、月曜日の朝一番からの出勤は無理です。なぜかというと医者に行くからです。アルコール依存だけの人はうらやましいですね。抗酒剤と縁が切れれば、医者に行く必要はなくなるから・・・。
まあ、ひがんでも仕方がありません。ともかく、月曜日の朝一番にレポートを出すのは無理なので、上司の机の上に、結果のハードコピーを置いて帰りました。その件については何も言われなかったのですが、午後の雑談のついでに、「ああ、朝一番でお客さんから電話があってね、目の前に良い結果がでているから、安心してもらえたよ。助かった。サンキュー」といわれました。エンジニアにとっての、最大の賛辞は、自分の仕事の結果が「誰かの助けになる」ことですから、これ以上の言葉はありませんね。
もっとも、これは社内ならではの話であって、高いお金を払ってくれるお客さんが、感謝の言葉を残してくれることは滅多にありません。「役に立って当たりまえ」それが、この職業の本質です。いや、どんな職業でも共通か。
「奥さんが発熱しているので、ミーティングに来れない」と言うスポンシーを、「あなたが家にいて、何かの役に立つの?」と冷たく言い放って、迎えに行きました。そして、月末なのでビジネスミーティングで、今まで僕が臨時で務めていた、チェアマンと代議員として、彼を正式に選出したのでした。
は〜、やれやれ。でも、グループやAAのために、日常生活の中から何かを削っていれば、確実に大きな「何か」がもらえるのも確かです。彼に恵みあれかし。
2002年04月21日(日) ねぶい 眠いです。日曜日の夕の英語のレッスンが終わって、また会社に来ています。どうしても今日中に仕上げておかなければならないプログラムがあるのです。月曜日はミーティングがあるので、(バスケットも預かってるわけだし)、残業するわけにもいきません。火曜・水曜と東京出張で、木曜日には「このプログラムの実行結果」をもって中津川に行かないといけません。その日は日帰りなので、病院のミーティングの輪番をこなさないといけません。金曜日は仲間のバースディ。土曜日は、パソコンの設定を一件請け負っていて、夕方からNOVAのレッスン。日曜からは待望のオープンスピーカーズというわけです。(金曜以降の予定は関係ないけど)なにしろ、今日中に仕上げないといけないのです。
でも、途中でお弁当を買ってきて、食べ終わったとたんに、睡魔に襲われてやるせなく、日記を書いている次第です。ねぶい。
全般的には鬱のほうへ振れているので、作業効率が悪いってのもあるんですが、「それが普通の状態」と割り切らないと、とてもじゃないけど、精神的に滅入ってしまうでしょう。ああ、帰ってお風呂に入りたい。
あと300行ぐらい書けば・・・、いや500行かなぁ。
2002年04月18日(木) 日常その2 「早く寝る」とか書いておきながら、午前3時半まで、いろいろやっていました。今夜もすでに2時近いです。
父がなくなったのが、僕のソブラエティの始まる半年前。父よりも10歳ほど年下の母と、実家の兄とで、続けてきた稲作ですが、ことしから供出ぶんは、農協に代理耕作を依頼することになりました。耕作するのは、自家消費ぶんだけです。おかげで、今週末の種まきは「来なくていいよ」といわれてしまいました。
ゴールデンウィーク明けの最初の土日が田植えになるのですが、毎年のように長野地区のオープンスピーカーズに重なり、ミーティングと田植えとどちらに行くか悩んだものですが今年は、オープンスピーカーズが連休前なので、助かります。もっとも、自家消費分の田んぼ3枚程度であれば、寝ぼすけの僕がお昼頃に駆けつけたころには、田植えが終わっているのでしょうが。
2002年04月17日(水) 日常 毎日日記を更新している人たちは「えらいなぁ」と、つくづく感じますね。
F&Fのように、予定校が自動的に入る仕組みもたいしたものだと思いますが、その文章を書くだけの余裕があるというのも、すごいですね。レーザービームプリンタを愛用しているのですが、これは機構は普通のフォトコピーと同じ機械なので「裏紙」を使うと、だんだん調子が悪くなります。
だからと言って「裏紙」を使わないで捨てるのももったいない話です。そこで、引退したインクジェットプリンターに登場願って、そっちは「裏紙専用」印刷装置になりました。でも、それをつないであるパソコンが起動していないと、ノートパソコン類からは(無線LANをとうしても)印刷できないのです。かといって、パソコン1台を一日中つけっぱなしにしておくのも電気代がもったいない。
そんな、わがままな要求を満たすために、プリントサーバーと呼ばれる品を安く入手してきました。その機械の設定に午前3時までかかったのが、月曜の晩。
火曜は仕事中に眠くて仕方なく、「フレックス利用して4時半で帰る」と宣言していたのに急な仕事が入って、深夜の帰宅になりました。ジュースでも買って帰ろうと思ってコンビニに寄ったのですが、どんなジュースもおいしそうには見えません。「うまそうだなぁ」と思う目線の先にあるのは、缶チューハイやリキュール類の缶。強い飲酒の衝動があるわけじゃありませんが、疲れで鈍磨し、しかもささくれだった神経をアルコールが優しく揉み解してくれる・・・という幻想を捨てきることができません。
そういえば、前回のスリップもコンビニで買ったリキュールから始まったんだっけ。
なんだかんだで、昨夜も午前3時になりました。
今日は早く眠れます。ゴールデンウィークも休めそうだし。
2002年04月15日(月) 別れ 昨年11月にひょっこりグループに現れた転勤族の仲間が、また移動していくことになりました。
今度は転勤ではなく、早期退職のハッピーリタイアメントだそうで、うらやましい限りです。転勤の途中で、東北に家を立てたそうで、そちらに移るとか。JSOの一覧表で見たら、その県にはミーティング場がふたつしかありません。彼がそのグループと関わるのかどうか、僕には関係のないことですが、できれば少ない仲間でやっているだろうそのグループに、力を分けてあげてほしいなと願うのです。さよならは言いませんでした。仲間曰く「AAに別れはありません」。ビックブックの最後にも書いてあります。
「また会いましょう」、握手、そして去っていきました。
もくじ|過去へ|未来へ![]()
![]()