心の家路 たったひとつの冴えないやりかた

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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2002年04月13日(土) 遠方より友来たる

大学時代の後輩が、信州へ遊びに来ました。
彼は卒業後、アメリカへ留学して、日本に戻った後に、院卒して、最近は外資系企業でシステム屋さんをやっているという、いわゆるエリートです。思い起こせば、僕の飲み方が最悪になる前、友人たちと居酒屋で騒いでいた頃、なぜかまったくアルコールを飲まない彼も、よく混じっていましたっけ。なぜ彼が「絶対に飲まない」のか、当時も理由を尋ねませんでしたし、今も知りません。東京在住の最後の頃は、知り合いに迷惑かけどおしだったので、信州に戻ってから昔の友人に連絡する機会もありませんでした。
一年目のバースディを迎える頃、彼の運営していたBBSやinternet場の掲示板に、そろりそろりと顔を出せるようになり、そのうちに少しづつ皆と打ち解けられるようになってきました。仕事で上京し、夜、時間があるよと言ったら、数人集まってくれました。僕がまったく飲まなくなった理由を、誰も尋ねませんでした。彼と会うのは、それ以来です。
昔の友達と、再度接触する機会を作ってくれた、大切な恩人。
僕は、感謝の言葉も何も言いませんでしたが、また再会を誓って別れました。今年こそ大学の学園祭に顔を出そう、と誓うのでした(多分無理だけど)。



2002年04月10日(水) 情報を良く伝えられたグループの良心

毎月の初旬に地区委員会の議事録の作成と発送、中旬に市内の病院向けに定期的なパケットを送るという習慣にしようと思っていたのです。が、・・・3月の中旬のタイミングを逃してしまって、3月のパケットがそのまま送られずに残っています。さらに、3月末の地区委員会の議事録も、先週末に清書しておきませんでした。
「いつまでも、ずるずると先延ばしにしているとまずいなぁ」とは思っていたのですが、意外な人から催促がありました。ミーティング会場とグループを閉めてしまった人から、「もう、議事録は送ってもらえないのですか?」という電話が入りました。議長からの指示で、今年いっぱいは議事録は送ることになっているので、単に遅れているだけだと説明して電話を切り、さっそく作業に取り掛かりました。
そして、今日8通の封書を発送して、作業は終了です。
この議事録、いったい何人の人に読んでもらえるのでしょうか。先に書記をやっていた仲間からは、毎月FAXで議事録を送ってもらっていたのですが、帰宅してFAXが届いているのを見ても、目を通そうという気力のある日のが少なくて、しばらくそのまま放置されているのが関の山でした。まあ、いちおうグループのビジネスミーティングの前には報告をするのですが、サービス活動に関心を持ってもらえない仲間にとっては、「いろんな話」の一部でしかないのかもしれません。ましてや、オフィス経由で送られてくる、地域や評議会の議事録をメンバーにちゃんと回覧しているグループはどれぐらいあるのでしょうか。(すくなくとも、うちのグループはしてません)。
「情報を良く伝えられたグループの良心」こそが「愛の神」であると言われますが、それだけ情報を分かち合っているかというと、それは現実には難しい話。会場を維持していくだけで、かなりのエネルギーを失ってしまっているのが現実でもあります。



2002年04月08日(月) 変化

(先週までの)スポンシーが「奥さんの世話」で休むという連絡があったので、司会を誰に頼むか悩みました。 このグループでは、司会者を選ぶのはチェアマンの権限です。来月半年のメダルの仲間に、「やってくださいよぅ。難しいことは何にも無いんだから」と押し付けて、コンビニにおにぎりを買いに行きました。
帰ってきたら、2月にバースディを迎えた仲間が、「やらせてもらいます」と言ってくれました。あれほど固持していた司会を・・・・。人は変化するものですね。「AAは輪番制ですから、次は誰それね」なんて話をしながら、ミーティングは始まりました。
珍客がひとりきました。卒業組のメンバーが、ひょっこりと顔を見せました。この会場も、どんどんメンバーが入れ替わっていくので、ちょっと驚いたんじゃないのかな。何せ彼の知っているであろうメンバーは、僕だけなんだから。ああ、いえけない。地区委員会の議事録を早く書いて、発送しないと。それから、市内の病院への定期便も出さないと・・・・。忘れていることが沢山あるきがします。



2002年04月07日(日) ひさかたのオフ

まずまずの週末だった・・・のかなぁ。
部屋の掃除ですが、「それよりもベランダに出してあるダンボール箱を片付けてくれ」という要望にこたえることにしました。 自分の望むことよりも、周りの人の願望をかなえるほうが、おおむね日々は順調に流れていくようです。
土曜日、閉鎖病棟に居ると聞いた昔の仲間を訪ねることにしました。お土産には、タバコを4箱。しかし・・・、面会制限で会えませんでした。「制限、いつごろ解けますかねぇ」と受付嬢に尋ねても判るはずもなく「主治医に確認とってから来てください」と言われても、ごもっともな話です。 余ったタバコをお土産に、仲間の家を訪ねました。 昔のPC-9821xxに、Windows95をインストールするためですが・・・・、やっぱ無理でした。 同じぐらい古い ThinkPad に、プリンタードライバーをインストールする手段も・・・だめでした。
何しにいったのか判らずじまいで、帰って焼肉を食べました。
日曜日。イチゴ農園にイチゴ狩りに行く予定だったのですが、予約がいっぱいで来週に繰越しました。しかたないので、DIYストアに買い物にいって、2時間店内を歩き回っていたら、疲れ果てて帰って寝てしまいました。 NOVAに行くために、夕方起き出してみると、義父が自分の車のついでに僕の車のタイヤもサマータイヤに交換してくれてました。


2002年03月30日(土) 手をつけてません

Big Book 4th Edtion の「個人の物語」の翻訳ですが、最終的には二十人近くのボランティアが集まったみたいです。全部で四十数編ですから、一人あたま2〜3編を訳せばいいわけです。僕は、気に入りそうなのを3篇選んでしまいました。ただし、2編は、僕の訳出前に「誰かが取り掛かりたい」と言ったら、回してくださいと現場監督(出版局の方に付けられた愛称)にお願いしてあります。
で、全然手をつけていません。それだけ時間的余裕がないというのが、第一の理由です。でも、できるなら期限の年末までに、(仲間内での校正を済ませて)下訳を提出したいと考えています。ゴールデンウィークあたりにでも、まとめて2編ほど訳したいと思っています。



2002年03月29日(金) 休暇(欠勤とも言う)

仕事を休んでしまいました。
一応理由は「風邪で熱が下がらない」ということにしておきましたが、実際には過労気味なんで一日休みたいというのが本音です。本当は出て行かなければならない用事はあるのですが、実のところ「僕がいなくても何とかなる」用事は多いのです。多忙なときは「あれもやらなくちゃ、これもやらなくちゃ」という切羽詰った気分でいますから、何でも自分ひとりの肩に背負っている気分でいますが、実は「他の誰か」でも十分にそれをこなせる場合が大半です。
仕事の「うまい」人は、自分の仕事が手一杯になってくると、新しく来た仕事を周囲に回してしまします(押し付けるとも言う)。そうやって仕事が溢れないようにできるのが一人前なのでしょうが、僕は「何でも自分でコントロールしたい」アル中そのものなので、何にでも絡んでしまい、いつの間にか身動き取れなくなっている自分に気づくのです。
去年の9月に「長い夏休み」から復帰して以降、一度も休まなかった仕事ですが(遅刻はけっこうあったけれど)、今回は一日半休んでしまいました。初日は夜8時まで寝ていまして、二日目(きょう)は午前中も寝ていました。出てきて見ると、昨日休んだ仕事は、既にきちんと片付いていました。なにか愛知のほうでトラブルの雰囲気がしますが、昨日休んで打ち合わせに出ていないので「当事者意識」はまったくありません。
あんまりのんびりして、サボり癖がついても困るのですが、たまにはのんびりしなくちゃね。



2002年03月26日(火) ね、ねむい。

病院からミーティングにやってきた人が、懐かしい人から伝言を預かってきてくれました。
「今度は処置入院で5年ぐらい外に出られないけど、よろしく伝えてくれ」
ミーティングには来たいようですが、閉鎖病棟から出してもらえないようです。しばらく考えた後に、僕が出した結論は、「慌てて面会に行く必要はないな。時間ができてからにしよう」でした。
毎月一回、市内の各精神病院に、ニューズレターやらのコピーを届けているのですが、今回は4月にあるオープンスピーカーズ・ミーティングの案内も入れる予定です。が、忙しがっているうちに、3月も終わりに来てしまいました。



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by アル中のひいらぎ |MAILHomePage


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